「お前、俺になんか恨みでも?」
「は?」
「いや何でもない、こっちの話だし……」
そんな激に、わけが解らん、と首を捻るばかしだった。
あーあー、すっげー嬉しそうだよ、眼ぇ輝いちゃってるよ、と激はヤケクソだった。
「なぁ、撫でてもいいか?」
そう問いかける爆の顔は、とても幼い。歳相応の子供だった。
「あぁ、人懐こいから噛まないってよ」
そうか、と返事を返し、爆はそっと犬の背中に触れる。慣れたら、頭の方へと手を移した。
犬の方も出ててくれている手の主の事が知りたいのか、鼻先を手首に擦り付けるようにしている。それに擽ったそうにする爆。
その顔はとても可愛くていいんだけどね。
俺にだけ向いてたら、そりゃ最高なんだけどね。
あーあー、と、また激は項垂れる。
犬の散歩のバイトをしている知人が合宿する事になってしまい、その間の肩代わりを頼まれた。
いつもなら適当言って断るのに、今回は、そーいや爆は犬が欲しいとか言ってたな、成犬だけど、見せたら喜ぶかなとか思ってしまい、それに逆らえる自分でもなく。
まさかそんな自分の事情を知っている筈も無いが、それでも頼んできた相手に恨み言でも言いたい気分になってくる。犬と楽しげに戯れている爆を、実際に目にするとなお更。
「こら、くすぐったいぞ」
手を舐めてくる犬に、顔をほころばせながらそう言う。
俺がおんなじ事したら、蹴るか殴り飛ばすのに(当たり前だ)。
犬の散歩のバイト頼まれたんだけど、一緒に来る?とか訊いてみたら、爆は快く返事した。あんな嬉しそうなの、自分とのデートの時に訊いた事があっただろうか、てな勢いで。
もう、犬にヤキモチなんかしたくねぇんだけどなぁ、と思う。前回の痴態はこりごりだ。後になって、凄く恥ずかしかった。
「激」
「っ、と。何だ?」
突然(激にとっては)話かけられ、危うく妙な声を上げそうになった。
「そろそろ散歩に行かなくていいのか?」
「あー、うん、じゃ、行くか」
時間はある程度決められているのだから、いつまでもここでだらだらしている訳にもいかない。
かくて、散歩に繰り出した。
散歩のコースは公園へ行って、川の堤防を沿って歩いて橋を渡って戻る、というものだった。
てくてくと犬を挟んで歩いていると、爆が言い出す。
「激、ありがとうな」
「へっ?」
いきなりの感謝の言葉に、戸惑う。
「この前、オレが犬が欲しいとか言っていたから、散歩のバイトに誘ってくれたんだろう?」
思いっきりその通りです。何て言うのも気恥ずかしくて。
「いや、頼まれたのは偶然だし、1人でやんのもなんだか虚しいし……」
なんて言っていながらどんどん墓穴掘っているような気がしたので、途中で止めた。
「……爆は、まだ犬が欲しいの?」
「どうした、急に」
「……まぁ、どうしても本当に欲しいってんなら、どうにかしてみようかな、と」
例えそっちに気を取られてしまうと解っていながら、爆が望んでいるのなら全力で叶えてやりたいと思う。
自分でちょっと馬鹿かな、とか思う。
「……欲しい事は欲しいが、そこまで欲しくはない」
「そこまで、て?」
「…………」
だから、と爆は続けて。
「貴様に、馬鹿なヤキモチ妬かせてまで、という事だ」
言ってから、ふん、とそっぽ向く。
「……………」
爆のセリフを反芻している激の足元で、犬がわん、と吼えた。
何だ、と思ったら手綱を放してしまっていたのだ。
背中に落ちてしまっているそれを取ろうと、激が身を屈ます。と、爆も同じようにしていて。
近くなった顔に、我慢なんて出来なかった。
「よー、激、昨日はサンキューな……って、その痣、どうしたの」
「いやぁ、まぁ、あははは」
そんな激に、わけが解らん、と首を捻るばかしだった。
<END>
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