ぱん!と小気味良い音がした。
それをさせたのは、せいぜい3つがいい所の小さい子どもで、ちらちらと降る雪の中、とてもきらきらとした目をしていた。
何だか今日は寒いな、というのが現郎の感想だった。
もそもそと頭まで布団の中へ潜り込み、辛うじてほんの少しだけ出ている金糸が、そこに居るのは現郎だと告げている。
「現郎!」
あぁ、今日も来たなぁ、と現郎はぼんやり思う。
3年前、友人夫婦の生んだ愛息子。本当はずっとずっと傍に居て、成長を見ていたいだろうに、無慈悲な現実がそんな些細な願いを蹴散らした。
それで世話を託されたのは自分だった。
周りは皆驚いたが、現郎は自信を持っていえる。自分こそが一番驚いたと。
何せ”子育て”というアットホームなイメージは微塵として漂わせない。どちらかと言えば、むしろ逆だろう。
けれど、当の本人達は、現郎が自分こそビックリ、と言った時を上回る自信でお前なら大丈夫、と。
そんなこんなで結局爆は此処に居る。不器用ではないので、世話くらいは出来る。
現郎が悩んだのは情緒面の方で。
自分はとても温かみのある人間とは思えない。本も読めない、言語すら解らない赤ん坊は、乾いたスポンジみたいに相手が意識的にしろ、無意識的にしろ、教えた事をそのまま自分の中へと押し入れる。
無機質で、何の感動も無い子になったらどうするんだ、と真面目に問いかければ。
その、友人は。
「そういう心配をするお前だから、任せられるんだよ」
笑って、そう言った。
そんな風につらつらと3年くらい前に遡っていた現郎を、現在の今にまで戻したのは、どすん、という軽い衝撃だった。
全身、全体重使っただろうに、まだとても軽くて。
たった3年で、喋って歩いて、言葉も話せるようになって、その成長にとても驚いたりもしたが、やっぱりまだまだ。
「なんだよ……」
寝癖なのか天然パーマなのか解らないクセッ毛をぼりぼり掻きながら、腹の上の爆に言う。
「現郎!雪だぞ!雪が降ってきたぞ!!」
あぁ、だから寒いんだなぁ、と人事みたいに思う。
「持って来てやったぞ!」
にこにこととても得意そうに。
だから、手を合わせたままだったのか、と疑問が一つ解消する代わりに。
持って来たって。
多分、もう。
手を開いた爆は、案の定、捕まえた筈の雪が無くて、目を白黒させている。
これ、笑ったら怒るだろーなーと寝起きの頭でぼんやり考えていたら。
「ちゃんと、捕まえたんだぞ……」
しょんぼりした声。
「本当………」
「………」
うそつきだと思われるより、現郎に見せてやれなかった事が悲しい。そんな声だ。
項垂れて、だらりと垂れた手を取る。小さい手だ。今はとても冷たい。
それに、はーと息を吹き掛け、温かくなるようにと擦り合わせる。
「冷てーな」
「………」
「雪、捕まえたからだな」
「………」
こくん、と頷く。
腕を伸ばし、体全部をぎゅ、と抱き締めた。抱き締める腕が余って、自分に触れてしまう。
「で、だ」
「うん?」
「前から俺は言ってるよな?外に出る時はちゃんと服着て行けって」
「…………」
爆の今の格好はどうみても部屋での普段着で。
両手合わせた格好で、上着を脱げたとは思えない。
「おしおき」
「ふぇ?」
ぼそ、と呟き。
相手が何の事かと理解する暇も与えず、思いっきり擽ってやった。
「現郎ー、雪だぞー!」
「あー、見えてるってー」
「積もるか?積もるか?」
「それはどーだろうなぁー」
「積もる!」
訊いてきたのに怒るんだなぁ、と子どもの我がままを身に染みる。
「現郎ー」
「何だー」
「明日も降ってるか?」
「さぁなー」
「降る!」
む、と怒った顔をした。けれど、すぐに目の前を過ぎる雪に夢中になる。
とりあえず。
爆はこんな風に、季節毎の風物詩を、それは楽しそうに嬉しそうに愛でる。
自分に育てられて、よくこんな風に育ったもんだ、と無責任な感心をする。
それとも、やっぱり自分にそういう心が少しはあったからだろうか。
爆と一緒に、雪見に散歩して。
今、こんなにも楽しい。
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