プラトニック・キングダム





 現郎に口付けるために眼を綴じて。
 そして、開いたら。
 そこは、もう、見た事の無い景色。
「…………」
 どこまでもどこまでもどこまでも広がる草原、林。爆は小高い丘に立っていた。
 ここがそのプラトニック・キングダムとかいうやつなんだろうか、とか思ってみる。
 それはともかく、現郎を探さないと。
「現郎」
 呼んだ声は、緑に吸い込まれる。
 歩き出す。
 まったくの未知の世界だが、不思議と恐怖は感じられない。それどころか、むしろ、この景色を自分は以前にも見たような気がするのだ。
 そう、涙が出そうに懐かしいくらい。




 歩いてどれくらい経っただろうか。
 時計なんて無い訳だから、全く時間の感覚が掴めない。
 歩いていて、可笑しな所を見つける。この世界には、木漏れ日が見られるのに太陽が無いのだ。だから、眩しくも無い。ゆっくりと、眠れそうだ。
(まさに現郎の世界、といった具合だな)
 時たま気まぐれに現郎ーとか呼びかけながら歩き続ける。疲れはしない。乾きも。
 生き物も、爆以外に気配は無く、でも寂しさは感じられない。
 不思議な所だ。つくづく。
 最初の所から林を抜け、また草原に出る。
 風が気持ち良い。
 それを感じるのに視界が邪魔のような気がして、自然と眼を綴じた。
「----爆?」
 そこで初めて自分以外の存在が現れた。
 驚きはしない。
 恐れもしない。
 解っているから。
 傍線とした表情が珍しい。
「現郎」
 駆け寄り、その身体に飛び込んだ。




「爆?オメー、なんで此処に………」
「折角迎えに来てやったのに、”なんで”とは挨拶だな」
「迎え……?」
「現郎、此処から帰ってこれなくなったんだろう?」
「帰……?待て、どこから出た話だそれは」
 どうも会話というか、お互いの情報が事実とかみ合っていないみたいだ。
「どこって……貴様の知り合いが。さらさらした黒髪のヤツ」
「さらさら………」
 と、考えていたが、思い当たる人物を思い浮かべたのか、額を押さえて空を見上げた。
「真か……」
「? 味方じゃないのか?」
 信じたのはうかつだっただろうか。
「いやまぁ、味方っつーか腐れ縁つーか……敵じゃねぇな、敵じゃ」
 複雑だなぁ、と現郎を見て思った。
「あ、」
 と、唐突に爆が声をあげた。
「しまった、変える方法を訊くのを忘れた……現郎、何か知ってるか?」
「爆、大丈夫だ。それに、ここはンな危険な所じゃねーよ」
 真っ直ぐな爆の双眸が揺れているのに気づき、現郎は安心させるようにゆっくり言う。
「そうなのか?」
「ああ。真に何も訊かされなかったのか?」
 そんな事はしないだろう、と思いつつ尋ねる。真が、爆に危険な事をさせるはずがないのだ。
「訊いたが、あまりよく解らなかった。現実でもなく、夢でもない所だと」
「そーだなぁ。夢でも現実でもない、自分の中にだけある世界。ここでは、自分が願う事すべてが揃う……」
 現郎は風景を見渡す。これが、現郎の理想の世界なんだろうな、と爆は思った。
「大概のやつは「此処」に来てもただの夢だって思って通り過ぎちまうんだけど、時々どっぷり入り込んで抜け出せなくやつもいる。
 俺や真は、どうしてか他人の世界に入る事が出来てな、そういうやつを引っ張り上げてやる代わりに報酬貰ってんだ」
「ほう、そういう収入があったのか」
 思いがけない所でうっかり謎が解明した。
「大抵、はまり込むのは金持ちのボンばっかりだからなー。まぁ、心に隙でもあったんだろ。吹っかけられるだけ吹っかけてやんだよ。年に2人でもやりゃ、余裕で暮らせるな」
 何せ医療では治せないのだから、頼る以外は無いのだ。
「金持ってる癖に、まだ叶え足りたいってんだから、我侭だよな」
「望月の欠けたることも無きと思えば、って所だな。
 とにかく、危険は無いようで何よりだ」
 と、爆が安堵したように言うと、現郎がいや、と否定を呟く。
「何度でも言うようだけど、何であるのかすら解らないんだ。だから、入っていいのかすらも解らねぇ。もしかしたら、入り込んで共倒れ、って事もある」
 事の重大さを、うっかり失念しそうなくらい、呑気な声で現郎が言う。深刻な内容だというのに。
「……止めよう、とは思わないのか?」
「んー、っつたって、それが出来るの、俺以外じゃ真ぐらいしか居ねぇみてーだし、どんなやつでも、心配するやつは居るもんだし」
 それに、と付け加え。
「俺には、寝たままだったら起こしてくれるヤツが居るからな」
「…………」
 やおら、爆は現郎に向かって手を伸ばす。
 そして。
「現郎……
 そういうセリフは、もっと盛り上げてから言うもんだぞ」
「ひへぇな」
 頬っぺたを抓られたまま、現郎は言った。




 じゃ、帰るか、と現郎が言った。
「ちょっと、待て」
「?」
「もう少し、眺めていたいんだ」
 現郎の世界。現郎が望む世界を、眼に焼き付けておきたいのだ。
 じぃ、と眺める爆に、現郎が声をかける。
「……ンな事しなくても、また来させてやるから」
「本当か?」
「あぁ」
 それに喜ぶ前に、疑問が浮かぶ。
「お前、さっき他人の世界に入れるのは自分と真だけとか言ってなかったか?」
「……………」
「しらばっくれるな。……何を知っているんだ?」
「……俺じゃなくて、真が教えるだろうよ」
 なんでもない事のように言う。
「……現郎」
 その横顔を見ながら、爆が言う。
「ここに来させるまでに、真が説明してくれるだろう時間はたっぷりあった。でも、それをせずにお前の所へ送り出したという事は、真は、貴様に言って欲しいんじゃないのか?」
「…………」
 すぐに返事が返ってこない。
「それに、真の本意がどうであろうと。
 オレは、お前から、聞きたい。オレに関わっているのなら、特に……」
「…………」
 現郎が、自分を見詰める。
 相変わらずの表情だが、しかし、哀しい眼だ。
 なんて、哀しげに、そして愛しげに自分を見る人だろうか。
 眼を綴じて、瞬きというには長い間隔で開け閉めをした。そして、静かに、息を吸い、ゆっくりと言う。
「……オメーはな」
「うん」
「真の、息子なんだよ」
「………え。………えぇ?」
 いきなりな父親の出現で、爆は戸惑う。
「だからまぁ、確実とまではいかねーけど、入り込める可能性はとても高いだろうな、って事で、俺が此処に来る時はちゃんとオメーが来たら気づくような仕掛けしてたってのに。多分、あいつが解いたんだろうけどな」
 現郎がちょっと渋い顔になる。
「そんな真似せんでも、説明してくれれば良かったのに」
「言ったら絶対行くだろ?」
「当然だ」
 いけしゃぁしゃぁと言う爆を見て、やっぱり真の子だなぁ、と思ってみたり。
「オメーはまだガキだからな。ちゃんと自我が定着するまで待っていたかったんだよ」
 ガキ呼ばわりされ、爆がぎゃおぎゃお文句を言うのを聞き流し、現郎はふと思ってみる。
 ただ単に入り込んでたのでは、懸念したとおりにそのまま世界に取り込められかねない。しかし、現郎を見つけるのだ、という確かな目的があれば。真が狙ったのはそれだろうか。
 それと、もうひとつ躊躇う理由が。
 自分のこの世界。爆にとって、あまり居心地のいいものでなかったら、どうしようかと。
 まぁ、それは杞憂に終わってくれたみたいだが。
 眼を綴じ、この世界の風を全身で感じようとしている爆を見た。
「おい!聞いているのか!?」
「あー、聞いてる聞いてる」
 本当はこれっぽっちも聞いちゃいないのだが。爆もそれを解ったのか、それ以上の文句は出なかった。 
 その代わり、というか、表情を少し曇らせ。
「……なぁ、現郎」
「ん?」
「……オレと、出会ったのは……」
 と、それだけ言って口を噤んでしまった。どうせ自己嫌悪になるなら、口に出せばいいのにと、とか思うのだが。
 でも、現郎には爆の云わんとしている事が解ってしまった。
「違ぇよ」
 くしゃり、と大分下の頭を撫でてやる。
「会ったお前が、たまたま真の子だっただけだ」
「……そんな言葉で、オレが信用してやるとでも?」
 そういう所がガキなんだよ、と。
 それでも、現郎の方からキスをした。




 現実の世界に戻る。
 すると、爆は座る自分の身体の上で、くぅくぅと気持ち良さそうに寝ている。
 取り込まれたのではなく、単に寝ているだけのようだ。髪を撫でる。爆の口元が綻ぶ様を見届け、近くの机に何かが置いてあるのに気づいた。
 それは手紙というよりメモみたいな感じで。
 一言。
 ”頼んだ”と。
 言われるまでも無い、と、そのメモをポケットに押し込み、自分も眠りにつく。
 爆が起こしてくれるまで。




<END>





うーん、上手いこと説明出来なかったような……

とりあえず、夢を見まくるワタシが思いついた話です、て事で。
本当はオリジに回そうかと思ったんですが、ハッピーエンド、ていうかくっ付いて終わるのはこっちに回してます。
ははは、報われねぇなぁオリジキャラ。