蜻蛉の刻





 いつから、なんて遡って考えてみて、一応の答えを出しても結局は無意味な事だと、悟れる程に今はなった。
 肝心なのは、今現在の時点で惹かれてるという事。そして、これからもずっとそうだ、という事と。
 とても特別な人で。
 自分もその人の中で特別になりたいという事。
 しかしどうすればいいんだ、という所に来て詰ってしまう。
 何せ爆に惹かれているのは自分だけではないし、いつも誰かが入るし。
 その事実に、カイは毎回肩を落とす。それを目撃するギャラリーは居ないが、居たら何度やりゃ気が済むんだ!と後ろ頭をどつかれそうだ。
 とにかく。
 カイは爆が好きなのだ。
 それこそ、例えば今、バーベキューの予定の連絡を仲間内に回しているのだが(ピンクに押し付けられて)、ここで爆にだけ早い時間を教えて自分もその時間に行けば、数十分は2人きりだなーとか血迷うくらい。




 ていうか血迷ってしまった。




「………」
 誰も居ない川原1人、カイは立っている。
 他でもない、爆を待っているのだ。
 傍から見ればぼーっと立っているだけなのだが。
 カイは、ここにきて自分のしでかした事のとんでもなさについて、後悔に押しつぶされそうになっていた。
(ああああ、私は、私は一体なんて事を!!!嘘なんてついたら、爆殿絶対怒るじゃないか!でもってその後リハビリじゃないか!!)
 よし。
 今からでも遅くは無い(いや遅いよ)。爆に訂正のメールを!!
 無闇に意気込んで携帯電話を取り出す。
 と、まさにその時。
「なんだ、カイだけか?」
 爆が、来た。




 爆の声を聞いた時の、カイの驚きようの凄まじさと来たら、多分絵にも出来なければ字にも出来ないだろう。寿命が何日か縮まったんじゃないだろうか。
「爆……殿……」
 このまま、わぁー!とか叫んで逃げ去りたいのをどうにかこらえる。そんな事したら、もう色んな意味で致命的だ。
「他のヤツはまだ来てないのか」
「そ、そうみたいですね!」
 そう答えた後、なんでそこで連絡し間違えたと返事せんのだー!と脳内の自分は激しくごろごろした。案外、人ってのは自分で自分の首を絞めて死ねるかもしれない。
 手近に樹でもあれば、それにゴヅゴヅと頭を打ち付けたい所だが、いかんせん此処は川原なので目の前にはさらさらと川が流れるだけだ。それに、飛び込むわけにもいかない(そりゃぁ)。
 ひたすら硬直するしかないカイの前で、爆は荷物を降ろし、腕を上に伸ばしてリラックスしている。
 と、カイに眼を留めて。
「カイ」
「はい」
「動くな」
「はい?」
 動くなよ、と念をいれるように言われ、大人しく立っている。爆は、どんどん自分に近づいてくる。足が一歩進むたび、自分の顔の温度も一度上がっているみたいだ。
 爆は近づく。まだ近づく。
 会話をするだけの距離間はとうに越えた。なら、爆は何のつもりで?
 す、と手が伸びる。自分の肩に。
(え、え、え?)
「あ、」
 爆が残念そうに呟くのと同時に、肩に違和感。
 何だろう、と振り向く。
「動いただろ」
 爆の不服そうな声。
 振り向いたカイの視界を、複数の蜻蛉が縦横無尽に空を飛んでいる。
「……沢山ですねぇ」
 見たままの、ちょっと間抜けた事を言う。今の今まで気がつかなかった。他の事に気を取られていたせいか。
 全部で何匹だろう、と数える側からなんだか増えていってるような気がする。
「まぁ、水辺だからな」
 爆が言う。これもセリフをしては当たり前過ぎるほどに当たり前の事なのだが、爆が言ったというだけで、胸にじんと染み入る。
 爆は、自分がこんな風に見ている事を知っているのだろうか。
 そんなカイの前で、爆はいっそ無邪気に人差し指をぴんと立てて、それに蜻蛉が止まるのを待っている。
 程なく、一匹の蜻蛉が指の先端に一旦羽を休ませる。嬉しそうに、それを眼を細めて見る爆。
 そんな蜻蛉にすら、羨ましがっている事にまた少し落ち込み、そしてあの蜻蛉はそれでも次の夏を迎える事は無いのだと、ふと思った。
 虫の一生は短い。1日しか生きていない存在すらある。
 しかし短いというのはこっちの主観であり、本当はそれにとっては短くも何でもない。何故なら、時間というのは絶対ではなく、此処の存在により速さを違うくするもので、虫の一生を哀れむ自分達も、何処か他の存在から見れば、また哀れむ程短いのかもしれない。
 遠い昔の夏、蝉の亡骸を前にして泣いた自分へ、もう少し噛み砕いた口調で教えてもらった。
 人の一生と虫の一生を同じ長さにした時。
 私は、さっきの蜻蛉ほどに貴方の側へ居るだろうか。
「カイ?」
「うわぁ!はい!?」
 何だか今日は色んな意味でドキドキしっぱなしだ、と胸を押さえる。
「ぼけっと突っ立ていて、大丈夫か?気分でも悪いか」
「いえ!ち、違います………」
 明らかに挙動が不審なカイだが、とりあえず体調は悪くないみたいなので、爆はそうか、と返事をしておいた。
 カイはちら、と腕時計を見る。
 あと10分もしたら……早くに来る人はやって来る頃だろう。例えばデッドとか。
 そうすれば、否応無しにバレる。
 その前に。
「…………」
 ”すいません、伝える時間、間違えました”
 ではなく。
「……爆殿」
「何だ」
「すいません……嘘、つきました。時間を随分早めに、わざと伝えました」
「…………」
 爆は、とりあえず今は怒るでも殴るでもなく、カイのセリフが終わるのを待っている。
「貴方と2人きりになりたかったから………」
「…………」
 場所が場所なだけに、この季節にしてはやけに涼しい風が吹く。
 爆は、視線をカイから先ほどまで見ていた蜻蛉の群れに移した。カイは動くことなく佇んでいる。
「貴様でも、そんな事するんだな」
 見当違いの方向へ顔を向けたまま言ったので、一瞬自分の事ではないかと思ってしまった。
「次は無いぞ」
「………-----え」
 と、いう事は………
 ……と、いう事なのか?
 カイは段々自分の視界に光が差し込んでいくように感じられた。その中で、爆の頬は少し赤いような気がする。
「爆殿!」
 その声に驚いたのか、カイが駆け寄ったのに戦いたのか、爆を取り巻くようにしていた蜻蛉が散った。
 そして。
 カイが勢いのまま、爆に抱きついた丁度その時。
 デッドが到着した。




「あれ、ヤキソバ作るのって、カイじゃねぇの?なんでデッドがやってんだ?」
「まぁ、色々都合がありましてね………」
「………ふぅん………」
 世の中には訊かないほうが良い事もある----ハヤテは、それをよく解っていた。




<END>





途中まで真面目にしようとした跡が窺えるのがわかるだろうか。
そして最後で力尽きたのがわかるだろうか。

いや草原殿のバースデープレゼントなんだけど、これ。
「リクエスト何かあるー?」「うーん」「はーい、薄腹黒ねー」と承った訳ですが(セルフ式に)そんなに薄腹黒くもなかったかもしんないね。クンフーが足りないわ……!!
て事でオメデトーっす。