「カイ先生」
「……………」
「来客に茶を寄越さんのか、カイ先生」
「………っ、爆殿〜!!」
カイは、何だか怒鳴り声になりそこなったような情けない声を上げた。
「そんな呼び方しないで下さいよーっ!」
「何でだ。他のやつには呼ばせてるくせに、オレはいかんのか」
「いけないと言うより、その、………呼ばせてるのではなく、向うがそう呼んでいるだけの話で………」
「……………」
「爆殿〜」
自分の向かいに座っている爆は、椅子の背凭れに手を乗せ、顎を乗せてそっぽ向く。ふん、と鼻を鳴らした音が聴こえてきそうな仕草だ。
一緒に旅をしていた事もあったのか、自分にはこうして子供っぽい一面を晒してくれる。それはそれでとても嬉しいのだが。
初めとしては数ヶ月前、馴染みの店の子供に、型を教えてくれと強請られた事だろうか。そういう事に興味を持つ年頃なのか、ちょっとの事でも教えれば、目を輝かせてそれに従う。昔の自分を見ているような、少し照れ臭いような懐かしい感傷。
次第にその子の友達も加わり、ちょっとした教室みたいなものになって。
ちょっと長い間疎遠になっていた爆は、今日訪れて初めてその事を知ったのだった。
だから多分、知らせてなかった事に、拗ねているんだろうとカイは思ってる。
しかし、爆が拗ねているのは、カイがそういう風に思っている事だった。
別にそれはどうでもいいのだ。カイが何をしようと、やろうと。
ただ、子供たちがとても嬉しそうに親しげに、カイ先生、カイ先生と呼んでいるから。
そいつはオレのなんだぞ、と何度言ってやろうと思った事か。今でも、言えばよかったと思ってるくらいで。
だから、こうしてカイを振り回している訳だ。このくらい許されてもいいと思う。
「……そう言えば、どうして「先生」なんだ?「師匠」じゃないのか」
カイが激をそう呼ぶのは土地柄かと思っていたのだが。カイが弟子入りした時点では激はまだヒゲだったから、こう呼べと強要できる訳でも無く、何より本人がそういう事に無頓着みたいだし。
「あ、最初はそう呼ばれてたんですけど、私の方から違うのにしてくれと言ったので。
……どうも、師匠と呼ばれるのは微妙というか、他人の名前で呼ばれてるみたいで」
「そうか」
なるほどな、と苦笑しながら言うカイに、爆は思った。カイにとっての「師匠」は、激だけなのだろう。
「……それに同じ呼び方されて同類じみてくるのも、ちょっと」
「……そうか」
そっちに本音の比重が重そうである。
「まぁ、師匠とも先生とも呼ばれる身分じゃないんですけどね」
「そうか?中々形にはなってたじゃないか。”カイ先生”」
「…………」
何故だろう。爆にカイ先生、と呼ばれる度にボディー・ブローを食らったようなダメージがする……
「人気者だしな。親にも人望が厚いんじゃないのか?」
「……爆、殿?」
ふと、気づいたような表情で顔を上げるカイ。
「……何だ」
気づかれたかもしれない。今のは少しあからさまだった。
「あの、先ほどから不機嫌なのって………」
「…………」
爆は憮然とした雰囲気を背負ったまま、こちらを向かない。否定をしないから、あぁそうなんだ、とカイは確信した。
「……爆殿も、こんな事で嫉妬とかするんですね」
カイの声が近い。近寄っている。
「いかんか?」
「正直……控えてもらいたいですね」
爆の前に回りこみ、しゃがんで顔を覗きこむ。
「でないと、図に乗っちゃいますよ?」
「……貴様が乗れるような図なんて、たかが知れてる」
……だから、そういう風に、畳み掛けるように言わないでもらいたいんだけど、と心の中で呟いて。
立ち上がり、覆いかぶさる。爆の視界を全部埋めてしまいたいみたいに。
「……忘れてませんか?初対面の時の事」
「…………」
「……俺は、本当は荒っぽいんですよ?」
あるいは、自分の師以上に。仲間内の誰よりも。
「本当はもっと大事にしたいのに……」
「っ、」
項からなぞり上げるみたいに髪を撫でると、それに予感を感じたのか、爆が目を細める。
「貴方がそうやって煽るから」
「煽ってなんか、………」
ない、と続けようとしたのだろうセリフは、ごく近くまでに迫ったカイの顔を見て、止まる。
「…………」
カイが顎を捉え、角度を変えた。
そして。
「カイ先生---------ッツ!!」
ズバゴン!と物凄い力で突き飛ばす爆。突き飛ばされて吹っ飛ぶカイ。
やって来た子供は、袋を両手に抱えている。
「あのね、蒸しパン作ったから御裾分けしなさいって……あれ、先生?」
「目当ての人物ならそこだぞ」
爆が指してやる。顔が赤い。
言われて見つけれたカイ先生は、どういう訳か壁にもたれて座っていた……というか正確には倒れていた所を起き上がった直後なのだが。
「先生、どうしたの?」
まったくである。
「いえ、何でもありませんよ。ありがとうございます」
座ったまま受け取るカイ。もろに食らったせいで、ダメージが抜け切らないのであった。
「あとね、じーちゃんが腰の湿布、すごく良く効くってさ」
「そうですか。では、また作りますね」
「うん!じゃあねー!」
と、カイの生徒であろう子供は元気よく訪れ、元気よく帰って行った。元気のいい子供だ。
「……………」
子供が去っさ後、しん、とした沈黙が訪れる。
出鼻を挫かれると、その後じゃぁ気を取り直してって訳にもいかないし。やっぱり肝心なのはムードより勢いだよな……とこの現実から逃避したいカイは思う。
一方爆は、何でも無いようにてってってとカイに近寄ると、ひょい、と差し入れされた袋を取る。
「4つ、か。お茶がまだで良かったな」
茶請けが出来た、と笑う。色気より食い気だなぁ、と、多分爆に知られたらぶん殴られる。
「じゃあ、淹れますね」
ようやく立ち上がれたカイ。身体がまだぎしぎしいってるような気がしないでもないが。
「ちゃんと湯冷まし使えよ。貴様の茶はどうも熱くていかん」
「はいはい」
「”はい”は一回」
「はい!」
サイコバズーカの銃口が向いたのを見て、カイは慌てて返事を直した。
お茶を淹れながら、カイは考える。
飲んでいる時か、それが終わってからか。
目の前の爆に言うのだ。
他にどんなに周りに人が居ても、貴方と居る時は、貴方の為だけの私ですよ、と。
<END>
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