音、奏でれれば隣国の、





 思えば同じ星の上なのに、少し地を渡り海を越えただけで文化も人も違い、言葉すら解らなくなるなんて不思議だと思う。
 そんな風に母親に言えば、やっぱり爆は真の子なんだわ、と言って笑う。
 そんな父は、現在文字通りに世界を渡り歩いている。盆と正月には必ず帰るのは国民性というやつだろうか。




 そんな訳で、爆は卒業旅行に中国へ単身赴いていた。
 ピンクなぞ最後の最後まで一緒に行きたいと喚いていたのだが、やはり最初の国外旅行は、どうしても1人で行ってみたかったのだ。
 別に父を習った訳でもないのだが、ただ何となく。
 目的地を中国にいたのもやっぱり何となくというヤツで。
 とは言え、きっかけは音楽の授業かもしれない。何の課題だったかで中国の雅楽をとりあつかい、その音色に酷く引かれた。
 金属音のような発言に、どこか聞き慣れたものがある。懐かしさすら感じた。
 だから、海外進出の第一歩に選んでみたのだが。
(…………)
 早速少しピンチである。明らかに尾行られている。
 見た目は外資系の実業家だが、薄い色をしたサングラスの裏にある双眸が堅気のものとは思えない。
 ただの詐欺師か、最悪人身売買組織か。
 どちらにしろ、関わらないのが最適なのだが、どうも目を付けられてしまったらしく、後から後からついてくる。
 どうしたものか。
 最も、いざと言う時には肉弾戦になれば分は自分にあるのだが。父親に、その親友の手ほどきを、幼い頃から鍛錬している。大抵の大人にはまず勝つだろう。
 とは言え、所詮自分は正攻法の技しか使えない。相手が卑怯な手段に出たら、何処まで通用するか。
 とりあえず、何処かへ逃げ込もうか。しかし、待ち伏せされたら。
 はぁ、と溜息をつく。
 覚悟はしていたが、いきなりこんな目に遭うと、ともすれば人間不信に陥ってしまいそうだ。
 と、その時。
 大きな声がした。
 自分でもなく、後ろの男でもない。
 大人ではなく、どちらと言えば少年の声だ。
 狭い横の路地から、器用に置かれているプラスチックの椅子など、ビンケース等を避け、自分へと来る。
 この時点で、この少年が自分にとって味方だという確証は何処にもない。
 だけど、駆け寄って来るその表情や、双眸を見た途端、自分は安心したのだ。
 少年は自分より少し年上らしく、上背もあった。
 自分に何か話しかける。言葉はさっぱり解らないが(後で解った事だが、訛りのある喋りだった)、どうやら自分を友達と装って引き離すつもりらしい。
 それに合わせ、一緒に歩き出した時、後ろの男はもうついては来なかった。何故だか、それに自分以上に少年がほっとしていて、何だか可笑しくなってしまう。
 助けてくれてありがとう、はどう言ったら良かっただろうか、と考える。
 「助け」が<バンジュウー>で「助ける」が<ダージュ>。「助かる」も同じ。それで、「助けて」が<ジュウ ジュウ ウォー>。あぁ、解らなくなってきた。
 仕方ないので、小学生でもいえる一番簡単な言葉で礼だけ伝える。
「シィエシィエ」
 ありがとう、と一言に気持ちを詰めて言う。伝わっただろうか。
 すると、相手は呆けたような顔をして。
「………カーアィダ」
 と、呟いた。




「----地元の人間から見て、中華街ってどんな感じだ?」
「うーん、一言で言えませんね。懐かしいような、新鮮なような……
 それはそうと、大分中国語が上手になりましたね、爆殿は」
「貴様の日本語と英語もな」
「えぇ、爆殿が教えてくれましたから」
 深緑と真紅、金で彩られた建物が犇く中、2人は歩く。目的地は港の見える丘公園だが、JRの駅から降りてついでに中華街も散策するのが今日のコースだ。
 周辺の道路を無視したように、頑固に東西南北かっちりと門を構える此処は、正直初心者は迷う。
 しかし迷って楽しむもの、と決めてしまえば気楽なものだ。
 周りに店はあるものの、昼食はすでにおにぎりと決めている。カイがこっちに来てハマったというか、大層お気に入りというか。
 だっておかずをご飯で包んで携帯するなんて、凄い発見ですよ、と目を輝かせながら言うのだから、そうか、としか言えない。寿司よりもいいのだという。でも手巻き寿司や巻き寿司は好きですよ、というからやっぱり決め手は包んでいる所だろうか。
「----こうして爆殿と並んで歩くと、つくづく自分はいい時代に生まれたんだと思いますね」
「何を突然言い出すんだ?」
「だって祖父の時代だと、こんなに簡単に会いに行けなかったかもしれないじゃないですか。
「まぁ、それはそうだが……」
 実は自分も結構似たような事を思っていたのだが、なんとなく恥ずかしいので隠しておく。
 それにしても人生とは面白い。
 もしあの時、自分が1人で旅行に出掛けなかったら、メインストリートの裏路地に入り込まなかったら、怪しげな男に尾行けられなかったら。
 自分は、カイと今だ出会えてなかったのかもしれない。
 こんなに大切に想う人なのに。
 ----そう言えば。
「なぁ、カイ」
「はい」
「最初に会った時、貴様オレに何と言ったんだ?」
 ありがとう、と言った自分に返した言葉。
 最初はそれに見合うセリフかと思ったが、言葉を学べば学ぶ程、どうも違うらしい。ちなみに「どういたしまして」は<メイシェンマ>と言う。
 カイは一瞬言葉に詰った。どうも、触れられて欲しくない話題だったらしい。
「いや、それは……そんな昔の事、忘れちゃいましたよ!」
 あははーと不自然な程に明るく笑う。
 怪しい。もの凄く怪しい。
「おい、まさか変な事じゃないだろうな?」
「変な事だなんてとんでもありません!あれは……!」
 言いかけて、慌てて口を閉じた。とは言え、カイは忘れた訳ではなさそうだ。
「やっぱり覚えてるんだろう。言え。吐かんか」
「えーと、ほら、爆殿、牌楼ですよ。大きいですねー、綺麗ですねー」
「あぁ、関帝廟は一際立派だからな。……誤魔化されんぞ、こんな事では」
 追求を緩めない爆に、カイに冷や汗が伝う。
 言えない。言える訳が無い。
(言ったら爆殿、絶対真っ赤になって怒るだろうな……)
 でも言わなくても怒らせそう、とカイは袋小路にはまる。
 あの時カイが言ったのは<カーアィダ>。
 「可愛い」という意味だ。




<終了>





ちなみにワタシは中国語も習ってないし横浜人(何それ)でもないので単語の使い方や地理が少々可笑しくってもそれは笑って誤魔化そうじゃないか(ワタシが)。

最近勉強って訳じゃないけど、和中辞典みたいなのを買って単語を調べたりしてるとです。
漢字が同じなのに全く読みが違うのや、うっすら発音が残っているのとかがあって結構楽しいです。

最初のプロットではローマの休日ぽく旅先での事、てムードにしようかしらとも思ったのですがハッピーエンド至上主義なんでこんな形で。
だって今はメールとか出来るもんねー。て話の内容が微妙に「大使閣下の料理人」に被ってない事もない。
まぁ、話の候補として爆が中国語にそんなに詳しくない事をいいのに、カイが好きですとか愛してますとか母国語で口説きまくってるてのもあったんですが。んで、爆が勉強していくつれに理解してきてある日拳が飛んできたみたいな。