「他にやる事が無いんですか?貴方は」
連日顔を見せる自分に、やっと掛けられた言葉はそんな氷の刃みたいな冷たく鋭いもので、何処かでグサ!という音が聴こえたのはきっと自分の心に。
がっくりと肩を落とす自分の背中に聴こえたのは、皮肉なまでに美しいメロディー。
繊細でなだらかに。
絶える事の無い旋律に心を奮わせ、それが人の手で生み出されているものだと感動する。
窓の外で、ピアノで奏でられる音を、ハヤテは耳を澄ませて聴いている。
訪れないのは、実にあっさりと門前払いを食らうからである。決まり文句、「用が無いのなら来ないで下さい」。
だから、デッドがピアノ弾きであるのをいい事に、ハヤテはこっそりとこうして聞いている訳である。
別に音楽鑑賞、なんて高尚な事をしているつもりはない。実際、デッド意外が弾いているのであれば、興味すら持たないだろう。だから、何の曲かも、何を思って弾いているのかすら解らない。
でも、と思う。
今日は何だか違うような気がする。相変わらず大した技術ではあるが……何かが違う。
何だろう、と思い、こそ、と室内を窺う。
その違和感の正体は、一目で解った。そして、ハヤテが叫ぶ。
「………っ、爆-------!!?」
違和感も何も、弾いている人が違った。
無粋な声がしたので、曲は途中ながらストップ。
「…………」
「や、やぁ。お久しぶり……」
あはは、となんとも気まずくハヤテが笑う。
爆は、少し呆れ顔で、窓を開け、外のハヤテを見下ろしていた。
「中に入るかと思っていたが……何をしてるんだ、貴様」
「え、気づいてたのか?」
「当然だ。誰だと思っている」
爆の返事に、相変わらずだなーと思う。
「デッドに会いに来たのか?生憎だが、留守だぞ」
やっぱり。でも少し寂しい。
「で、お前は何をしてたんだ」
「ピアノを弾いている」
「いや、そうじゃなくて」
あっさり返す爆の何処までが本気が解らない。
「ふいに楽器が弾きたくなってな。デッドに指南してもらったんだ。以来、気晴らしに弾いている」
「気晴らし、て……」
そんな趣味の片手間に覚えたようなものには思えなかったが。一流は全てに通ず、といった所だろうか。
「結構あちこちで思い出したように弾いているが、やっぱりデッドのピアノが一番指にしっくりくるな」
手入れは勿論の事、習った鍵盤だから、というのもあるだろう。
「ふーん。でもデッドに習ったんだってなら、俺が間違えたのも無理はねぇかな」
「そうか?」
「あぁ、結構似てたぜ」
音の余韻とか、テンポとか。同じ曲を前にも聴いた事があるから、それくらいは解る。
そういうものだろうか、と爆は少し釈然としていないようだ。
それにしても、デッドは自分は玄関にも入れないのに、爆には合鍵まで渡すんだ……
弾きたくなったら、いつでも勝手に入ってくれればいいと、渡したのだそうだ。その信頼が羨ましい。自分が本当に欲しい感情はそれでないにしても。
「でもな、お前がピアノ弾くなんて少し驚きだよなー」
「似合わないとでも?」
「いや、そこまで行ってねぇだろ。たださー、んー。何を思って弾いてるんだろ、て」
ハヤテのその呟きに、爆は何故だか黙ってむ、とした顔になった。
何だ?とそれを問う前に。
「雹には言うなよ。絶対聴かせろと言うんだから」
ハヤテはそれに頷く。多分、爆は絶対弾かないだろうし、それで八つ当たりされるのは自分だから。
デッドに会ったらよろしくとでも挨拶しておいてくれ、とハヤテにとって最も困難な事を言い渡し、爆は去って行った。
で、ハヤテは。
そのまま帰る事無く、サーへ向かう事にした。
さっきみたいに、爆がむ、とした表情になるのは、カイに絡んだ事が多いと経験で知っている。だから、カイに聴けば爆がどういうつもりで弾いているのかが解るのかもしれない。
爆とデッドの音が似ているなら、それでデッドが弾いている理由も解るのかもしれないから。
よ、久しぶり、と今日で2回目のセリフを言う。
「あぁ、ハヤテ殿。今日はどういったご用で?」
お前も用が無けりゃ俺と会わねーのかよ、という愚痴はちょっと置いといて。
「最近、爆と何かあったか?」
「……はい?」
「いやまぁ、ちょっと気になってだな」
上手いいい訳が思い浮かばないので、そんな風に言葉を濁してみるしかない。
「何か、というか……確かに先日、爆殿と会いましたが」
やっぱり接点はあったのか、とハヤテは思う。
「で、何かお前したのかよ」
「いきなり加害者扱いですか。
その日は、何もしませんでしたよ」
その日は、て何だ。その日は、て。
「偶然街に会って、話して、それで……」
カイは言葉を切って、苦笑した。苦笑でもあるが、寂しそうでもあった。
「どうした」
「会って、いつも同じ事を話すんですよ、私達は。
私は、強くなって爆殿の所へ、何時かは行けるようになります、と言って、爆殿は……そんな事より自分の道を行けと」
「…………」
ハヤテはその光景を目の当りにした事はない。
けれど、どうしてか、カイと離れるような言葉をする爆と、自分を門前払いをするデッドの姿がダブる。
”用がないなら来ないで下さい”
言われたセリフを思い出した。
「別に、自分のしたい事を殺している訳じゃないんですけどね……どうして、側に行く事がそのまま私の足を引っ張る事だと……」
一旦言葉を切って。
「あんな表情されて、本気で拒んでいるのだと思わせているつもりなんでしょうかね?」
デッドはあの時、どんな表情だっただろうか。
爆は、気晴らしにピアノを弾くのだと言っていた。
もし、爆がカイに自分から離れるようにと示唆する事を口にした事を、気に病んでそれを打ち消したくて弾くのなら。
自分が去った後に、デッドがピアノが弾くのは。
そうなんだろうか。
そうだったらいい。
でも、もしそうなら。
デッドは、寂しい想いをしている事になるから。
「ハヤテ殿、」
「今度また会おうなー!」
もしかしたら、アドバイスしてやれるかも、とカイにとって意味不明な言葉を置いて、ハヤテは飛んだ。
行く先は。
勿論。
<END>
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