目覚めさせるための口付けなら、いくらでもしてやる
現郎は寝る。
とにかく寝る。
目玉が溶けるんじゃないか、なんて通り越して退化してなくなりそうに寝る。
「……ある意味、他の誰も真似できない才能なのに、評価出来ないのが惜しい」
「あー、何か言ったかー?」
完全なる睡眠から、少しだけ起きた現郎が眼を綴じたままで言う。
「そんなに寝ていて、身体が可笑しくならないのか?」
「あほ。むしろ寝足りない方が身体に悪ぃんだよ」
オレだってそのくらい知ってるし、その限度ってものを現郎に考えて貰いたくて言ったんだが。
「……それに、今寝すぎで丁度いいんだよ」
「?」
ぽつり、と現郎が言う。
そして、オレの方を向き。
「その服、、何時買ったんだ?」
「? 一昨日だが、それがどうかしたか?」
「…………」
現郎は誤魔化さないで答えなかった。その顔が、少し笑ってるような気がした。
「爆、今日は泊まっていけな」
そして、意外な事を言い出す。
普段は、オレが転がり込んでそのまま朝まで居つく感じなのに。
「……貴様の方から言い出すなんて、珍しいな。最近の天変地異は今のセリフが原因か?」
「…………」
現郎はまた答えなかった。
さて、その日の夜。
オレは、どうしてか起きてしまった。
妙だな、変な胸騒ぎもしないし、暑さで寝苦しいという事も無いのに。
そして、起きた事に対して不快感も無い。起きるべくして起きた。ある意味、朝の目覚めより自然に。
現郎は、まだ寝て……
……居ない。
居ない。現郎が、居ない。
何処に行ったんだ。
今、探さないと、もう2度と会えなくなるような感じがして、上着を羽織って探しに行く。そう言えば、現郎はどうして昼間、この服の事気にしたんだろうな。
使っている居住スペースは狭いけど、家屋自体は広い。
「現郎。現郎」
大きな声を出さなくても、とてもよく響いた。
現郎は、広い玄関ホールに家具を適当に置いて、そこで生活している。
本当の、「家」の部分に当たる所にはドアが無数に並んできて、そこから現郎がひょっこり出そうな期待と、とんでもない化け物が潜んでいそうな不安がある。
「現郎」
けれど、夜とは言え、夜明けが近い時間帯で、闇への恐怖は薄い。
「現郎」
と、上の方でカタンと何か音がしたような気がした。
屋根裏か?
いや、屋根の上だ。
屋根の上なら、一度登った事がある。
一番上の窓を出て、屋根の上を歩く。夜を引きずり、朝にうっすら染まった風は、冷たくて気持ちいい。
すると、居た。
でも。
小さい。
5つくらいの、子供だ。
膝を抱えてはいるが、顔をそれには埋めないで、明けるだろう空に、陽を待っているような。あるいは、昇らなければいいと願っているような。
「…………」
オレが来た事に気づいているのか、それともどうでもいいのか、「そいつ」は微動だにしない。
「おい」
と、呼ぶと、ゆっくり振り返る。顔色がとても白い。こんな子供なのに、目の下には膜があるようで。
それより、驚いたのはその顔だった。
その髪の色がもっと金色に、頬から顎のラインが鋭利に、眼が切れ長になったら。
それは。
そんなまさか。
いやでも。
そうかも、しれない。
「………随分、早起きだな」
うかつな事を言わない方が賢明だろうな、と思った結果平凡なセリフが出た。
「起きたんじゃない。寝てないだけだ………」
幾分、幼い口調。
「寝てない?どうしてだ」
「………。怖い」
躊躇った後、視線を落として言う。寝るのが怖いのだと。
「寝ている間に何かの病気にいきなりなったりとか、大きな地震がきたりとかしたらどうしようって」
言いながら表情が曇っていく。自分で言う事を、自分で嫌っているみたいだ。
「怖くて怖くて仕方が無いんだ。今、綴じた眼でもう2度と開かないんじゃないか、って思っていたら寝れなくなった。
相談しても、馬鹿な事を言ってないでさっさと寝ろとだけしか言わねーんだ」
それだけ言うと、まさ朝日を眺めようと視線を前に戻す。
「…………」
近寄っても、逃げなかったから。
そのまま、抱き締めた。
「………?」
不思議そうに見上げる。
抱き締めた身体はぐったりしていて、睡眠が足りてないのだとオレにでも解った。
「……何かがあったら、オレがちゃんと起こしてやるから」
「…………」
だから、今は寝ても大丈夫だ。
ゆっくりと降ろされる瞼が、解った。
規則正しく繰り返される寝息を抱きとめていると、何だかこっちも眠くなってくる。
だめだ、ちゃんと起きるのを待っててやらないと……でも、眠い……現郎が乗り移ったみたいだ……
意識が断続的に途切れる。
こんな事なら、ガムでも持って来てればよかった。
……… ……… …………
現郎……寝て る………小さ い頃は
んで、こんな……… ………誰も、………
ひとり…… 現郎 ………
現郎
眼が覚めれば、寝ていたベットに横になっていた。
現郎に抱き締められる形で。オレの腕も、現郎に回っている。
あぁ、現郎だ。寝てばっかりな、現郎。
うん、この現郎がいい。
眠りに入りながら考える。どうして、「現郎」は「あの時」あんな屋根の上に居たんだろう。
もしかして、やっぱり、そういうつもりだったんだろうか。
現郎、と呼んでみると、小さく、「うん」と返事が返ってきた。
ただの寝言かもしれない。
それでも、それだけでオレは、
それだけで、どうしようもなく、胸が満たされた
<END>
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