今日はデッドの所へ行ってみよう、とハヤテは思い立った。
遠くからひと目姿を拝むのでもいいし、機嫌が良さそうならお茶でも誘ってみるのもいいかもしれない。
翼を羽ばたかせ、風を操り空を飛んで、見えたデッドの家の屋根。
大きな出窓から見えたデッドは、小さな鉢植えにやるための小さなジョウロを持っていて、静かな柔和な笑みを浮かべている。
どうやら、機嫌は良さそうだ。
着地し、玄関のチャイムを押す。しばしの間を置いて、デッドが出た。
「ハヤテ、」
「よう。特に用はねぇんだけど、いいか?」
「えぇ、どうぞ。紅茶を淹れましょうね」
おお、デッド自らそんな言葉が出るとは、よほど良い事でもあったのだろうか。
「ソファにでも座っていてください」
「解った」
と、リビングに出れば。
今日の幸運を噛み締めるハヤテの気分そっちのけでどよーんとかいう効果音が聴こえそうな空気で。
そして、その中心には。
「……あぁ、ハヤテ殿。お久しぶりです………」
「……………」
めい一杯陰気な雰囲気を纏うカイを見て、ハヤテはデッドが紅茶を淹れてくれている事も忘れ、一瞬帰りそうになった。
「カイ?一体どうして此処に……?」
色んな意味を込めてそれを訊きたいハヤテだ。
「いえ、ちょっと手持ち無沙汰になったもので、時間潰しにお邪魔させて頂いています………」
出る言葉の一句一句に何らかの陰のエネルギーが込められているようだ。
「爆はどうしたんだよ」
と、口を出た言葉に、ハヤテはしまった!と言ったすぐ後思う。爆と何か(もしくは爆が何か)あったからこそ、カイは自分に呪いをかける相手の家まで来てひたすら時間の経過を待っているに決まっているのだから。訊くだけ、藪を突いてヘビを出す結果になる。
そこまで気づけたのは進歩であるが、時はすでにもう遅い。
「爆殿?あぁ、爆殿は今頃………」
明日死ぬ人間だって、今のカイ程憔悴はしてないんじゃないかなってハヤテは思った。
「今頃………炎と会ってます」
「……………」
ちーんと軽い鐘の音が聴こえた。
「それは…………」
何て言えばいいのか。ハヤテも固まっていると。
「連絡を受けてから、ずっと楽しみにしていましたからね、爆君は」
言いながらデッドがやって来た。トレイに乗せたカップを大きな音を立てる事無く、テーブルへと並べる。
「って、デッド。いいのか?炎と爆を会わせて」
何せ相手は自分の野望の為だけにうっかり世界を滅ぼしそうになったヤツなのだから。そのまま掻っ攫って行ってしまうかもしれない……というか実際目の前でされた。
「大丈夫ですよ」
優雅な仕草で紅茶を飲むデッド。
「爆君が、しっかり手綱を持ってますからね」
それってつまり尻に引かれてるって事だよなぁ、と真実に気づいてしまったハヤテだ。
「久しぶりの逢引、楽しんでいるといいですね」
「楽しまれちゃ困るんですよこっちは!!」
一体何時間半死人状態だったのか知らないカイが、ここにきて復活したようだ。
「過去の事はもういいんです!実は色々まだ拘っているんですかしつこいと爆殿に嫌われそうですし!」
わぁ、情けねぇ、と戦くハヤテ。
「問題はこれからの事ですよ!爆殿は、私と気持ちを通じる仲になったんですから、そうほいほいと昔の大切な人に会われたらこっちは気が気でないんですよ------!!」
「それ、爆君に言ったんですか?」
それまで溜めてた分を怒涛のように吐き出していたカイが、ぴたり、と止まる。
「言えない人間がここで何を言いましても……所詮、飼い犬の遠吠えですね」
本当は「負け犬」なんだがあえてそう言っているような気がしないでもない。
「言って無いのか?」
「……だって、まぁ……爆殿、すごい楽しみにしてそうでしたし……」
ハヤテの問いに、うじうじしながらカイが答える。
「じゃ、大人しくしてるんですね」
とどめ、とばかりにデッドが言う。本当にとどめだったらしく、肩をがくーっと下げるカイだ。
その様子があまりにも惨め、というか不憫だったので、ハヤテはフォローを試みる。
「まぁそう落ち込むなよ。お前がちゃんと受け入れてくれるって爆は思ってて、それで炎に会いにいってるのかもしれねーだろ?」
だったらその信頼に応えなきゃ、と言えば、カイの表情がだんだん明るいものとなる。
「そう……思いますか?」
「そうだよ。だから、こんな他人の部屋の片隅で鬱オーラ噴出してんじゃねーよ」
上のセリフがカイが言ったものなら、体よく人を払っているだけなのだが、ハヤテなので本心からの言葉であった。
そうか!そうですよね!と段々テンションの上がるカイ。浮上して来たのを見て、良かったなぁ、と思っていたら。
「-----でも、爆のやつ、今はどうかは知らないけど、炎の事すげー好きだよな」
でなきゃあんな事、そう簡単には水に流せないだろうと前から思っていた事をぽろっと零す。
「そうですね。激さんと雹さんの再会の時に比べたら、炎さんの時なんてまさに雲泥の差ですよ」
何故知ってる、デッド。
「何だかんだで最初の相手だし(他意はありません)、案外カイとこんな風になったのも髪形が少し似てるからだったりして、」
ごきゅ。
「えーと、何か言いましたか、ハヤテ殿?」
「なっ……なんでもありません………っつつ!!」
1オクターブ高い声で、締められた喉で必死に訴えるハヤテだ。確かに自分は鳥だが首をきゅっとはされたくない。断じて無い。
「まぁ、とにかく、紅茶を淹れたんですから、飲んでください。冷めるじゃないですか」
「……………」
カイは、目の前のカップをとり、こくりと飲んだ。
醤油が入っていたので、ぶー!と噴出しハヤテが浴びた。
デッドはまだ居ればいいのに、と怖いくらい綺麗な笑顔でそう言ったが、カイは陽が赤みを帯び始めた頃に退散した。あれ以上攻撃を受けたら、本気で再起不能になるかもしれない。
まぁ、デッドがあれだけ自分にぐっさりくるセリフを連発したのも、解らないでもない。
自分でも情けないと思っている。会うなとも、その場に立ち会う事も出来ずに逃げるように、いや、明らかに逃げ込んだ。
もっと、しっかりしなきゃ。
爆みたいに一箇所に留まらない人程、いつでも受けれてくれる人が必要なのだから。
(……解っては、いるんですけどね)
自覚もした。努力も、している。
でも、どうにもならない。
「……………」
(……爆殿………)
炎なんかと、会わないで下さい。ずっと、私の側にだけ居てください。
溢れるのはそんな幼いエゴの、独占欲ばかり。
爆の安心出来る場所になりたい。
本当、それは解っているのに。
解っているのに。
「来たか」
帰れば、爆が出迎えてくれた。
……爆、が。
カイは表情を切り替え、ぱ、と笑顔を浮かべた。
「いらっしゃい、爆殿。今日は泊まっていかれますか?」
「…………」
座っていた爆だが、カイがそう言うと席を立ち目の前まで近づいた。
そして。
「う、」
ぶに、と頬を抓まれる。
「炎に会う事が気に入らんのならそう言え。表情で語るな」
「…………」
やっぱり顔に出るのだな、と少し他人事のように思う。
「貴様に言われて、そのまま従うオレだと思うか?」
「……それは、もう、爆殿じゃありませんね」
何だか嫌味にも取られそうなセリフになってしまったが、カイの本音だ。
会わないでくれと懇願する。それで会わない爆なら、自分がここまで惹かれないと思うから。
「そうだな。それは、オレではない」
そして、と爆は続ける。
「オレが炎と会う事に、こうして悩まないでいるのは、それはもうカイではない」
さらに続ける。
「オレは、”カイ”がいい」
「……………」
「悩むのはいい。が、自分を卑下するのは止めろ。……オレがオレでいられなくなる」
そう言ってから、爆が目を伏せたのは、何がそうさせたのか。
少し顔を上げさせ、その瞼にそっと口付けた。
誓いを込めるように。
<END>
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