黒い悪魔と白い天使





 光が視覚に影響を及ぼさない程度に薄まり、そこでようやくカイは景色を目の当りにする事が出来た。
 地にはエメラルドが、空は青い空が。
 天界、であった。
 目の前には白と金で作られた建物があった。多分、これが神殿だ。
「行くか」
 どこか諦めた表情で、マントを翻し炎が進む。その後をついていく一行。
「カイはこーして行くのは初めてだよな?」
「あ、はい」
 こーしてでなくて行くのはつい先日したのだが、炎や現郎の手前それを言うのは憚れる。
「なら、言っておこうか。いいか、何があってもあまり驚くなよ」
「何か……とは?」
「歓迎のされ方とかだよ」
 にやり、と人の悪い激の笑みは、カイの想像をネガティブな方向へ導くのに十分なものだった。
 しかしまぁ、出会いがしらに攻撃とかされようものなら、それから逃げるふりして爆を探せるから、それはそれでいいのだが。
 カイには爆を探し出せる自信があった。あれだけの純粋な気配である。他にも天使が居る場所でも、はっきりと区別出来る。
 まず、大きな門を潜り、中庭を通って神殿自体の門へと続く道を辿る。
 門には、当たり前に門番が立っていた。武闘の心得が有りそうな者と、色彩がまったく逆の双子らしき者、なんだか見習いみたいな少しおどおどした態度の者だ。
「あー、おーい!ヒロト!!」
 激が意気揚々と声を上げた。
「あぁ、師匠!お久しぶりです」
 ヒロトが深々と礼をした。
「よぉ、元気みてーだな。
 あ、こいつお前の後輩。カイってんだぜ」
 ぐい、と首を絞めながら、顔をヒロトの前へと持ってくる。その際。当然カイがぐぇ、と声を出した。
「へぇ、と、言う事は弟弟子か。
 …………
 ………………………
 いいか、今は辛くとも、いつかきっと未来は拓けるんだからな………っ!!」
「いやぁ、とても痛いお言葉ですね」
 涙ながらにそう語る兄弟子に、どうすればようと言うのか。
 さて、他の天使からは一体、どんな言葉を投げかけれるのか……何せ、天使にとって悪魔は敵。水と油。コブラとマングースである。普段の自分の生活を省みれば、大概の誹謗中傷は平気だと思うが。
 ざ、と炎が足を止め、門番達と対峙する。
 口を開いたのは、黒髪の天使の方だ。
「ようこそいらっしゃいました。天様がお待ちです。中へお入り下さい」
 優雅な仕草で中へと導く。
「コートをお預かりしまーす♪」
 片方の天使が現郎からコートを手渡される。
「横の泉より水気が伝わっております。足元を十分ご注意下さい」
 見習い天使が緊張しながらも、自分の役割を果たした。
「………………」
「カイ?せめて顔くらい賢そうにしてろよ」
 呆けた顔のカイに、激が言う。
「そんな言い方じゃ、私の本質があほみたい……って、言うか、師匠……
 何ですか、コレは?」
 何が起こったというのか、このVIP扱いは。案内の天使には、嫌でやっているというような表情は取れない。
 激は、自分の仕掛けた悪戯が成功した時のような笑みを浮かべた。
「まぁ、まだ待てよ。メインがまだだから」
 メイン?とカイが首を傾げると。
「炎!」
 鈴を転がしたような軽やかな声がした。と、同時に炎が引き攣る。
「姉上、お久しぶりで……」
「炎!本当に久しぶりね!」
 この地に転がるエメラルドのような髪を揺らし、炎の言葉を取ってしまうかのように言う。数歩遅れて、爆によく似た青年が歩み寄る。
「前来たのが、雹の魔王承認の告知でしたから……ざっと666年ぶりです」
 現郎が説明した。
「まぁ、そんなに経っていたのね」
「姉上、額を見ながら言うのはやめて下さい。
 それと、今回は私の管理する世界にての不始末を報告しに……」
「そんな事はどうでもいいの!」
 どうでもいいんだぁ……とカイは思った。
「それより折角来てくれたんですもの!ゆっくりしていってくれるのよね?」
「報せを受けてから、凄かったんだぞ。料理の本広げたりしてな」
 青年が苦笑しながら言う。
「そう、わたし、今アジアの料理に凝っているの。今日のトム・ヤム・クンと生春巻きは会心の出来よ」
 そうか、主神は天地の他にトムヤムクンも作るんだぁ……とカイは思った。
「……師匠?」
 説明して下さい、とう意味をめい一杯こめてカイは激を見た。
「や、だからな」
 笑みを堪えながら言う。
「つまり、炎にとっては命がけの反乱も、向うにとっては単なる弟の可愛い反抗としか思われてねんだよ」
「所詮、実力が違いすぎたんですよね」
 チャラがしみじみと言う。
 炎の立場を考えると、天の態度は炎に最大のダメージを与えるものだ。来たくないのも無理はないだろう。
「ま、あいつのあの顔が見たくて魔界側に着いたんだけどよ」
「いい見ものだよね、あれは」
 にやり、と笑う激と雹。
「……あんたら、鬼ですか」
「いや魔王だ」
 弟子にそう切り返す師匠だった。
「んで、炎が魔界作ったのを幸いに、魂の再生・処理を全部天界で担っていた所を処理の方を魔界へ託したんだ。あちこちの銀行や企業が吸収・合併を繰り返す最中で、実に大胆な行動だった。
 だいたい、合体したっていい事なんてあまりねぇんだよな。仕事は増えるだけだし。場所は小さくなるし人は減るし。それを決めるのも喜ぶのも、変った環境とは全然離れた所に居る上の連中ばっかりなんだよな」
 うんうん、と激が頷きながら言う。
「では、天使は悪魔の敵だのなんだのとは」
「そう、魔界にある大概の天界への制約は、炎が勝手に言ってるだけ。実際はそんなにきつくはねぇんだよ。あいつのプライドの問題なんだよな」
「では、別に敵同士って訳じゃないんですね?」
 自分と爆とを隔てる壁は無いのかと思うと、浮かべる笑みも輝く。
「いや」
 しかし、その輝きは激のセリフの冒頭の、打ち消しの接続詞よって消える。
「炎が主神に翻ったのは事実だ。当人はともかく、他はあまりいい感情はしてないだろうよ」
「そうですか………」
 無くなったと思った壁が、ぬりかべみたいにまたカイの前へと立ちはだかった。
「それはそうと、爆君は?」
 と、雹に睨まれたのはよりによって見習いっぽい天使だった。今日は彼の厄日だろうか。
「ばっ、爆様はただいま神殿内でお休みになられていると……」
「そう。で、何処なの?」
「其処までは………」
「何だよ役立たず。死ね」
 簡潔に死を宣告された。
「気にする事はないですよ、ダルタニアン……」
「そうそう、君の失態じゃなくて、あの人はいつもあぁなんだから♪むしろそうでなかった時は何かを企ててる時と見て、十分な警戒が必要だよ」
 とりあえず危険な人に変わりないんだ、と涙眼のダルタニアンであった。
 ともあれ、カイは爆はとりあえずこの建物内に居るのだという情報を掴めれた。自分が爆と会った日の反応を考えると、率先して爆の居場所を尋ねるのは雹だろうと思って、激から不自然に離れない程度に雹に寄っていたのは正解だった。
 天の歓迎に、炎は身を引きながら。
「い、いえ、そうしたいのは山々ですが、色々こっちもやる事があるというか、なんというか……」
「いーじゃねぇの。久しぶりに手料理ご馳走になろうぜーv何せこっちはいっつも弟子のしょっぱい料理ばっかりなんだからよ」
「……………」
 でしたら自分で作ってくださいよ、と正論を吐くこともならないカイの身分である。
「そうですねぇ。折角来たのですし」
「て言うか僕は爆君と会わない限り帰らないよ!」
「俺ぁ眠れるなら何処でもいいやぁ」
「じゃぁ皆さん、こちらへどうぞ」
 好き勝手いう面々には慣れているのか、天が誘導する。
(……って、今までぼけっとしていたけど、この人が爆殿のお母さんなんだよな……で、多分向こうが父親で。
 顔は明らかに父親似だけど、雰囲気や中には母親の色が濃いような……)
 つらつらと思うカイ。
「えーと、皆で………」
 人数を数える天を見て、あ、と声で止める。
「私は、この場は遠慮させて頂きます。正式な場ではないというものの、初見で主神と席を同じくして料理を振舞われるなど、今の自分にはあまりに大それた事。
 これから修行を積み、経験を重ね、それだけに見合う身分を手に入れたその時には、是非お誘い下さい」
 よし、これで体よく断り自分だけ別行動が取れるぞ。
「そう。……自分に、厳しくいらっしゃるのね」
「いえ、そんな……」
 にこ、と笑った天に、少し影があった。おそらく、息子の事を思い出したのだろうか。彼の方が余程自分に厳しい。
「では、師匠、皆さん、ごゆっくり楽しんできて下さい」
 本当にゆっくりして下さいね、と人の良さそうな笑みの裏で思うカイだ。




 カシャン、と軽い音を立て、皆が会食している部屋の扉が閉まった。
 その前に立っているのは、カイと、ダルタニアンだけ。
(----やっぱり、あの2人はコートを持っていたから同行したようですね。装飾も隣の彼より立派でしたから、主神の護衛、という所でしょうか……)
 そして、門番となるのはこの彼だろうという予想も当たった。
 さて。
「あの、ダルタニアン殿?」
「はっ、はい!?」
 緊張が解けたところに声を掛けられたせいか、声が裏返ってしまった。
「そんなに緊張なさらずとも。おそらく、身分としては貴方の方が上ですし」
「い、いえ!僕なんてそんな!!」
「ここでの位の程は知りませんが、主神の控える部屋の扉を護るなどという大役、そこいらの天使にはとても務まらないのでしょう?貴方にそれが任せられているのは、それだけ、主神は貴方を信頼しているという事の表れなのではありませんか?」
「そ、そんな!本当に僕なんて、まだまだ知らない事ばっかりで!」
「誰も最初は知らない事だらけですよ。それを自覚し、全ての事に謙虚になる事は、自分のレベルを上げるのにとても重要だと思います」
「いや、その………」
 真っ赤になって否定するダルタニアン。こんな風に持ち上げられる事に慣れていないのだろう。
 よし、この分だと簡単に落ちてくれそうだ。
「それで、少し考えてみたのですが……元より此処の番を任じられた貴方はともかく、私がこのままここに待ち続けているのはどうかと……
 実際はどうあれ、周囲の認識は悪魔と天使は天敵同士。その敵と肩を並べているとなると、貴方の評価を下げかねません。
 ですので、師匠達が出てくるまでの時間、この中を見て回ろうと思うのですが……」
 カイの発言に、えぇ!?とダルタニアンがぎょ、とする。何せ、ここは主神が住む神殿なのだから。
 カイは、あ、言葉が足りなかった、と付け足すように。
「何も部屋の中を見せてくれ、とは言いません。廊下を渡り、庭を見る程度の事です。
 恐れながら、私もいずれは魔王として此処へ訪れようとする身。いざその時となって、初めて見る物ばかりで、そればかりに意識をつられ、何か失態をしたのなら魔界全土の評判を落としてしまいます。
 ですので、まだ当分来れない事に、この機会にて天界の空気というものになるべく触れてみたいのです」
「で、ですけど、そういう事はやはりデッドさんやライブさんにも訊かないと……」
 多分、今出た名前は部屋へ入った2人の事だ。
 あの2人は……まずいような気がする。自分の目的を見抜かれてしまいそうだ。
「勿論、私とて自分の行おうとする事の意味を重々承知の上です。
 もし、入ってはならない所へ足を踏み込もうとしたのなら、普通の侵入者と同じ処置をとってもらってもかまいません。真っ当に執務をこなしただけですから、誰も咎めはしないでしょう」
「しかし、そうなったら貴方の方の方々は……?」
「あぁ、それなら本当に気を使う必要はありませんよ。魔界はよくも悪くも実力社会ですので、死ぬ方が悪い、という考えですから、おそらく全く気にはしないでしょうし、貴方の心配するような、弔い合戦などという事態にはなりませんよ。それを口実に天界を攻め込むよいな真似をしないでしょうし……それどころか、腹叩いて笑うかもしれませんね……はは」
 最後の笑いは本音であった。
「あの………」
 その笑みがあまりにも哀れだったのか、ダルタニアンがおずおずと声を掛ける。
「そ、それくらいなら、大丈夫だと、思います。……多分、ですけど」
「本当ですか!」
「ですけど、部屋には入らないで下さいね、決して」
「えぇ、誓って、決して。
 あ、もし他の天使方が私の事を見かけたのなら、どうか貴方の方からご説明願います。わざわざ、中に居る方々の耳に入れる事ほどでもないので」
「はい、そうですね」
 それでは、と最後に礼をして、カイは歩き出した。
 もちろん、爆に会う為だけに、である。




<END>





交渉を結ぶ秘訣は最初に無理難題を押し付け、それを徐々にレベルダウンさせる事です。
当然、それの地ならしとして相手に好印象を抱かせる事も大事です。

カイ、黒!
ていうか誰だ最大3話とか言ったのは!ワタシか!!

次は爆が出ますよ。うん、絶対。