「……爆殿」
「何だ」
「バレンタインにチョコが欲しいです----って言ったらどうします?」
「殴る蹴る潰す(←何を)」
「…………」
「えぇい泣くな鬱陶しい!」
だばーっと目の幅ある涙を流したカイを一蹴する。
「いきなりなんだ!オレがそういう形式ばった儀式が嫌いなのは知っているだろう!」
「知ってますよ。知ってますけどそれとは違うと言いますか別次元の問題と言いますか……」
指をぐるぐると回しながらしょんぼりと言うカイ。
まぁ、自分が言った通りに爆がこういったイベントがあまり好きでないのは重々承知だ。イベント自体でなく、それが終わった時の寂しさが、どちらかと言えば爆が拒む原因だ。
1人暮らししているせいだろうか。カイは思う。
「……じゃぁ。私があげるのはいいですよね」
それには爆は頷いた。かなり譲歩してくれたようだ。
家族が揃わなければ、爆はクリスマスにツリーすら出さない。
爆の培った孤独は大きくて氷結している。
最も、それが解け切れるまで、解け切った後でも自分は付き合うつもりだ。
やっぱり手作りですよね、と何がやっぱりなのかよく解らないが、カイはそう決めていた。
2月13日の夜。夕食の後片付けを終え、再び調理器具を出したカイ。
あげる物は散々悩んでチョコレートの蒸しパンにした。
ケーキでも、とスタンダードに思ったりもしたが、自宅に帰り、それをナイフで切り分ける時に、爆が側に家族は居ない事を思い出しやしないか、と思ってこっちにした。
これなら小さく個別に作られるし、食べるのも手軽だ。
カイは、爆を寂しい人だと思ってしまった分、寂しくしないようにする義務がある、と思っている。まぁ、何だかんだで結局は自分がしたいのだが。
「うわ、すげーチョコの匂い」
風呂から上がった激が言う。匂いじゃなくてせめて香りと言って欲しいな、とカイは思った。
「申し訳ありませんが、あげられませんので」
「失礼な奴だなー。俺はそんなにモノ欲しそうな顔をしてたか?」
苦笑して言う激に、
「……以前、弟子の物は俺の物とか言って、私の分のハンバーグを食べましたよね?」
「日付から察するに、もしやこれは明日用?」
唐突な話題変換は激の得意技だった。
「えぇ、そうですよ。そういった事情もありますので」
と、カイは事務的に言う。嬉しそうにやに下がった顔で言ってしまおうものなら、あれやこれやと追求されるのは決まっている。
激はカイのセリフに、ふーんとだけ答えた。しかし、その顔はとても意地悪くにやにやしている。カイがぼろを出すのを待っているみたいに。
「そういう事が出来るまでになった訳だ。夜明けに会いに行った努力が報われたな?」
「む、報われたとかそんなんじゃ……」
自分はそんなつもりで会いに行った筈ではなかった。少なくとも、最初は。
ふと、カイは激に訊く。
「師匠は、バレンタイン好きですか?」
「はぁ?何だ?まぁ、好きか嫌いかって言われたら好きだけどな」
「クリスマスは」
「もっと大好き」
「エイプリルフールは」
「ていうかむしろ俺の為の日」
カイは少し考えるように視線を巡らせ、ボウルの中へと落ち着かせて。
「……師匠のその性格が、分けれるものだったら良かったんですけどね」
「お前って本当何気なく俺の弟子だよな」
バレンタイン前日の、とある家庭の出来事だった。
「はい、爆殿」
後日、宣言通りに爆へあげる。
爆は、黙って受け取る。
ふと視線を下ろしてみれば、紙袋を持っていた。
「それは?」
「あぁ、これか?チョコだ」
え、とカイが固まる。
「い、いつもそんなに貰って……?」
カイが爆を知ってから、日は浅い。去年はその存在を頭の隅に入れてる程度だったし。
「いや、こんなに貰ったのは今年が初めてだぞ」
カイはそれに安心していいのやら、複雑になった。大体、こんなに、という事は少しは以前にも貰っていたという事だ。
でも、その気持ちと同じくらい、誇らしい。
ハヤテが言っていた。爆が少し変わったと。以前より、断然親しみが増したと言う。
自分の存在が、僅かでも爆にとってプラスになれたのなら、こんなに嬉しい事は無い。
「……確か、こういうのってお返しをしなくちゃならないんだったな」
「そう、ですね。一ヵ月後に」
「何をあげればいいんだ?」
そう言って見上げた目はとても戸惑っていた。
それを可愛い、と思うと同時に少し哀しくなってしまう。その戸惑いが、もてた為からではないから。
爆は、本当にどうしていいのか解らないのだ。
紙袋の中には、10個くらいのチョコの箱が入っている。
それの贈り主、いや、世界中誰がこういったイベントに孤独感を覚えてしまう人が居ると、想像できるだろうか。
「……そうですね、本命とか義理とかには、と色々あるみたいですが、だいたいクッキーをあげてますよ」
カイはその気持ちを少し抑え、爆の疑問に答えてやった。
今頃、爆殿食べてくれてるかな、と天井を見て思う。
出来れば今すぐ知りたいが、メールで訊くのもどうかと思うし。
などと思った時に、メールの受信音が響く。
爆からだった。
内容は、とても簡潔だった。
たった一言。
『来い』
そしてカイはその通りに動いた。
爆の家に着き、インターホンを鳴らす。すると待っていたかのように爆がすぐに出た。
「……上がれ」
言われるままに、玄関へ入った。
座るように言われたソファーがとても柔らかくて、カイは何だか落ち着かない。
別に爆の家はとりわけ豪奢に彩られている訳でも無く、派手な調度品もないのだが、むしろそうしているのが却って上流家庭というのを彷彿させる。
出された紅茶も、とても美味しい。
対面に座る爆が、紅茶を一口飲んでから言った。
「ケーキ、美味かった。ありがとう」
カイは、爆を見ようとした時の首の動きの反動で、身体が浮きそうだった。
食べてくれたんだ。しかも、美味しかったらしい。
虚勢かどうかなんて、疑うのは野暮だ。そう言ってくれた事に、純粋に喜ぼう。
「それで、だな……」
爆はまだ続ける。
「その、お前が喜ぶかどうか解らんのだが……」
と、テーブルの下に手を突っ込んで。
「……バレンタインの、プレゼントだ」
そうして現れたのは、薔薇のブーケだった。
そう言えば、何処かの国ではこの花を贈るんだっけ。
呆けた思考の何処かで、そう思い出した。
「花やってどうかと思うんだが、チョコは贈らんと言ってしまったし……」
それでも、カイに応えたいと思ったのだ。一ヵ月後を待たずに。待てずに。
イベント事が嫌いでな、く受け付けない爆が。
自分の為に。
「……いらんのなら、」
「私は、」
爆のセリフを遮って、カイが言う。
「……薔薇の花束を貰うのは、これが生まれて初めてですよ」
爆も言った。
「そうか、奇遇だな。オレも贈るのは初めてだ」
ちょっと不器用に、笑って。
確かめたくて、何度も何度も触ってしまう。そうすれば花は痛むだけだと解っているけど止められない。
ブーケを貰って激から絶対何か言われるだろうけど、それくらい平気……にしよう。
「爆殿、……辛いなら、無理しなくていいんですよ?」
誰も責めたりしないから。カイは爆が傷つくだけは絶対に嫌だ。
「別に……オレがしたいから、するんだ」
何が辛いことがある、と言い切る爆。
「あの、もしかしてあの樹はモミの樹ですか?」
カイはこの部屋に入ったときから少し気になっていた事を訊く。
「あぁ。オレが産まれた年に植えたそうだ」
「そうですか……」
カイが樹をじっと見て言う。
「今年のクリスマス、飾りましょうね。
どれくらい時間が掛かりるでしょうか」
それが当然の事と思わせるように言う。
「私の背だと、天辺まで手が届きませんね。あ、私の知り合いとか呼んでもいいですか?」
「…………」
「……ねぇ、爆殿」
爆は好きにしたらいい、とぶっきら棒に言い放った。カイは喜色を浮かべて微笑む。
今年のクリスマスは、爆にとって一番のものにしよう。
当然、それは来年以降更新されていくのだ。
<END>
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