「あんた、どーしちゃったの?」
「どうもこうも……骨折です」
当たり前のピンクの質問に、カイも当たり前に答えた。
ピンクの近所で、子どもが熱を出した。
生憎病院が休みで、どうしようかと困る母親に、ピンクは頼もしく自分の胸を叩き、任せて欲しいと大見得を切った。
何故なら、ピンクには大概の病気にとてもよく効く病気を治す薬を、調合できる人物を知っているからだ。熱さましくらい、文字通り朝飯前に作ってしまうだろう。今はもう昼だが。
ここ数年の修行でスキルアップしたピンクは、テレポートで隣の世界まで行くことが出来るようになった。これまた文字通りのあっと言う間に瞬間移動して、そこに居た人物は、利き腕にギスプをつけて三角巾で首からぶら下げていたのだった。
「何でまたそんな事に?」
「暴れ馬に撥ねられたんだ」
と、答えたのは当人ではない。
「あら!爆じゃない!」
久しぶりね!と久方の対面に喜ぶピンクに隠れて、カイが「だって、2頭連続で来るとは思ってませんでしたから……」とぼそぼそといい訳をしていた。
「ん?爆がいるなら、さっさと浄華で治してもらえばいいじゃない」
「はい、私もそう願い申したんですけど……」
「ピンク、こいつの昨日の生活知っているか?」
そんなの知っている訳がないじゃない……と言おうとしたのだが、異様に据わっている目にそのセリフは引っ込ませた。
「昨夜から夜明けまで頼まれた古文書を訳し、それを届けた先でお使いを申し付けられて、帰って来て修行して、何処かの店にいつも卸している薬草を渡す為に街まで降りて、そして馬に撥ねられたんだ」
「……そりゃ、爆が怒るのも無理はないわね」
大人しく怒られとけ、と言わずにカイに語る。
しかし、カイにも言い分はある訳だから。
「爆殿!ですから、さっきから何度も言いましたが、もう無茶はしませんから腕を治して……」
カイのセリフが萎んだのは、鋭い眼光に射抜かれたからである。
「そんな訳だから、いい機会として休養させる事にした。訊けば、激が居ないというからオレがこうして看てやる事にしたんだ」
どうせ予定はない一人旅だ。こんな事があっても全然支障はない。
「ふーん、ま。そういう事なら仕方ないから、素直に看病されてなさいよ、カイ。実はちょっと嬉しいんでしょ?」
「えー、そんな、でも実はちょっと」
えへへ、幸せそうなカイ。
「……まさか、あんたわざと馬に撥ねられたんじゃないでしょうね?」
「………さすがにそれはしないですよ。いくらなんでも」
いや、あの表情を見る限りではそれは断言できない、とピンクは思うのだった。
「それに、あんた肉体的はともかく、精神的の修行は苦手そうだから、丁度いいんじゃない?」
「は?」
後半のセリフの意図が掴めなくて、首を傾げるカイ。
「ところで、そういうお前はどうして此処へ来たんだ」
「あ!いけない!!あのね、熱出しちゃった子どもがいるの。よく効く熱さましちょーだい」
それなら此処に、と結構来ていて勝手は知っているので引き出しを漁る爆。
「あの、ピンク殿、先ほどのセリフは……?」
爆が薬を探している最中、ピンクにこっそり聞く。
ピンクは何言ってんの、といった具合に。
「あんた、その腕で自分の体洗える?」
「…………へ?」
いやまさかそんな。そんな事って。
さっきピンクに言われたセリフが、メリーゴウランドみたいにカイの頭の中をぐるぐるしている。
「カイ、飯だぞ」
爆の呼ぶ声に一旦それについて考えるのは止め、食卓につく。
その上に並んだ皿を見て、思わず感嘆の溜息を漏らした。
「これ……本当に爆殿が作ったんですか?」
「オレが作れるのが、そんなに不思議か?」
「い、いえ、そうではなくて、ただこの国の料理をよく知っていたな、と思って……」
カイが言う通り、テーブルにあるのはどれもこれも、カイが小さい頃から食べていたものばかりだった。
「オレを誰だと思っているんだ?各世界の文化や食卓事情くらい、嗜んでいる」
それに、と付け加える。
「一緒に旅していた時、お前がよく作っていたからな、ここの料理は」
だからよく知っている、と言う。
「……………」
(あぁ、どうしよう……すごい嬉しい……)
真っ赤になる顔を、片手の掌で必死に隠そうとするカイだった。
「では、頂きますね」
「あぁ」
そうして、早速箸をつけようとしたカイだが。
つる。
「あ。」
ぽろ。
「お。」
利き腕でないので、中々食べれない。
困ったように料理を見ていると、仕方ないな、という声がした。
そして。
「ほら」
「え」
料理を挟んだ箸を、突きつけられる。
「口を開かんと、食えんぞ」
そう言われて、やっと理解出来た。
「いいいい、いえ、あの、刺して食べれますから!!」
「あほ。刺して食べるのは行儀が悪いだろうが」
「でも、非常事態ですから……!」
よく解らん理由を口にする。
「あぁ、もう煩いな。怪我人なんだから大人しくされてろ」
「ぐっ……?」
と、爆は身を乗り出し、強引に顎を掴むと料理を口に放り込んだ。
いきなり入った物にビックリしたが、何とか咽る事無く噛んで飲み込む。
一度食べてしまった事で、なんとなく気が殺がれてしまったカイは。
「ほら、この炒め物は自信作なんだ」
「…………」
「美味いだろ」
「はい………」
なし崩し的に、食べさせられていた。
「あぁ、今日の分の水はあるんだな」
爆がそう言った。
食事を終え、村人から頼まれていた雑事をこなして、次にすることと言えばやっぱり風呂だろう。
風呂だ。
風呂。
「……………」
いやまさかねぇ。さすがにそれはないだろう。
脱衣所で、カイは誰に尋ねているのか、そんな言葉を繰り返していた。
少し苦戦しながら脱いでいると、戸がカラリと開いた。
入って来たのは、当然の事ながら。
「ば、爆殿ッ!!!」
「脱げれるか?」
「はい!脱げます!脱げますから!!」
脱がそうと手を伸ばす爆から、ずささっと身を引く。
「って、脱げてないじゃないか」
「だいじょーぶですってば!」
やばいやばいやばいこれはやばい!!
「あー!爆殿!タオルを忘れちゃったので、持ってきてくれると助かるのですが!」
とっさに浮かんだいい訳で、何とか爆を追いやる。この隙にさっさと脱いで風呂に入らねば!
しかし片手で不自由なのは事実だ。どうすれば……
(あ!服はそのままで体だけテレポートさせれば!!)
ナイスアイデアに手を打ちたかったが、片手は骨折しているのでそれは出来ない。
ともあれ、カイは早速そのアイデアを実行し、今は湯に使っている。爆は術や技を日常生活でむやみに利用するのを嫌っているのでバレたらちょっと、いやかなり怒られるかもしれないが、それは我慢しよう。あの状態に比べたらこれくらいなんとも無い。
肩まで湯につかり、そういえばゆっくり風呂に入るのも久しぶりだな、と思う。入らない訳ではないが、どちらかと言えば疲れを癒すより汚れを落としておしまい、という事が多かった。
じんわりと付き物が降りるような感覚に、やっぱり自分は疲れていたのだろう、と実感した。爆の言う事は、やっぱり正しい……何て思っていたら。
「カイ、いくらなんでも脱ぎっぱなしはないだろう」
「!!!!!」
腰にタオル巻いて爆登場。
で。
「ちょっと、腕上げてくれ」
「……………」
(だぁぁぁぁッ!!お願いだからあまり触らないでぇぇぇぇぇえええ!!)
と、懇願したいが出来る筈も無く。
「次は頭洗うからな。目は綴じろよ」
と言われて目は綴じたが、視界が無くなった分触覚が敏感になって。
天国……かもしれないが、生き地獄。
そんな矛盾した生活が暫く続くカイだった。
<END>
|