黒い悪魔と白い天使





 その昔、主神に1人の天使が挑んだ。
 主権交代のその争いに敗れたその天使は地の下の下に堕ちて、其処に自分を主とした世界を作った。
 つまり、それが魔界。




「ところで-----」
 ソファで横になりながらポテトチップを啄ばみ、自堕落という言葉を背負った激に、それへの控えめな抗議としてすぐ傍らで掃除しているカイが尋ねる。
「激殿も、雹殿も、どうして爆殿の事をご存知だったんです?」
 特に雹に至っては恋人にしたい、というくらいに執着している。
「んー、知ってるって言うかなー」
 ぽりぽりとポテトチップを食べながら。
「爆は、炎の甥っ子だからなー」
 ゴイン!
 あまりの事実に、手に箒を持ったまま頭に壁を打ちつける。
「なっ、なっ、なっ……!……って、ちょっと待……!
 炎殿の甥っ子って事は………
 まさか主神の息子-----------!!?」
「まー、そうなるわな」
 がざーと袋を傾けて欠片の一つも残さない激。
 天界の主神、天と、魔界の王の炎が実は姉弟だという事は、結構ポピュラーな事実だ。だから悪魔だの天使だのという違いは、実際には島根県民と秋田県民くらいの差ぐらいしかない。
「て、事は私は未来の主神に会ってきたって事ですか……」
 衝撃的な事実に、呆けて言うカイ。
「いや」
 しかし、激はその発言を打ち消すような言葉で始めた。
「その可能性は無い----とは言わねぇけど、極めて難しいだろうな」
「どうしてです?」
「俺だって爆がなってくれたらなとは思うぜ?あいつだったら世界を上手に保って、俺たちも粗悪な魂を処理しなくて済むんだから。けどな、上は此処と違って力勝負じゃねぇんだ。崇拝してもらわないと。崇拝ってのは一種の信頼だ。
 だから、単に子どもだからて事でぽーんとポストを受け渡したんじゃ、主神は世界の均衡より我が子可愛さを優先したのだと思われかねない」
「そんな……」
 主神の息子であるという事実が、却って足枷になって入る訳だ。
「じゃぁ、爆殿はなれないんですか……?」
「そうとは言わない。けど、もしなるとしたら、それこそ他の天使が神になるより2倍も3倍も成果を残して、それでやっと然りと周りは認識するんだよ」
「…………」
 そんなに苦しい立場だっただなんて。
 だって、会った彼はあんなに威風堂々としてたのに。
 そんなものを背負っての上だとしたら、なんて偉大だろうか。
 ----爆に会いたい。会っても、何も出来ないだろうけど。
 会いたい。
「……師匠、天界へ行く用事は」
「昨日の今日で行かせる訳がねーだろ。お前が捕まって、誰が迷惑被ると思ってんだ」
「ははは………」
 力なくカイは笑った。笑いたくは、無かったのだが。
 しかし、激の言う通りだ。ただえさえ、天界と魔界はあまり直の交流をしないのだから、余程の事がなければ出向いたりはしないだろう。
 そう。
 余程の事が、無い限り。




 幾つも開いた魔界と天界を繋ぐ穴。門。
 その中の1つに、カイは行った。
 そこには、柱の天辺に鎮座している翼ある者が居る。
 ガーゴイル。門番である。
「ハヤテ殿!少しよろしいでしょうか?」
「ん?あぁ、カイか」
 カイの呼びかけに、ハヤテが翼を広げ、舞い降りる。
「どうですか?最近は」
「んー、此処はそれほどでもねぇんだけど、やっぱ密界者が多いみてぇだな。
 ったく、新天地に行けば本当の自分が見つかるとでも思ってんのかよ」
 最後は愚痴っぽくなったのに気づいたのか、セリフはそこで終わった。
 あの、とカイが口を開いた。
「師匠に、何か珍しい食べ物を持って来いと命じられて、そこでこの実を見つけたのですが食すのに適したものかどうか、判断がつかねるものでして。密林に精通しているハヤテ殿なら、区別が出来るでしょう?」
「どれー?」
 カイの持っている籠の中から、無造作に1つ取り上げる。
「あぁ、これなら食えるぜ。外の色が濃くなると、アルコール分が高くなるけど、これくらいなら酔いもしないだろ」
 説明するハヤテ。
 しかし、カイは。
「本当ですか?」
「……何だよ、その疑わし気な視線は」
「だって、いつぞや同じ質問して、いいと言われた果実食べたら腹痛起こして3日くらい寝込んだんですよ、私は」
「あ……の、時は、まぁ、あの時だろ。今回のは大丈夫だって!」
「そうですかー?……」
 じとーとカイはまだ疑わしい視線を投げかける。
 此処まで来たら、普通の相手ならば「じゃぁもう食べなきゃいいだろ!」となるだろうけども、よくも悪くも単純なハヤテは違う。
「何だよ!だったら証明してやるよ!!」
 ガブ!と手に持っていた果実に齧り付く。
 むしゃむしゃむしゃごくん!と勢いよく咀嚼した。
「ほら!大丈夫だろ!」
「あぁ、本当ですね。疑ってすいませんでした。では」
 深々と礼をし、カイはその場から去った。
 出来るだけ、早足で。
 カイは、まだ階級は低い。悪魔としてのスキルも低い。
 が、それでも、感嘆な魔術は使えない訳でもない。
 例えば、果実の外皮の色を、実際よりうんと薄くするとか。
 今頃、柱の上に戻ったハヤテが眠って落っこちているのかもしれない。
 が、帰路につているカイが、それを「知るわけも無い」のだった。




 沈痛な表情で、炎が佇んでいる。
 炎。この魔界の創始者にて最高権力者である。
 そして姉に挑んであっさり負けた情けない弟でもある。
「………やっぱり、行かないとダメか………」
「はい」
 勿論です、というニュアンスを込めて返事をする現郎。
「内容が内容ですからね。実害が何も無かったからと、それだけでは済まないでしょう」
 つまり、怒られる前に予め謝っておこう、という魂胆だ。
「全く、門番が酔って眠り扱けて柱から落ちるなんて、なんていう失態だ……」
 はぁ、と溜息を吐く炎。例えて言うならホワイトハウスの裏口が開きっぱなしだったようなもので、特に何もありませんでしたーでは終わられないのである。
 今回の事に対しての報告書と、今後に向けての予防策を提出しなくてはならない。それも、最高位の立場の者へ。つまり、ここの統治者の姉の主神の所だ。
「本当、馬鹿だよねー。何処の誰なんだよ」
「確か、カイと同期じゃなかったか?」
「はい、今度会ったらしっかり言っておきませんとね」
 もしかしたら今度の事で最悪クビ、そうでなくても永い期間の謹慎になるだろうが、まぁ元々職務中にうっかりよく確かめもしないで何かを口にしたのでプロ意識に欠けた、て事で大人しく罰を受け入れてもらおう。全ては自分が爆に会う為だし。大事の前の小事だ。
 言われたい放題のハヤテだが、現在彼は落ちた時の打ち所が悪くて回復を待っている次第だ。とことんついていない。
 そんな訳で炎を含めた魔界の実力者達御一行は、天界へと赴く事へとなった(カイの思惑通り)。
 なので、皆それ相応の式服を身に纏っている。カイも耳に大きなリングをつけていた。
 激はカイを、雹はチャラを引き連れる。
 現郎は居ないが、もとより彼が炎の従者みたいなものだし、いつも寝ている現郎にそんなのが居たところで何もする事が無くて自分の存在意義を常に問うような毎日になってしまうだろう。
「じゃ、行くぜー」
 陰鬱な表情の炎に変わり、現郎が門を開く。
 開いた隙間から光が零れ、もうすぐ爆に会えるのだと、カイの希望も膨らんだ。
「……それにしても、偶然ってあるもんだな、カイ?」
「はい?」
「だって、お前が天界に行きたいって、行った昨日の今日でこんな事が起きるんだから。偶然ってすげーよな」
「えぇ、本当にすごいですね、偶然って」
「そうだな。はははははは」
「そうですよ。はははははは」
 2人はしばし笑いあい、ふいに真顔になって。
「……何だかんだで、お前、俺の弟子だな」
「……えぇ、おかげさまで」
 そんな2人の前で、扉は開く。




<END>





これより黒いカイは他に居るだろうか。
ここに来て薄腹黒が全腹黒になっちゃったみたいな。

さー、次は天界辺ですよ!誰を天使にしようかなぁ!(えぇー、そこからー?)