その時、カイは酔っ払っていた。昼間なのに。
しかし、率先して飲んだわけではないのだ。お使いに行った先が酒蔵だったので、しかも今年のが出来たばかりだから是非試飲を、と勧められてしまったのだ。
それで断れたらそれはカイではない。
この後の予定も無かった所だから、と飲んでしまった。
それがいけない。
アルコールに耐性がある訳でもないくせに。
その後の自分の姿を、少しでも想像出来なかったのか。
カイは、きっちり酔ってしまったのだった。
(ああああ〜〜、世界が回っている………)
と、カイは思っているが、実際回っているのはカイの視界だけである。
平衡感覚にモロに来たらしく、見た目とても足元から何もかもまでおぼつかない。
ぐらぐらとする身体が、歩行するのさえも厳しくなった所で、カイはその場にどっかりと腰を降ろした。幸い、街中ではなく、森の中だ。誰もそんなカイを咎める者はいない。
ぼやけーとした頭で、どうやら自分は酔っ払ているのだと、思う。
なら、それが覚めるまでここでじっとしている方が危険は無い。
(………あ)
そんな事をしなくても、サクっとテレポートしてしまえばいいではないか。カイは、酔った頭で思う。いつもなら、そんな状態でこんなデリケートな術を使うなんて無謀な真似はしないだろう。しかし、くどく言うがカイは酔っているので、その考えを何のためらいもなく実行に移してしまった訳だ。
そこまではまだよかったのかもしれない。そこまでは。
問題なのは。
デッドの所に行っちゃったって事だ。
「……………」
ピアノを弾いていたら、後ろでどさっと何かが落ちる音がした。ここはピアノを弾くためだけの部屋。落ちるものなんて、何も無い筈だ。
眉を顰めて振り返ったデッドは、それを見た途端ますます不快そうな顔をした。
「何してるんですか、カイさん」
うつぶせだったカイを、足で蹴って仰向けにさせる。
落下のショックにちょっと停止していたカイだったが、仰向けにされた事で気がつく。
「…………」
「聴こえてないんですか?何を、してるんです?」
顔を覗きこみ、言うデッド。
繰り返し何度も言う。
カイは、酔っている。
酔ったカイは。
デッドが、爆に見えた。
----そして始まった惨劇-----
「爆殿……爆殿〜〜〜〜〜!!」
「うわっ!?」
満面の笑顔で両手を伸ばし、デッドを抱き締めるカイ。あまりな行動に、デッドもとっさの対処が出来ないでいた。
こうして拘束されてしまうと、デッドは文字通り手も足も出ない。力比べでは分が悪過ぎるし、何よりされている事自体が冷静な判断を殺ぐ。
「ちょ……!何をするんですか!!」
「爆殿、爆殿、」
何をする、とか言いながら、デッドはすでに自分がどういう状況に陥っているかは解っている。密着したカイは、酒の匂いがした。酔って、自分と爆を間違えているのだろう。いろんな意味で許しがたい。
即座にカイを模した藁人形の心臓部に五寸釘をカコーンと打ち付けたいのだが、両手を抱きこまれている姿勢では不可能。
デッドは体術は不得手だ。
「目をさまして下さい!!」
もはや叫びを通りこし、吼えるデッド。
「あれ、爆殿、シャンプーとか変えました?」
酩酊ぶっちぎりのカイ。デッドは眩暈がした。
しかたない……痛いのは嫌だけど、こうなったら唯一拘束されていない頭部にて、頭突きを決め込むしかない!
そう決意し、カイと面向き合ったとの時。
「おーい、デッドー。取って来たぜー」
「………!」
ハヤテだ。そう言えば、テンパの果物を頼んだっけ。
ナイスタイミング!!右手が自由だったら、親指突き上げたいくらいだ。
「ハヤテ!」
デッドが声を上げる。
ん?と室内を見渡していたハヤテが、その声でデッドの方を見る。
そして見えたのは、カイと熱い抱擁を交わしている(ように見えないことも無い)デッド。
氷結。
ハヤテの一切の活動は、停止した。機械で言えば、ブレーカーが落ちた状態だ。強すぎる衝撃に壊れてしまうと判断し、機能を遮断したのであった。
デッドもデッドで必死なので、そんなハヤテの状態を気遣っている場合でもない。
「いいところに来ました!これを剥がして………!」
「う、ぅ…………」
顔を俯き、呻くような声をあげるハヤテ。それを見て、デッドはようやく異常事態が発生していると気づいた。しかし、もう遅かった。
「そんな、そんな……そんなっ………!」
「……ハヤテ?もしかして、物凄い誤解…………」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああああん!!!!」
ガッシャー!!
質問をするでもなく、ハヤテは完全に勘違いしていた。ちょっと冷静になれば解る事だが、冷静じゃないから間違えるのである。
そして泣いて叫んで、窓ガラスをぶっ壊して飛び去ってしまった。
「……………………」
それを見るデッド。
「うぅ〜ん………爆殿〜〜〜」
デッドに抱きついたまま、酔いが回って眠ろうとしているカイ。
「……………」
デッドは今までに無い力で腕を振りほどき、そしてその脳天めがけて拳を落とした。
対象が瓦であったら、10枚は確実に割ってるだろう威力で。
ふいに現れた大きな影が、そのまま通り過ぎる事無く、むしろ自分に近づいてきた。
「ハヤテか」
「……………」
ふわり、と羽を操り地面に降りる。
が、何だか様子が可笑しい。どちらかと言えば明るい部類の彼が、黙り込んでいるのだ。
「どうした。デッドと何かあったか」
また、という言葉は情けでしまってあげる爆だった。
「…………………」
ハヤテは爆を見た。
デッドがカイとよろしくやってるなら、俺は……俺だって……俺だって………!!
せめてデッドに向ければ良いのに、ここ一番の根性を、ハヤテは間違った場面の間違った相手に、間違った方向で発動させてしまった。
「俺だって…………やってやる----------!!!」
「!?」
爆に襲い掛かるハヤテ。
しかし。
ズドギューン!という音と共に、ハヤテは宙に舞った。
「……何だ?」
「………………」
地に伏したハヤテを、見下ろす爆。
爆はデッドと違い、ふいの相手からのふいの奇襲には慣れているのだった。
そう、他ならぬ、ハヤテの同居人によって。
「全く……一瞬、雹が化けてるかと思ったぞ」
「…………」
返す言葉もなく、沈黙するハヤテ。
しかし。
爆の攻撃を浴びた後、気づいたのは浄華掛けられている時だった。つまり、自力で回復できない状態だったって訳で。
(でも、カイのやつ、いつも次の瞬間には復活してるよな……)
しかも、今以上の攻撃で。
その事実に気づいてしまった時、ハヤテに物凄い寒気が襲った。
いかん。これは触れてはいけない事なのだ……世界には、そういう事も確かに存在する……
ハヤテはこの事実を、そっと頭の奥においやった。二度と、思い出す事の無いよう。
「で、何があった?」
「…………」
また沈黙。
出来れば言いたくないのだが、とち狂って襲った以上、お前には関係ねぇよとか言えない。
ぼそぼそとさっきの事を話すハヤテ。
聴き終わり、爆は呆れたような、いや、完全に呆れた顔で。
「あほか貴様。本気でそうだと思っているのか?」
「……今はそんな訳ねぇって思うけど、その時は頭に血が上ったっつーか………
でもよ、好きな相手がそうなってる場面に遭遇して、冷静でいるほうが無理だろ!?お前だって、カイのあんな所見たら絶対パニくるって!!」
「カ、カイは関係無いだろう!カイは!!」
弁護のあまりいらん事まで言ったハヤテは、爆にどつかれた。真っ赤になった爆に。
「とにかく」
爆はふー、と息をし、顔色を整える。
「早い所、デッドの家に行った方が良さそうだな。お前、そのまま飛び出したんだろう?」
「あー、うん」
「なら、その誤解早く解いてやらんと。行くぞ」
「……いーよ。俺は。お前だけ行ってくれよ」
「何だと?」
ハヤテは失敗した笑顔を浮かべ、
「俺がそーゆー勘違いしたって、デッドは何とも思わないんだからさ」
戻るだけ恥の上塗りだと言う。
「……………」
爆は、その腕をむんずと掴む。
「のわ!?」
「飛べ、チッキー」
「お、おい!?」
身体が不安定な状態で空に浮く。まぁ、自分は飛べるからさほど危険ではないのだが、爆は自分が飛べなくても今みたいな事をするような気がする。
「デッドの家に行くぞ」
「だから!俺は!」
「黙れ」
と、言われてハヤテは黙ってしまった。自分でそうしようと思った訳でなく、身体が勝手に従ってしまったのだ。爆の迫力に。
爆は、怒っている。それも、かなり。
(何で?何でだ?)
疑問を浮かべたまま、デッドの家に向かう。
<続く>
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