黒い悪魔と白い天使





 世界は3つに分かれているという。
 1つは天使と神の住む天界。間に挟まれて人間界。
 そして。
 一番下に、魔界。
 中間の人間界はともかく、天界と魔界は互いに不可侵。それぞれの住人は互いの領分へと踏み込んではならない。
 のだが。
「誰だ、貴様は」
「……………………」
 見つかってしまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
 表面上の沈黙とは裏腹に、心の中は大絶叫のカイだった。




 話は少し遡る。
 黒い空に赤い月。それが、魔界の空だ。
 様々な装飾のある椅子に座り、雹が言った。
「庭のさー、模様替えしたくて、エメラルドが欲しいんだよねー」
「ほー」
「こんくらいのさ、僕の背丈くらいのを5つくらい」
「ンなもん何処にあるんだよ。人間界にだってねぇぜ」
「馬鹿だなー。天界行けば一杯あるじゃない。
 て訳で取って来てよ」
「……魔王だって殺されれば死ぬって事、果たして人間は知りうると思うか?」
「短絡的に結論を出すなよ馬鹿。誰もお前に取って来てくれとは言ってないじゃない」
「おぉー、そうか。て事でちょっくら行ってこい」
「嫌です」
 2人の為に茶を注ごうとしていたカイなのだが、あんまりな展開にコップの中は自分の涙で浸りそうだ。
「御2人とも、何を考えてるんですかー!そんなふざけた理由で、天界が悪魔を入れてくれる訳ないでしょうが!」
「その点は大丈夫。言わないでこっそり行かせるつもりだから」
「いよいよ最悪じゃないですか!!」
「カイ」
 激が言った。
「命令は、」
「………絶対」
 その単語を、諦めと悟りの念を込めて呟いた。
「その通りvじゃーなーvv」
 ひらひらとハンカチを振って見送る激。その色が目に染みて、涙がまた溢れた。




 魔界から天界へ行く道は、実はいっぱいある。
 そもそもその門……というか穴なのだが、は、魔界の主、炎が天より堕ちた時に出来たもので、まず本体が堕ちた所に大きいのが1つ。これがメインホールだ。そして、その時散った羽やら衝撃の余波のせいで細々とした穴がちらちら開いているのだ。今回、カイが通ったのはその中の1つ。
 当然、そんな重要な門なのだから、必ず門番がついている。
 カイはまず茂みに隠れ気配を消し、適当な石を拾い適当に投げる。
 それに意識を取られた一瞬の隙を狙い、さっと門へと入っていった。激の下だと、こんな小技ばかりが見に付いてならない。
 さて。
 そんな具合に来れる事は来れたカイ。
 素早くを筆頭に考え、と言うか他はあまり頭に無かった。
 早く済まし、早く帰らねば。
 そんな時。
「誰だ、貴様は」
 誰何の声がした。




「……………………」
 ダメだ。もうダメだ。
 此処に居たのが現郎であれば良かった。金髪で蒼眼の彼は、天使だと偽れる事が可能だろうから。
 同じ理由で雹でも良かった。あの白皙の美貌は天使にも受け入れられるだろう。
 自分の師匠だって、人懐こい笑顔に舌先3寸で難なくこの状況を乗り越えられるだろう。
 しかし、自分だ。
 尖った耳に赤い眼という、いかにも自分悪魔ッス!魔界から来たッス!!という容貌をしている。
 これで言い逃れが出来るとしたら、相手が余程愚鈍である場合だろうが、生憎目の前の彼はいかにも利発そうな強い輝きを持った眼をしてなさっている。
 ダメだ。もうダメだ。カイはそのフレーズを反芻した。
 天使に見つかったなんて、しかもこんな下等の悪魔の自分なんて、ストレスの溜まった天使に散々甚振られて存在も跡形も無く消し去れてしまうのだ。
 もしや、今脳内で流れている今までの日々の生活の映像が、人の言う走馬灯だろうか……と思うカイだ。
「何をしに来た?此処が神殿の庭だと知っての事か?」
 動きの無いカイに、相手は質問を変えた。
「………師匠に頼まれて………」
 死にかけたような声で答えた。
 その回答は、相手に確実な変化を与えた。
「師匠?……て、事はお前、激の弟子か」
「………師匠を知っていらっしゃるんですか!?」
「やはりな。”弟子”を取るのはあいつだけだから。
 ……と、言う事は大方またアホな事言いつけられて来たんだな?」
「はい、エメラルド取って来いと言われて……」
「あいつめ……」
 全く仕様が無い、と額に手を当てて溜息を吐いた。
「あの……と、いう事は、以前にもよくあったんですか?」
 と、カイは訊いた。本当なら、こんな事をしている場合ではない。
 眼の前の彼はともかく、また他に誰かが来たら、その人が自分を許してくれるとは限らない----どころか、そうでない方が確率が高い。
 でも。
 カイは、まだ此処に居たかった。
 もっと、話がしたかった。
(何でだろう………)
 彼の色彩は天使によくある金髪碧眼ではなく、髪も眼も黒曜石のように澄んで黒い。
 惹き込まれそうだ。いや、多分そうなっている。
 人を誘惑する悪魔は、天使が誘惑するんだろうか。
 彼は、カイの質問に答えた。
「あぁ、前にもあいつに弟子が居てな。ヒロトとか言ったな。あまりに頻繁にこっちにやるものだから、改宗してこっちに転換してしまったんだ」
 それの代わりが自分なんだ……と、遠い眼のカイ。
「ま、上の命令に逆らえないとは言え、もっと上手い事やらないと潰されるぞ」
「身に染みる言葉です……」
 本気で。
「今日の所は、さっさと帰れ。今なら、オレしか居ない」
「は、はい!ありがとうございます!!」
「礼はいいから、早く」
「あの、最後に!お名前は!私は、カイと言います!」
「オレか?
 爆だ」
「爆………殿……」
 例え自分の名前を忘れても、この綴りは忘れまい。
 それくらいに強く、強く心に刻み込んだ。




「ただ今帰りましたー!」
「よう!お帰りカイ!」
 激が爽やかに返事を返した。が、悔しそうな顔の雹から宝石を数個貰っているのを見たのでそれに対して感激はしない。
「ちぇー、その程度の階級で単身乗り込んで生還するなんてさ。やっぱり激の弟子て所かな」
「殺すつもりで送り込んだんですか……?と、いうか、今微妙に最大の蔑まれ方をされたような……」
「んん?君は俺の弟子という立場が不満なのかい?」
 が!と掴まれた喉で、辛うじてそんな事はありません、と言えたカイだ。
「あーあ、賭けなんてするんじゃ………」
 雹がセリフを途中で止めた。何かに気づいたようで。
 じ、と視線の向きを辿ってカイは振り向いたが、後ろには何も無かった。
 て事はつまり。
 対象は自分か?と思う時間も無く雹に捕まった。
「ああああ、あの?」
「……何だよ、これ………」
 胸倉引っ掴まれ、喘ぐように言うカイ。
 雹は、地を這うような低い声で言う。
「何で、お前に爆君の匂いがすんだよ------!!」
「え、え、え?雹殿もご存知で!?」
「ご存知も何も、僕らは身分と世界を超えて愛し合う悲劇のラマン同士だよ!」
 ガックンガックン揺さぶれられながらも、カイは冷静に思った。嘘だな、と。
「お前、爆に会ったのかよ!?……何て悪運の強いヤツだ……ロト6買いに行かせてもちっとも当たねーくせに」
 そしてその度カイに当たる激だ。とゆーかそもそも魔王が宝くじを買わないで欲しい。
 激が爆を知っているのは予想していた事だ。相手にすでに面識があったようだし。
「カイ、今そうして居られる現実を幸せと噛み締めろよ?相手が爆でなきゃ、絶対捕まってたんだからな」
「今の現実という事は、雹殿に刀突きつけられている現状でしょうか。と、言うか師匠まで私を見捨てる気だったんですね……」
「あほ言うな。仮にも師匠を名乗る俺が、弟子と名乗らせたお前を感嘆に見捨てると思うか!」
 思いっきり思う上に”仮にも”って言葉は”ありえない事だがそうだと仮定して”という意味だと解った発言なのだろうか。
「何をしてくれるつもりだったんです?」
「最悪、体の一欠けらでも残っていればそこからレッツ再生☆!」
「そうなる前の防御策を考えて下さい!」
「ヤだ面倒くせぇ」
「私の命を面倒で切り捨てないで------!!」
「----て、ところで君、エメラルドは?」
 当初の目的を雹が口にした。
「……………
 あ。」
 当然、持ってきている筈も無く。




 カイは雹によって自分の名前を忘れるくらいボコボコにされたが、やっぱり爆の名前は忘れなかった。
 偉いぞ自分!死ぬな自分!!
 生きて再び爆に会うのだ!
 仰向けに倒れたカイは、爆がいるだろう世界の方角、上を一心に見ていた。
 通りかかった激に腹を踏まれるまで。




<END>





1話でいける?とか思ってたけどやっぱり無理ですか。最大で3話かと。
いやね、カイと爆だけなら出来るんだろうですが激と雹とのやりとりが。原因だな。

月瀬しゃんが天使なカイと悪魔な爆の物語を書いているんで、逆はどーなんだろぉか。と思ったのが事の発展。
天使爆はともかく、悪魔カイは今の時点で色々問題が出始めているような気がしてなりません。
どれだけ当初の予定でいけるのか、とても心配のワタシです。