此処はとある、ハンバーガーを中心としたファーストフード店。
当日来て、テイクアウトする客や、その場でイートインする客。予約していた分を取りに来た客と、立ち代り入れ替わりやって来るが、その表情はどれも幸せと喜びをふんだんに詰め込んだものだ。
その、片隅。
カイとハヤテと乱丸は、なんだかここでもそもそとハンバーガーを食べている事に対し、もの凄い罪悪感に見舞われていた。
「さて-----」
まるで名探偵が謎解きするような冒頭で、ハヤテが呟く。
「周りから、俺らはどーうー風に見られているでしょーか。
1、恋人と一緒に出かけたりという、浮ついた事はしない敬遠なクリスチャン。
2、ホモの三角関係。
3、そもそも見ていない」
「やめろ……今の俺は突っ込みを入れてやれる程の余裕は無い」
乱丸が言う。
「てかさ、お前らの師匠はどうしたよ。いつも修行に明け暮れる弟子に対して、友達呼んでパーティーでもしようか、って流れにはなんねーのかよ!」
「師匠はお友達のホームパーティーに呼ばれて自分ひとりであっさり出かけてしまいました」
逆キレし始めたハヤテに、カイが淡々と事実を告げた。これ以上、精神的ダメージは負わない様、努めて機械的に。
「……やっぱりさ、出かけようなんて思わなくて、部屋で大人しくゲームでもしてた方がいいんじゃなかったか?」
「馬鹿言え乱丸。それが笑って話せる思い出になるまで、どれだけ時間が掛かるってんだ。
下手したら一生のトラウマかもしれねぇ……」
思いつめたようなハヤテである。
「でしたら、今からゲームセンターにでも行きますか?」
「いや、同志を見つけて喜んでたら、そこから抜け出せなくなるような気がする……」
今度は乱丸が真剣に語る。
「………………」
「………………」
「………………」
店内は賑やか。皆は幸せそう。
ここは沈黙。表情は暗い………
「………っだぁぁぁぁぁぁぁああああ!!やめやめ!」
纏わりつくものを払うように、ハヤテが喚きだした。
「今日は何だ!?クリスマスだ!
クリスマスとは何だ!?それは思春期のお年頃は、恋人と過ごす日だ!」
クリスマスはキリストの誕生日ですよ、という正論は届かそうなので、カイは大人しく黙っている事にした。
「だから。その相手が居ないから、こうしてるんじゃないか」
これまた正論を乱丸が言った。
「あほ!居ないなら見つけに行きゃあいいんだよ!
運命的な出会いも、待っているだけじゃ意味が無い!こっちから見つけに行くんだ!」
何だか格好いい事言っているが、早い話がナンパである。
「て事で、早速目標を定めようぜ!」
幸い、ここは大抵の人が腰を落ち着ける場所。言い方は悪いが品定めがし易い。
こそこそと周囲を窺えば、自分達以外にも、女性のみ、男性のみのグループも結構居る。
しかしながら、女性だけのはそうでもないのに、男性の方はどこか悲壮感というか、そうでなければ自棄的な雰囲気が漂っているのはどうしてなんだろうか、と3人は思ったが、追求はやめて置いた。
「お、あそこがいいんんじゃないか?」
と、乱丸が見つけたのは、ちょっと年下の女の子2人。
ツリーの横の4人席で、向かい合って座っている。後姿の子は、服装はとてもボーイッシュだが、髪が一番長かった。2人が騒がしく話をしているのに、頷くだけの返事をして、シェイクを黙って飲んでいる。
「よし、カイ。お前が行け」
ハヤテがずび、と命令する。
「……って、私ですか!?どうして!」
「意外性だよ、意外性!かっこいいヤツから『好きだ』って言われたらすぐに本当だと思わないけど、ブサイクだったらそうかもって思うだろ!」
「私がブサイク、て事ですか!?」
「例えだって、例え!ドンマイ!」
カイは、ブザイク呼ばわりされて落ち込む事も許されないのだろうか、と思った。
「まぁ、少し突っ込んだ話として、お前、外見は真面目そうだから、初対面の相手には悪い印象は与えないだろうし」
「何だか、言葉の端々に引っかかるものを感じてならないのですが……
て言うか、皆で行けばいいじゃないですか……っていうか、そもそも私はそんなに必死になってまで恋人を欲しいとは思いません」
カイはきっぱり拒絶した。
しかし。
「お前はよくても、俺らは欲しいんだよ!
よし、でもそこまで言うなら、くじで決めようじゃねぇか」
ハヤテは手拭用のペーパーを3つに裂き、先に自分の飲んでいるコーヒーを少し付けた。
「印がついたのが当たりな。て事でカイから」
「…………」
公平なように見えて、何だか理不尽だな、と思いながらも一本引き上げる。
と。
「……あ」
当たってしまった。
「………じゃぁ、声を掛けるだけですからね。その後は知りませんよ」
「それでいいって。がんばれよ〜」
2人は手を振ってカイを応援した。
カイが背を向けた時、ハヤテは親指につけたコーヒーをそっと拭いた。乱丸は、それを黙認した。
まさか自分がナンパをする羽目になるとは。
人生色々とはよく言ったものだ、とカイは歩きながら思っていた。
席には、長い髪の子しか居なかった。コートが椅子にかけてあるから、トイレにでも行ったのかもしれない。
「…………。
あの〜」
散々迷い、思い切って声を掛けた。
髪が揺れて、相手の顔が見れた。大きな切れ長の瞳で、意思の強さが見える。
「その……折角ですから、ご一緒しませんか?」
こんな文句でいいのかな……と、言ってみる。
すると、相手はガタン、と立ち上がった。
何だろう、とカイが思っていると。
ボギュルゴッツツ!!
右ストレートパンチ(スクリュー着き)がカイの横っ面を捉えた。
堪らず、床に尻餅をつく。視線の端に居たハヤテと乱丸は、思いっきり他人の振りをしていたので一生根に持ってやろうと決めた。
「何を……ッ!」
と、カイの視界が暗くなる。いや、黒くなった。
ぞろっと長い何かで、見れば鬘だった。
まさか、と上を向けば、カイが少女だと思っていた相手は、少年だった。
「いいか」
と、グ、と胸倉掴まれる。ふと目に付いたツリーで、今日はクリスマスなんだなぁと、今更に思ってみた。
「一言断っておくが、断じて俺は女装をして街中を闊歩する趣味は無い!決して無い!むしろ規制したいくらい無い!特に今はな!
単に純粋な罰ゲームだ。それも誰かからナンパされるまでという条件付でな。
だから貴様には欠片くらいの感謝はしてやるが、それを上回ってオレに不快感を与えた事で今のパンチだ。あれで勘弁しておいてやる。感謝しろ」
言いたいだけ言って、相手は掴んでいた胸倉を離した。当然、カイがまた床にぶつかる。
「あれー、爆。もしかしてもうナンパされた?」
「あぁ。世の中浅はかなヤツがオレの想像を超えて居て、助かった」
カランコロンとドアに括りつけたカウベルを鳴らし、2人は去って行った。
「…………」
呆然としているカイ。
そして。
これが2人の”出会い”だったとは、今は誰も知らないのだった。
「と、言う事でしてね、お二人にはすごく感謝しているんですよ。私はあまり乗り気じゃなかったし、する気もなかったんで、2人が居なければ爆殿に声を掛けず仕舞いで、私達はまだ赤の他人だったかもしれなかったんですから」
そう、とても幸せそうに言うカイの胸元には、シルバーアクセサリーがチャラチャラと揺れている。
カイはこんなものを自発的に買って身に付けるタイプではないのは、ハヤテと乱丸はよく知っている。
「あ、爆殿が来られるので、もう行きますね。では」
偶然、駅前でカイに出会った。クリスマスに。
2人は、残された。
「……なぁ、ハヤテ……
因果関係がはっきりしていても、それでも法律は呪殺を不能犯だとすると思うか……?」
「……………」
ハヤテは、乱丸が怖い、と思った。
<END>
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