箱庭の王様





 何で。
 何でこんな事になったんだろう。
 カイの家----正確にはカイと激の家なのだが、の、カイの部屋のベットの上で、爆は居場所を無くしたように縮こまって座っていた。
 カイがシャワーを浴びている音が、遠いようで近いような。
 何でこんな事になったんだろう。
 自分が此処にいるのは。
 つまり。
 その為で。
「…………」 
 何でこんな事になったのか、本当に。
 今日の、少なくとも午前までは普通の日だった。それがふいに立ち寄ったサーの街で、カイに会えるかなと全く考えた訳ではないけど、ともかく結果としで再会を果たし、あれやこれやと話ている内に。
 こうなった。
「…………」
 本当なら、最初の約束なら「今」の時点ですでにそうなってる筈だったのだが。
 爆が、明るい内は嫌だ。腹を空かしているのは嫌だ。シャワーを浴びていないのは嫌だと、あれこれ先延ばしにしのである。
 自分でも見苦しい程のそれに、カイも、じゃぁもういいですよと反故してくれないだろうか、と浅はかな期待をしたものだが、カイは悠然と微笑んで、はい、はい、と全てを聞き入れた。
「…………」
 何で何で何でこんな事に。
 確かに自分はカイが好きで、カイも自分が好きだから、それの意味が解ってない訳じゃないから。でもまだ早いような気がするし、今の段階でまだ一杯なんだからこれ以上詰められたらパンクしてしまいそうだ。実際、鼓動は胸を打ち破る勢いで打っている。
 だって、仕方ないじゃないか、と誰ともなく言い訳する。
 何をしたかは忘れたけど、カイが自分をやっぱり子供なんですねぇって言うものだから。
 それが妙にカチンと来て、多分そうなったのは他ならぬカイだからだろけど、それでちょっと喧嘩腰になって。
 で。
 子供じゃないって事を証明する為に。
 こんな事に。
「…………」
 どうしよう。
 カイがシャワーを浴び始めてから、すでに10分。もうすぐ上がって来るだろう。
 そうしたら。もう。
「…………」
 爆はすっくと立った。
 さっきからずっと葛藤していた事に、決着を着けたのだ。
 -----逃げよう。
 生まれて初めての逃亡である。
 精神が浮ついている今の状態で術を使ったら、思いがけない結果になりそうな気がする。ここは、確実に逃げる為に地道に足で逃げよう。
 小走りで窓に向かい、開ける。2階だが、飛び降りれない程でもない。
 よし、と鍵に手を掛けようと。
 したのだが。
 それより先に後ろから腕が伸び、たん、と窓ガラスに着く。
 それは、勿論。
「何処に行くつもりですか、爆殿」
「……………」
 カイ、だ。




 とりあえず上手く言い包めなければ!
 しかし、今まで自分の夢に向かい、実直に生きた爆である。人を丸め込む術なんて持っていない……どころか、むしろそうなる立場にある人種だ。今も。
 カイは長い髪を拭くのもそこそこに、頭にタオルをひっさげ、ぽたぽたと滴を零している。それは、首から胸へも伝う。
 下半身にズボンだけ、というまさしく今から、の格好に爆の喉がひゅっと鳴ったような気がした。
「……っ、ちょっと、用が、」
「どんな?」
「買い忘れた物が、」
「もう店なんて閉まってますよ」
「ガスの元栓が、」
「半年も帰って無い家に、今更何を心配するんです」
「トイレに----!」
「窓の外にはありませんよ」
 爆は爆なりに、それでも色々考えてみたのだが、片っ端からカイに切って捨てられる。
 しかも、その間にずるずると移動し、再びベットの上に舞い戻ってしまった。
「……………」
 呆然とした表情でカイを見上げる。そう、見上げる。天井とカイが、爆の視界に在るもの。
 極限まで近づいたカイの顔が、ふいに見えなくなった。
 と、思ったら耳の側で声がして、首に濡れた物が伝って。
 それだけで、もう頭の中が真っ白になってしまって。
「ぁ………う、………」
 喉がからからだ。何も言えないし、何も出来ない。
 力が抜けた訳じゃない。むしろがちがちに入っているのに、ちっとも動いてくれない。
 感じるのは、至近距離になったカイから落ちてくる滴が、服に張り付く感覚。
 それから。
 カイ、という存在。
 数字が減っていくカウントダウンが聴こえる。
「………、」
「往生際が悪いですよ?爆殿」
 戦慄く唇は、何かを言いたかったんだと、思う。
「ここまで来たら、拒むより受け入れた方が却って楽になれると思いますよ……?」
 カイのセリフは甘い毒みたいだ。そうかな、と思ってしまい、頭を振る。
 そして、カイが言う。
「……今夜は寝かせませんから………」
「…………---------ッツツツ!!!!!!」
 どかん、と。
 何かが爆発したみたいだった。




 みたいでなく、本当にしたみたいで。
 手には創り出したバズーカがあった。両手に。
 カイは……一応無事のようだ。
 後ろの壁に、くっきりとクレーターが見えるけども。
「………い、っい、いっ……いきなり何をすんですか------!!!
 死ぬかと思いましたよ、本当に!!」
「……だ、」
「私が本気ですると思いましたか!?そんなに脅えているのに」!!
 いや、それをするのはお前だろう……と仲間全員は思っている。
 爆はただベットの上に座っている。極度の緊張状態が解けた為か、上手く身体は動かない。
「……貴様……だったら、騙したな!?」
「いえ、爆殿がその気になられましたら、その時はちゃんと、」
「なる訳が無いだろうッツ!!!」
 真っ赤になって怒鳴る爆。カイは耳がつーんとした。
 まぁ、カイだってそうなるとは思っていなかったが。だったらいいな、とは思ったけど。
 何だかんだで爆はやっぱり子供で、人を好きになるのがどういう事かがやっと解った頃だ。
 そんな時期に一度に詰め込む気は、さらさらない。
 でも。
 本当は、昼の時点で、言うだけ言ってあっさり撤回するつもりだったのだが、その時の爆の表情。
 こんな爆は、おそらく誰も見てないんだろうな、と思ったらもっと見たくなってしまったのだ。
 好きな子を苛める心理って、こんな感じだろうかな、と思ってみるカイだ。
「でもですね、爆殿。売り言葉に買い言葉とは言っても、ちゃんとまだだめならその場で断らないと」
 すい、と近寄ると、肉食動物が捕食動物にするみたいに、頬をぺろりと悪戯に舐めた。
「今度は我慢してあげられませんから、ね」
「ッツツ!!!」
 今度こそ。
 弾は、カイに当たった。




<END>





何かもう薄腹黒いのを通り越した気がしないでもない!!
余裕のあるカイ……というか、爆をからかうカイみたいな感じで。
デッド兄さんに知られたら、確実に呪われますね。
いいやもう呪われちまえ!!