目を引いたのはまず形。まるで鳥が空を羽ばたいている様な。
そして。
夢でも貴方を想う
これほどまでに、心にしっくりくる言葉の綴りが在った事。
花を育てた事はあまり無い。全く無い、と言ってもいいかもしれないくらいだ。
料理は、まだ手順を守ればそれなりの結果があるが、相手は何せ生き物だ。マニュアル通りでいかない場合も多々ある。
「………………」
咲かないなぁ。声に出さないで思う。
やはり湿地原のものだから、この国には合わないのだろうか。それでもこまめに水をやり、毎日状態には気を配っているのだが……
とりあえず枯れては居ない。が、咲こうとも見られない。青々とした草が生え揃い、何も知らないで見ると雑草でも育てているようだ。
なんだか自分を反映してるみたいで。咲いていない鷺草の前で、カイはがっくり肩を落とす。
育つも、咲かない。
想っているくせに、通わせない。
それはやはり、自分のやり方が間違っているせいだろうか。
爆の登場はいつも唐突だ。
「来たぞ」
まるでご近所に寄った、みたいなニュアンスだが、全然違う。
多分、当分来ないだろうと予想していたカイは、思いっきり慌てふためいた。
「ば、爆殿!また急に……!」
「いつも急だろうに。何を慌てているんだ?」
「いえ、別に……」
気分的に言うなら、カイはラブレターを書いている最中に来られたようなものなのだが、爆にそれが解る筈も無い。
訝りながら、家に入る。
カイが茶を入れて戻ると、爆は鷺草の鉢の前に居る。例の、ただの草にしかまだ見えないそれに。
「爆殿?」
「これ、お前が育てているのか?」
「えぇ、まぁ」
あまり気にしないでもらいたいんだけど……
ちょっとばかり内心冷や汗を流しているカイを余所に、爆はそれをじぃっと見入っている。
「爆殿、あのー、お茶が……」
お茶が冷めるのを理由に、こちらへ来さそうとする。
「誰かに、」
「はい?」
「誰かにあげるのか。……これを」
これ、とは鷺草の事だろう。
「いえ、そんなつもりは」
オーバーリアクション気味に、手を振って否定する。もし誰かに贈るとしたら、それは爆だろうけども。
「そう、か」
何となく。安心したような、でもなんだか気落ちしているような。
爆殿、とまた問いかけようとしたのだが、それより先に爆が茶に手を付ける。
「うん、ここの茶が一番口に合うな」
お茶の事だが、ここが一番と言われると、やっぱり嬉しい。えへへ、と笑う。
爆と会話はあまりないが、それが苦痛とは思えない。目の前に居てくれる。それだけで、もう、胸と言わず、自分の中が一杯なのだ。
「鷺草はな、」
いきなり、爆が言い出す。
「野生の蘭なんだ。だから、育て方が少しばかり難しい」
「はい」
そうだったのか、と勢いで買ってしまった自分を省みる。
「でも多年草だから、うまくいえけば増えてくれるんだ。
とにかく、乾燥に気をつける事が大切だ。ミズゴケに植えると上手くいったとかいう例があったな」
「はい………」
どうしたんだろう。爆がいつになく弁舌だ。
不安というか心配というか。何かあったんだろうか。
く、と残りの茶を啜り、カタ、と受け皿に戻す。
「……お茶のお代わり、要ります?」
頷くのを見届け、淹れに立ち上がる。
その最中、鷺草の方向を見ている爆から、また声が掛かった。
「あれの花言葉、知っているか?」
「……ッツ!!」
うっかり持っている物を落としそうになる。
カイは、茶を運びながら。
知っています、と言って。
「……”夢でも貴方を想う”……ですよね」
「ほう、知っていたのか」
知っていたもなにも、買った動機がこれなのだから。
(って言うか爆殿も知っていたなんて……!まさか気づかれたとか!?)
いや、そんな素振りは、とこっそり爆を見る。
(……あれ?)
ふと、思い当たる。
爆は、誰かにあげるのかと訊いてきて。
なんだか元気が無くて。
でも、来た当初は普通で。
あの花(ってまだ草だけど)を見た時から。
「…………………」
そうなんだろうか。いやなんだか自分にあまりに都合が良すぎるような、でも自分でもちょっとは可能性があるよねとか思ってたりもしてたけど、でも現実になんてとてもとても!
「カイ」
「は、はい!」
思わず声が裏返る。でも、爆はそんな事、気にも留めないというか気づいていないのかもしれない。
「どうして、育てようと思ったんだ?」
「…………」
このセリフは決定打……にして、いいんだろうか。
爆は、いや、何でもないと言って、さっきの自分のせりふを引っ込ませた。
いつか。
いつかは、言おうと、それだけは覚悟はあるんだ。
なら。
今言わないで、どうする!
「……あの花は、」
まだ草ですけど、と要らない説明をして。
「貴方の為に、育てています」
一語一句に、想いを。
一ヵ月後。
爆のアドバイスを聞き入れて世話した甲斐があったか、鷺草は見事に咲いてくれた。
けど。
「私の方が、先でしたね」
微笑んで、優しく鷺草を撫でて。
<END>
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