「現郎、激に好きなヤツが居るみたいだぞ」
「あー、だろうな」
「知ってたのか?」
「そりゃな」
「赤い口紅が似合う人らしいな」
「は?」
「つけたオレを見間違うくらい、惚れてるらしい」
「…………」
「現郎?妙な顔してどうした?」
「爆、」
「なんだ、炎」
「----知りたいか?」
「え、」
目を覚ませば其処は見慣れた我が家ではなく、当身を食らう前に、現郎が宣言した通りの花街の館……なのだと、思う。いかんせん相手が来なければ、此処は普通の宿と同じだ。
結構、高い位置に居るらしい。人の喧騒が遠い。この世界の建築事情を考えて、最高で5階、て所だ。それ以上だと、景色が壊れる。
(現郎のやつ……なんちゅー事してくれやがんだ!)
彼の性格からして、こんな所に興味があるとはとても思えない。て事は自分を此処に来させて、もっと言えば炎と爆の所に行かさせないようにしたのだろう。
ちくしょう、と思う。
(現郎のバッキャロー!!親友だと思ってたのは俺だけかよ!?それとも友情と仕事だと仕事を優先させんのかよ!?それとも、針の塔に居た頃、あいつの分のプリン食ったの、まだ怒ってんのか?)
なんて激がやきもきしている時、す、と襖が開いた。
あぁ、いかん。お相手が来てしまった、と、上手い事言って引き下がってもらおうと、振り返った。
のだが。
赤、い。
目に飛び込んだ、それはとても鮮やかに。
紅色の着物に、それよりなお赤い唇。
アカイ、アカイ、アカイ………
あの時の爆と同じで、頭の芯がくらくらした。じーんとして痺れて、何も考えられなくなる。
入って来た相手は、そのまま激の前まで来て、ぺたりと座った。何かを待っているように思えるのは、肩口まで見えそうに開かれた着物の襟のせいだろうか。そこから見える肌が、跡を付けてもらうのを待ち構えているように思えるのは。
「…………」
伸びている手を、他人事のように感じる。まるで、花に引寄せられる蝶みたいだ。そんな、綺麗なものでもないのだけど。どちらかと言えば、蝶を捕まえるくもの巣かもしれない。この、腕は。
はたして、その手は相手を捕らえ、胸に閉じ込める事に成功した。
薄いとは言え、化粧を施されている肢体からは、人工的な甘ったるい匂いがした。そこから、その人本人の匂いを探すのに、夢中になった。
いや。
こんな事をしている場合ではないのだ。と、いうかしていい事ではない。
ゆっくりと密着していた身体を離し、相手を見据える。
そして、言う。
「----何やってんだよ、爆」
入ってきたのは、艶やかな着物姿の爆だった。
数々の疑問は一旦引っ込んでもらうとして、だ。
「爆、おーい、爆?」
「………」
爆の目は、変な言い方かもしれないが、寝ているように虚ろだ。多分、睡眠状態なのだと思う。まぁ、でなければこんな事しねぇよなぁ、とか納得してみる。
幸い、ごく一般的なものだったので、激にも簡単にとく事が出来た。
パチン、と耳元で指を鳴らすと、は、と爆の目に光が宿る。
「……………」
爆は、まず目の前を見た。
次に、何だかスースーする自分の格好を確認した。
もう一度、目の前を見た。
そして。
「………っつ!!---------!!!!」
「ちょっと、まっ………っ!!!」
間一髪。
間に合わなかった。
他に着るものが無いので、仕方無しに爆は遊女みたいな格好をまだしている。
「---って事で、俺も現郎に当身食らって気づけば此処にいただけで、異常接近してたのは掛かってた催眠術解くため、ってので理解した?」
「……あぁ。………その、激、頭………」
「いやいや気にすんなよ。もう治したし」
傷は浄華出来ても流れ出た血潮は消えなかったという。見た目とても怖い。
「……それにしても」
と、爆の目に怒りが篭る。
「炎といい、現郎といい、一体何が目的なんだ」
「うーん、多分俺を笑いものにしたかったんじゃねぇの?」
なんて軽く答えたが、激には2人の真意が解っている。多分、あそこで爆に手を出していたら……斬られていた。確実に。
本当にいきなり来てはいきなり試すんだから、油断ならないというか。現郎はともかく、炎に関しては隙在らば自分の信頼を失墜させようというのが前提だからたち悪いのなんの。
ここは是非とも身の潔白を主張せねば!!
まぁ、そういうつもりがまるでなかったかと言われたら……まぁ、なんだ、その。
「あ、あのよ、爆」
爆はなんだ?といった感じに顔を向け。
その時つい眼に入ってしまった唇に、また動揺してしまう。
「あー、だから、なんだ。お前が催眠状態だった時、俺何もしてないからな。本当に」
「…………」
すると、爆は眉を顰める。
慌てる激。
「ほ、ほんとだって!神様がいるなら、そいつに誓ってもやってないって宣言出きるくらいに、」
「別に、解ってる。そんな事は」
ぽつり、と呟くように言う。
「お前は浮気なんかしていない」
「へ………?」
浮気?浮気ってなんだ?それじゃ、まるで俺に爆以外の相手がいるみたいじゃん?
軽く混乱している激に気づかず、気づけず爆はセリフを進める。
「恋人に疑われるようだったら、オレもそう証言してやる」
「こ、こいっ!?は!?え!?ほ!!?」
言語障害を起こすまでに達し、ようやく激は自分達に行き違いがあるのに気づいた。
「ちょっと待てよ!何時の前にお前のなかでそんな事になっちゃってんの、俺!!?」
「何がだ?」
「恋人!!居ねぇよそんなの!!」
「……だったら、」
爆は、怒っているような目をしている。筈なのだが、その瞳が揺らめいているように見えた。
「何故、あの時キスなんかした」
「あの時?」
と、思わず問い返してしまったが、自分がそんな事をしたのは、あの日だけだ。爆がピンク達に悪戯されて、口紅塗られた時。……何となく、爆が誤解するまでの経緯が解った。
「口紅つけていた時だ!何があったか知らんが、自分の恋人と重ね合わせて………」
「だから、違うって」
じゃあなんで、と爆が問い返す前、激は言った。
「爆にキスしたのは、爆が好きだからだよ」
意外とあっさり言えた。
爆は、暫く停止したように黙っていた。
そして。
「嘘だ」
と言った。
すんなり受け入れてくれるとは思ってはなかったが、やっぱり否定されるとへこむな、と激は思った。
「オレが好きだというなら、なんであの日いきなりだったんだ。今まで何の素振りも見せなかったじゃないか」
「口紅つけた爆にとち狂ったからだよ。でもって見せなかったのは当然だ。そうしてたんだから、俺は」
「……何故」
「困らさせたくなかったから」
激のセリフの意図を掴みかねたのか、爆は眉を顰める。
「俺が好きだっつったら、爆、困るじゃん。今も、ちょっと形違うけど困ってんだろ」
「それが、どうしたというんだ」
「大ありだよ。俺は爆を困らせたくないんだ。全部の事からは無理だから、せめて絶対俺に関する事で、絶対に爆を困らせないって、」
一旦言葉を区切って、泣きそうなのを堪えた。
「----”あの日”そう決めたんだよ」
ここでの「あの日」とは。
さっき爆が言っていた「あの日」ではないのは明白で。
「…………」
何だこいつは、と爆は思う。
技や術を会得させる為に、あんな過酷な事を言いつけたくせに、自分のせいで困らせたくない、とかほざいている。
「…………」
激は馬鹿な事を言っている。それは確かなのに。
そんな激の隣に、寄り添って居たい。
「……困らせてもいいのに」
「いや、嫌だ」
子供の我侭みたいに、年寄りの頑固みたいに言う。
「いいんだぞ」
「…………」
ひた、と見詰めて言うと激が黙る。言葉に詰った訳ではなく彩られた自分の唇に注目しているからだと解る。
前と同じ状況なのに。
今は。
暫く黙りあっていた2人だが、ふいに激が口を開いた。少し、どきりとする爆。
激は、言う。
「とりあえず-----服、着替えようや」
未だ扇情的な格好に、そう言った激は、赤面した爆にまたしても強かに頭部を殴られたのだった。
あれから、激の治療して激の家に戻って激の服を来た爆。
「とにかく、次に会ったらあいつらもただじゃおかん」
先にただじゃおかさなくされた激は、あはは、と乾いた笑いで返事をする事にした。
「…………」
「……今度はまた、何をじっと見ているんだ」
化粧は落とした。口紅も。
「いやぁ、なんかそーして俺の服着られてるとさぁ」
「何だ」
「いやぁ、」
「………?」
「いやぁ、」
困ったような嬉しそうな笑顔の激。
解った爆から爆撃受けるまで、あと3秒。
<END>
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