鳥しか居ない上空は、今日は少しばかり賑やかだった。
「な、なぁ、爆!俺やっぱいいよ!行かねぇ!!」
「だめだ」
「そりゃオメーはいいかもしんねーけど、俺はやばいんだよ!身体的とか精神面とか生命とかが!!」
自身も飛べるのだが、結構な速度で飛んでいるから体勢がなかなか整えないのと、何より掴む爆の握力が容赦ないせいで宙ぶらりんなままだ。なので、ハヤテとしてはもう爆に訴えるしか逃れる手段はない。
しかし、爆は。
「チッキー、スピードをもっとあげろ」
「お願い!やめてぇぇぇぇぇえええええええ!!」
ハヤテの絶叫が青空に吸い込まれる。
デッドの家に着き。
爆が呼び鈴を鳴らし、ドアが開いたのと同時に「何か」が飛び出してきた。それは、間違いなく自分を狙って投げられたものであり、そしてハヤテはそれと一緒に後方にすっ飛んだ。
「…い……ってぇ…ぇ……!!」
太い街路樹に背中から激突し、叫ぶこともままらないハヤテだった。
「爆くん、久しぶりですね。今日は、ゆっくり出来るんですか?」
そしてハヤテを吹っ飛ばしたデッドは、とてもそんな事をした人物とは思えない優しい微笑を浮かべ、爆を歓迎する。
「そうだな。そうしてもらうか」
「泊まってもいいですよ。僕の方も、作曲の方がひと段落ついたので」
「そうか。聴かせて貰ってもいいか?」
「えぇ、勿論。今日は、とっておきの茶葉を開けましょう」
にこにこと穏やかに談話し、中に入っていく。ぱたんと静かに閉じられたドアの音が、虚しくなるくらい耳に響いた。
「………………」
ていうかさ、爆。お前、俺を無理やり連れてきたんだから、それに対してもーちょっと責任つーか誠意っつーか、フォローとかしてくれてもいいんじゃね?つーかむしろ俺だって精神的ダメージ負ったある意味被害者じゃねーかよ。何なんだよ!何だってんだよ!
ハヤテの中で怒りやら悲しみやら寂しさやらが、台風みたいに荒れ狂う。
そしてそれは。
「爆殿〜〜…………」
「…………」
飛んできてハヤテを吹っ飛ばしたもの-----カイに向けられた。
「-----なるほど」
きちんと正座し、沈痛かつ真剣な表情でカイは頷く。
「さっぱり記憶が無かったとか言え、そんな事をしてしまっていたとは……酔っていたから全然知らないでは片付けられませんね。これは完全に私の責任です。申し訳ありません」
「あぁ、全くだよ………」
いかにも俺はとっても憤慨してますよ、という顔を作っているハヤテだが、その意識はちょっと逸れている。つまり、あれだけ殴る蹴るしたのに、何でケロッとしてんの!?と。しかしこれについての追求は無意味どころか自分を窮地に追い込むタイプの問題なので、驚くだけに留めておく。
「で、ハヤテ殿は戻ってこられて、あっさり門前払い食らったという事ですね」
「……まぁな」
苦虫を噛み潰したようなハヤテ。しかし、カイは輝く笑顔で。
「良かったですねぇ〜」
「何がだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!お前!俺はそーゆー悪ふざけは絶対許さねぇぞ!!俺は!!!」
「悪ふざけなんかじゃありませんよ」
カイは、絶叫するハヤテに、みぞおちに一発食らわす事で黙らせて。
「言葉ではなくても、”来るな”って言われたという事でしょ?つまり、怒っているという事ですよ。貴方が勘違いした事に。
それがどういう事を表しているのか……それくらいは、解るでしょう?」
「あ…………」
そう言えば。
デッドの所へ戻るのが嫌な原因に、どうせ無視されるから、と爆に言っていたのは、そう、自分。
これで無視されれば、もう完全に望みはないと最終通告されるようなものだ。それが嫌で、逃げようとしたのを爆が強引に引っ張った。
(そうか………)
あいつ、知ってたんだな。俺の事も、デッドの事も。だから、あんなに怒ったんだ。
そして、デッドは無視しなかった。意識してくれてたのである。
とは言え現状が現状なので、あまり明け透けに喜べないのだが。
まずはデッドの怒りを静めないと……でも、どうすればいいのか。昔の神話の荒神は酒を美女を出せば大人しくなってくれるので、ハヤテは今のデッドよりとても簡単でいいよなぁとちょっと逃避し始めた。
「さて」
と、カイは立ち上がり。
「このまま後押ししてあげたいところですが、私にもやらなければならない事もありますしね」
「ん?何処に行くんだ?」
ハヤテの質問に、やだなぁ、とカイは手をひらひらさせ。
「爆殿の所に行くに決まってるじゃないですか。やっぱり、私から伝えないと」
何発殴られるんだろうなぁ、と、内容と反比例して嬉しそうに言うカイ。
「……………」
「どうしました?そんなしょっぱい顔をして」
「悪ぃ。言うの忘れてた。俺、爆に此処に連れてこられたんだよ」
「……………」
カイはさっき目覚めるまで眠りっぱなしで、投げ飛ばされた事すら覚えていなかった。
そんなカイだったので、爆の存在に気づけなかったのも無理は無い。
「……では、爆殿には……?」
「俺が言った」
「さっき言った内容を……?」
「そのまま」
「………………」
得物を持ったカイが、ゆらり、とハヤテの前に立った。
「ん?」
「どうしました?爆くん」
「いや、今、誰かの悲鳴というか、断末魔の絶叫が聴こえたような……」
「空耳で片付けたい所ですが、多分ハヤテですね」
「と、いう事は、カイが目覚めたという事か」
そう言って、紅茶を啜る。デッドがとっておきだ、と言うだけあり、爆が飲んだ中で一番美味しかった。
「まぁ、とりあえず」
紅茶の味を香りを満喫した爆は、カップを置きデッド見る。少し顔が赤いような気がするが、まぁ、気にしない。
「カイが迷惑かけたな。すまん」
「……爆くんが謝る事ではないと思います」
その言い方は、普段デッドが爆に掛けるものに比べると、少し棘があった。
「ごめんなさい」
が、それにすぐ謝って。
「ちょっと、今は、不安定みたいです」
俯き、琥珀の水面をだた眺める。
そんなデッドに、爆は静かに言った。
「仕方無い事だ。信じてもらえないのは、一番辛い」
特に、それが想う相手であるなら。
「…………」
適温に冷めた紅茶を、一気にくいっと飲む。ついでに、ごちゃごちゃした自分の感情も。
はぁ、と一息ついて。
「どうせ、あのトリの事ですから、僕が出るまでずっと玄関でひたすら謝り続けるでしょうね。気の効いたセリフひとつ吐けない性分ですから」
そこら辺が気になり始めて好きになったんだろうな、と爆は思う。
「……近所迷惑になる前に、切り上げさせましょうかね」
家にあげる、という事だ。
その時にハヤテがどんな顔をするか、想像するだけで口元が緩んでしまう爆だった。
「おや」
とデッドが声をあげる。
「誰かが来たようですね」
気配を察し、言う。自分に解るくらいだから、爆にはとっくに解っているだろう。
「あぁ。これは、カイだな」
そうなるとハヤテが来るのはもうちょっと後だな、とデッドは判断した。カイは、ハヤテを倒すか逃げられるかして此処に来たのだろうから。
「どうします?」
デッドは訊く。
爆が振り向く。
爆は、それはもう笑顔で。
「デッド、オレは過ちを起こさない人は居ないと思うし、それを臆するあまり引っ込んでしまう方がよほど愚かだと思う」
「……はい」
不自然なまでの笑顔は気になるが、ここは爆に合わせた方がいいだろう。
「でもな。
同じ過ちを繰り返すのは、罰するに値する罪だと思う」
「はい」
「………これで3回目だ…………」
そうして呟いたのは、さっきまでの笑顔とは程遠い声で。
「……………」
デッドの前を通り過ぎ、玄関を開ける。
耳をしょんぼり垂らしたカイが、其処に居た。
カイは爆を見て、口を開く。
「爆ど、」
「失せろ」
がちゃばたん。
「………………」
それはもう取り付く島の無いくらいの無慈悲な声で。
思わず、デッドがちょっとは話くらいは聞いてあげたらどうですか、と言い掛けた程だった。
しかしまぁ、爆も自分と同じで、怒りの激しさの分はそのまま想いの深さという事だから。
カイは必死に謝り続ける事2ヶ月、ようやく許して貰えたとの事だった。
以来カイは、酒を見ると脅える。
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