今宵は人も悪魔も区別無い日。
「貴方が好きです」
「…………」
よくパーティーグッズ売り場にある、声の変るガスを吸った、機械で合成されたみたいな自分の声。あまり、自分のだという実感が沸かない。
唐突の、そして場に合わない行動に、相手はきょとんとしている。一見正装に見えるが、目深に被ったシルクハットはどうも怪盗の扮装のようだ。
言うだけ言って、身を翻してさっさと立ち去る。追いかけようとしたのを背後で感じたが、他の誰かに呼び止められてその足が止まった。
彼は、人気者だから。
自分以外にも惹かれる人は沢山居て、その中で自分が一番相応しいとは、虚勢でも言えない。
会場の大ホールを抜けて廊下を渡り、庭に出る。季節の節目は、確実に次の季節の風を運んでいた。
はぁ、とカイは息を噴出し、鬱陶しいほどに装った----変装の域まで達していたマスクを取る。鬘も。鏡で何度も確かめた。これで、自分だとは解らないだろうと。
言えないのは、あまりに不釣合いな自分を振り返ってしまうから。だから、自分を捨て去ったら、きっと言える。
ピンク越しにダルタニアン主催のハロウィン仮装パーティーの旨を聞いた時、この一計を案じた。
変装して、自分を隠してしまおう。”カイ”という人物を、消し去ってしまおう。
実際に言えたけど----虚しい。
がっくり、と肩に何か重い物が乗っているようで、物憂げになってしまう。
告げればそれでいい。
そう思っていたくせに、今は告げたのが自分だと解って欲しいと思っていて、しかも相手も自分の事を、とも望んでしまっている。
そもそも最初には、告げなくても想っていさえすればいい、と思っていたのだった。
人の欲望には際限が無い。出来る事は、たかが知れてるのに。
自嘲めいた笑みを浮かべてしまっているのに気づき、軽く頬を叩く。そんな虚しい事はしたくないのだ。
さて。
これから、もう1つ持ってきた衣装に着替えて、またあのパーティーに戻ろう。今度は自国の古い民族衣装だ。他の人も、ダルタニアンが用意したものや自前のもので各々好き勝手な仮装をしている。それでも、やっぱり個性が出るのか、微妙に誰が誰だか解ってしまうのが、なんだか可笑しかった。
「あ、カイ!」
妖精のティンカーベルの格好をしたピンクが叫んだ。やっぱり、解るんだなぁ、と思いながらピンクへ赴く。
「何だかいつもとあまり変らないわね」
もぐもぐとチキンソテーを食べながら、カイの衣装の感想。
「そうですか?」
身を捻って自分を改める。まぁ、確かに今着ている服にデザインが何処か通じるものがある。
「昔の人が居る家だと、この服を着て婚礼の式を挙げるそうですから」
「へー、じゃあそれ、花嫁衣裳なんだ」
「いや、花嫁じゃなくて………」
キャラキャラと愉快に笑う様子のピンクに、カイはふと思い当たる。
もしかして、酔っている?
ふと、テーブルの上に鎮座しているポンチを伺えば、鼻に感じたアルコール。
「ピンク殿……これって」
「いーじゃないのよー!アタシ達だって、もう完璧な子供でもないトシになったんだし」
子供より、未成年、という感じだ。でも、だったら余計に酒はまずいんじゃないだろうか。
うーん、とカイが唸っていると。
「おい」
その声は、明らかに自分に向けられていて。
呼んだのは、爆だった。
そのまま、歩く爆に黙ってついて行き、辿り着いたのは裏庭だった。角度を変えると、さっきカイが行った庭が見える。
「あの……」
カイはおそるおそる声を掛けた。と、言うのも、さっき呼ばれた声からして、どうも何だか爆が怒っているように思えて仕方ない。もしかしたら、身分を隠して告白したという事実がそうさせているのかもしれないが。
ごそ、と爆がシルクハットを取った。月より太陽より鮮明な、黒曜石の瞳が露になる。
「で?」
先を促すように言われたが、カイは困惑するばかりだ。
「さっきのは、何のつもりだ?」
「え………」
「いきなり告白して、いきなり去って」
「………………」
バレていた。思いっきりバレていた。
硬直したカイは、爆に殴られた事で回復する。
「な、なん、なんで…………」
うろたえたカイから、しどろもどろなセリフが出る。
「何で、だと?」
ふん、と不服そうに鼻を鳴らす。どこか子供っぽい仕草。
「じゃぁ逆に聞くがな。どうして、オレが解った?」
「それは……爆殿なら、解りますよ」
どんな姿になっても。それだけは自信がある。
「ほれ見ろ」
「はい?」
「解っている事を、聞くな」
「………はいぃ?」
今のは、一体、どういう事だろうか。
「まぁ、今日のは予行演習と言う事で、勘弁してやる。次は、もっとちゃんとするんだぞ」
「あ、あの、爆殿………?」
ポップコーンみたいにぽんぽんはじき出されるセリフが、どれもこれも突拍子も無くて。しかも、何だか取りようによっては自分の最高の結果が待っているようなものばかりだ。
ハロウィンの夜の悪戯だろうか?
「じゃぁ、そろそろ中に入るぞ。ピンクに全部食い尽くされかねん」
「はぁ………」
まだ呆けた感じで、爆の背中に来た時と同じようについていく。
まだ、爆のセリフが頭で回っている。
室内から程遠いこの位置で、ポンチの香りが微かに感じられた。爆も、飲んだのだろうか?
と、等々に爆が振り返る。
「あぁ、そうだ。
カイ、”トリッカトリート”」
「は?」
お菓子か悪戯か。それの略称を口にした。
「何だ、菓子は無しか。
だったら」
悪戯だな、と。
口に柔らな衝撃を、感じた。
その時にまだ自分は口にしていないポンチの味がしたので、あぁ、やっぱり爆殿も、と。
願わくば、明日になったら綺麗さっぱり忘れているというオチではありませんように、と。
この、とても気まぐれな夜に祈った。
<END>
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