ごそごそと掃除をしていたら、刺繍糸が出てきた。私用で使うあてもないから、多分家庭科の授業か何かで使ったんだろう。
赤い刺繍糸だった。
赤い。赤い。
小豆色でもなく、朱色でもなく、それは真正直な赤色だった。
「…………」
赤い糸だった。
こっそり部屋に戻れば、爆は寝ていた。当たり前だ。今は午前の3時半。起きているべき時間でもない。
それでなんで激が起きて、しかもごそごそ掃除なんかし始めちゃったりしてたのは。
隣で寝ている爆にドキドキしちゃって寝付けなかったからである。
(何やってんだ俺は)
と、言うのはごそごそ掃除していた時に、何十回と心の中で呟かれた激のセリフである。
爆に自分の家に来て欲しいな、と思い続けて早幾年、というのはオーバーだが、激にとってそう思える程の時間をかけて、どうにかなんとか事を運んだ。
1人暮らしだから親の都合は考えなくていい。だのにそんなに掛かったのはやっぱり激の甲斐性だろう。俺の家来る?と訊いて、ヤだ、とか断られたら、とか思って言い出せなかったのだ。
で、そうなったらそうなったで、ドキドキして寝られないというこの体たらく。俺の心臓はどこまで小さいんだ?と疑問に思わずに居られない。
どちらかと言えば、自分は大らかでムードメーカーなキャラだと思う。間違っても小さい女の子がするような恋のおまじないをするようなヤツでは。
”あのね、好きな人に気づかれずに自分の小指と赤い糸で結ぶと、両想いになれるんだって!”
何だそりゃ気づかれずにどーやって結ぶんだっつーか、それが出来た時点でそもそもその2人は恋人同士なんじゃねーのか、とか小学校の頃聞きかじったそれに色々突っ込みを入れたもんだ。遠い昔を裁縫セットと一緒に掘り出した。
で、やっちゃう訳だ俺は。
寝ている相手なら、なるほどそりゃ気づかれずに出来そうだ。そういった意味込みでのおまじないだったんだろーか。
寝ている爆の手をそっと持ち上げる。それに細心の注意を払う。取った手は温かくて、柔らかい。ぎゅ、と握ってしまいそうなのを堪える。
それでどうにかこうにか、爆の小指に赤い糸を結んだ。自分にはすでに結んである。
おまじない通りで行くなら、これで激と爆は両想いだ。
「………何やってんだ俺は」
頭に残りそうなくらい呟いたセリフを、今度は声に出して言ってみる。自分でも情けなくなるくらい、見っとも無い声色だった。
「全くだな」
と、言ったのは激ではない。
激ではないのなら、それは当然。
爆と言う事に。
「…………どぅえッツツ………!!」
絶叫しそうになったがそんな事をしていい時間帯でないのを思い出し、手で塞いで堪える。
今まで爆の手しか意識を向けてなくて、声がしてふと顔の方を見たらばっちり眼が合ってしまった。ばっちり。
どう見ても、今起きたばかりです、といった具合ではない。
「い、いつ起きて……っ!何してんだよ!!」
「両方ともオレのセリフだな」
平静に呟き、身を起こす。赤い糸はその小指に繋がったままだ。一瞬血のようにも見えた。点滴みたい。
「で、」
起きていたとは言え、寝起きの声は何だか舌足らずで、激は何だか落ち着かない。
「改めて訊くが、なんだこれは」
これ、とは。
結ばれた赤い糸。
激はえーっと、と言葉に詰る。
そんな激に、爆は、
「言ったら怒るかもしれんが、言わんかったら確実に怒るぞ」
「……おまじないしてました」
激はあっさり白状した。
「おまじない」
説明をしろ、と促す。
「ガキの頃聞いたヤツでー……好きな人の小指にバレないて赤い糸結べたら両想いになれるっての」
「ほぅ」
と、呟かれた相槌に込められた迫力に、激はひぃ、と引き攣る。
「と、いう事はオレにバレたから、両想いではないのだな」
「い、いや、それは!」
「それに。まだお前が片想い中とは、知らなかった」
「……………」
激は、今言われたセリフを考える。
爆は、ひた、と真っ直ぐに激を見て。
「この前、オレに好きだとか言ってたあれは、ウソか」
「ウソじゃねぇよ!」
声が大きくなった。それに驚いたのは当人の激で、爆はそれを黙って受け止めていた。
「あぁ、そうだ。ウソじゃない」
爆は言う。
「オレがそれに応えたのも、ウソじゃない」
「…………」
鏡が無くても解る。今の自分は、泣き出しそうにクシャクシャだ。
「……ごめん」
「何を謝る」
「俺の方が、そうやってどっしり構えてないといけないのにな」
年上だから、と言うと。
「別に年上だから年下だからとか、そういうのに関係なく、自分でいればいいんだ。それに無理をすれば歪みばかり出てくる」
それこそがあってはならない事だ、と爆は言った。
「うん………」
なんで、こんな自分に堂々としている人が、自分なんかを好きになってくれたんだろう。
いつも不安で。
嬉しい。
「な、頭撫でて。いいこいいこって」
「どうした?急に」
「いいだろー。して欲しいんだよ」
訳が解らないままにも、爆は素直に応じる。それを見て、あぁ眠たいんだなと思う。
小さい手が、自分の頭を何度も撫でる。とてもいい心地だ。
「………----爆っ!」
「っ!?わ、」
がばっと抱きつかれ、急にの事でそのまま倒れてしまう。
「なんなんだ、本当に」
「へへへ………」
爆の肩口に顔を埋めるようにして、堪らず笑う。それにくすぐったそうに身じろぐ爆。
「なぁ、爆」
「ん……?」
いい加減、本当に眠くなってきたのか、声が小さい。
ごろん、と寝返り打って、爆を自分の胸に凭れかけさせる格好にした。
そんなこんなしていたら、夜が明けた。
差し込んだ光は、赤い色をよく映した。小指にまだ巻かれたままで、しばらく見ていて、しゅ、と取った。
緩く結んだだけのそれは、すぐに取れたけど。
「明日さ、出かけようかと思ったけど……寝れる所まで寝てようぜ」
「ん………」
爆の眼は綴じていて。
ずっと一緒に居て、という言葉は届いたのか、どうか。
ただ。爆は。
自分の、腕の中に居る。
<END>
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