こんな暑い日には、貴方を好きだと想う感情すら、陽炎みたいに目の前で茹っているように思える。
さて夏である。
だから、とても暑い。
「んあっつぅ〜い〜」
と纏わり着いて離れないような声でアリババが文句を言う。
「ちょっと、暑い!暑いわよ!エアコンどーなってんの?!」
「今修理中だって初めに言ったじゃない!っていうかなんでアンタが暑がるのよ」
アリババの住む砂漠の方がよほど暑いではないか、とピンクは言いたい。
「ゴイの暑さはもっとカラっとしてんのよ。こんな、ベトベトした暑さじゃないの」
そーゆーものだろうか、と考える横で珍しくアリババの言葉にルーシーが頷いている。そーゆーものらしい。
そんな会話に、激が口を挟む。
「でもまぁ、確かにここ最近やけに暑いのよ。おかげで、あたしもちょっと夏バテ気味」
などと言うピンクは、やはりちょっと食欲が無いみたいだった。しかし、あくまでピンク主体での事なので、その量は普通の人の1.5倍はあった。
そんな会話に、激が口を挟んできた。
「おいおい、元GCが夏バテかよ?あんま情けない姿晒すなよ」
「なにようっさいわね!そーゆーあんたの弟子だって今現在部屋の隅で力なく蹲ってんじゃない!」
「あー、ありゃぁ自分の力量不足で会いに行けないのを棚にあげ、好きな人の側に居られない現実に挫けそうになっているだけだ」
「うわぁ、いっそ暑気あたりの方が1兆倍マシだわ」
「いや全く」
「……爆殿〜………」
そんなやりとりの後ろで、柱時計の振り子みたいな涙を流すカイだった。
しかし今日は暑い。
ソフトクリームでも外に置いたら瞬間溶解しそうに暑い。石の上に油を引いて卵を乗せたらそのまま美味しそうな目玉焼きが出来そうだ。
激曰く、ここ暫くは世界全体的にもれなく暑いと言う。そりゃねぇぜ!と誰かに言いたい。誰にも言えないのだが。
そんな事情だから、雹なんか避暑に逃げる事も出来ずにハヤテに当たってんだろうなぁ、と虐げられている親友を思い浮かべ、助けに行こうとかいう考えは出てこない。
だって、別の事で頭が一杯だから。
爆殿。
こんなに暑くて、体調を崩してないだろうか。ちゃんと水分は取っているんだろうか。水分だけではだめなのだ。ちゃんと塩分を取らないと体がだるくなる。
色々心配して、それしか出来ない事に肩が落ちる。
本当は、今すぐすっ飛んで行ってしまいたい。元気な姿を、いや少々体調崩してる時でもその姿を目の前で、すぐ触れる距離で見られたら。
それを思う以上に、それは出来ないと自覚している。今の自分では、足手まといにはまぁならないかなくらいのレベルだからだ。
対等になりたい。同じ目線で立って。
爆もそれを望んでいるのだと、解らない程愚鈍じゃない。
渓谷の清流を汲み取りに来たついでに、頭からざばっと浴びる。
少しは冷えただろうか。
たっぷり水を浴びたのに、家に着く事には乾いてしまった。気温の凄さを思い知る。
ふぅやれやれと水桶を満たした後、家に入れば。
爆が居た。
「……………」
ばたり。
入るために開けた戸を再び閉める。
……今日は、本当に暑いなぁ……
ほぼ真上の太陽を拝み、しみじみと思う。
で、再び開ける。
ガチャリ。
爆が、居る。
「………………」
ま、ま、ま、幻じゃなかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
ピッシャーンと背景をベタフラにし、カイは慟哭した。
ななななな、何でどうして如何様に、何ゆえ爆殿が此処へ!?そういえばいつぞや前に訪れた時この家はが一番涼しいとか言ってたよーな気がするけどって事はその為なのかあぁもう現実が信じられない。
思考回路が台風直撃みたいにめちゃくちゃになっているカイを他所に、爆は竹で細かく編まれた床の上で寝そべっている。実に気持ち良さそうだ。カイは、思わず小さい頃聞いた、小人の家に紛れ込んだお姫様の物語を思い出す。
まぁ、確かに此処は涼しい。風の通りを計算して作られている為。
エアコンで無理やり作った冷えた空気でなく、自然の風が熱を奪い取ってくれている。こういうつくりをしているのはカイの家以外だとルーシーやアリババくらいで。まぁ、あの2人だとこうして眠る事なんで出来ないだろうから、消去法でこうなったんだろう。
自分に会いに来た訳じゃない。
ただの事実だ。悲しんだりする事も虚しい。
カイが隣に腰掛けても、爆は眼を綴じたまま。
まぁ、寝ているといっても爆の事だ。きっと、自分が帰って来た事に気づいているだろうし、例えばこうして頬に手を添えようとすればたちまち眼を覚ま、
ひたり(←触れた効果音)。
覚まさない。
…………………
えぇぇえええぇぇぇぇぇぇ------------!!!!
なななな、何で爆殿目を覚まさないの!!!
実はやっぱり幻覚だとか激が作った精密な人形だとかいう可能性が頭を過ぎったが、掌には温かみが伝わるし、微かに息が感じられる。
ど、ど、ど、どうしよう!!
どうするもこうするも、とっとと手を離せばいいんだが、強力な磁石でくっ付いてみたいにどうにも自分の意思で剥がせない。
て言うかこれって。
チャンス?
いや、そう思って何かしようとすると必ず邪魔が(いや邪魔なんて生易しいものでもないのだが)が入って流血オチになるんだ!そう毎回毎回嫌なエンディング迎えて堪るか!
引け!ここは引くんだカイ!涙を流して撤退しろー!!
「ん………」
「!!!!!!」
爆が僅かに呻き、カイは心臓が口から飛び出るかと思った。
人肌すら熱いと感じたようで、手から逃れるように寝返りを打つ。すいません、と心でこっそり謝るカイ。
----こうして寝ている爆を見ると、なんだか安心する。
休む事を許さないように、前へ前へと突き進むから。置いていかれるのが不安なんじゃない。身体を壊してしまわないか心配なのだ。
まぁ、1人で未開の地を探検する身なのなら、熟睡してしまう方が余程死活問題なのかもしれないけど。
旅している間は無理だけど。
今は。
今なら。
「……何かあったら、すぐ起こしてあげますからね」
囁くような小さな声で。
今のセリフが、早く、”護ってあげるから”、と言えるようにならければ。
そう思うカイの髪をを、涼しい風が撫でた。
数分後。
「おぅーい今帰ったぞカイー!」
「爆殿起きてー!!!!!」
「ん?あ、爆寝てたのかよ!何で起こしたー!!」
「貴様らやかましい!!」
<終わり>
|