雨の日にて。





 授業が終われば、真っ直ぐ帰った。
 他の皆はだらだらと教室に留まり、帰りに何処へ行くかを決めている。そのグループの間を抜けるように帰る。昇降口。自分のクラスからは笑い声が聴こえてきた。



 その日は何だか全体的に空が不機嫌のようで、厚く薄暗い雲に覆われていた。雨でも降り出すかもしれない。天候に敏感になった五感が、ひしひしとそんな予想をする。
 上空を飛んでいるせいか、人気が無く、暗い空と合わせてなんだか自分だけがこの世界に居るような幹事だ。
「………………」
 そう言えば、とメールを確認すると、今日はピンクの家で皆が集まっている日だ。
 自分は、まだ参加した事が無い。
 自分にはしたい事があり、ついついそれを率先して行ってしまう。
「……たまには、会いに行くか」
 独り言のように、肩の聖霊やドライブモンスターに言うように。
 Uターンし、進行方向を定めた。
 



 ピンクの家の区域は、一軒一軒の間が十分に開いている。
 それでとても正解だと思う。特に、こんな時には。
「ちょっと!そんなに皆で大笑いしなくてもいいじゃないですか!」
 顔を真っ赤にして怒鳴るカイ。それは、羞恥の為だ。
「いやいや、悪るけど、ってあんま思ってもないけど、そりゃ笑うって。ほらダルタニアン、我慢してないであんたも笑ってもいいのよー」
「そ、そんな……っ!そんな事は……ッ!ぶふっ!」
 最後に堪え切れなったようだ。
 アリババとルーシーなんか特に顕著だ。腹を抱え、涙すら浮かべている。
 皆の盛り上がりに反比例して沈むカイである。
「あー笑った笑った。ひさしぶりの爆笑だよ」
 雹までもそんな事を言う。一体、カイの何が可笑しかったんだろうか。
「ねぇ、激。……って何処見てるのさ」
 頭大丈夫、とどさくさに混じってかなり失礼な事を言う。
「いや……、今、外に誰か立ってなかったか?」
 窓の外見て、激は言った。それに、雹は。
「うわー、さすが最長最高年配者。いや恥じなくてもいいよ。ボケは本人の責任じゃないんだから☆」
「………………」
「ねぇ、カイ、今のもう一度言いなさいよー」
「絶対に嫌です!!!」
 さっきをまだ引きずるピンクとカイ。それに激と雹と、2つの小競り合いが勃発していた。




 空はいよいよ黒さを増していた。空気も湿ってきているみたいで、もう、いつ降り出しても可笑しくなかった。
 真上を見上げ、傘でも持ってこれば良かったかな、と炎は思う。
 滅ぼしかけたこの星は、相変わらず、でもなく。異質であった針の塔が去ったせいか、本来の姿を取り戻したように思える。
 炎がここに来たのは、当然爆に会いに来た為で。
 しかし、気配を追って来たはいいが、どんどん山奥になっていく。樹がとても生い茂っているので闇雲に瞬間移動したら樹に激突してしまいそうで、地道に歩いている。
 ぽたり、と最初の一滴が頬に掛かった。
 振り出した雨はとてもそれで終わりそうには思えなく、段々強くなっていく。
 早く探し出さないと、と茂みを乗り越えるとそこに爆が居た。
 爆が、居た。
 居るのは確かに爆なのだが……
「爆、」
 呼んだ声に気づき、爆は膝に埋めていた顔を上げた。
「炎………?」
 何で此処に居るのか、と疑問を浮かべた目が自分を捕らえる。
 それの、なんて弱々しく頼りない事だろう。普段の強い瞳はすっかり潜んでしまっている。
 しかし、炎はさほどそれについては驚かない。爆だって、人間なのだ。弱いところがあって当然だ。
 自分がこの世界に禍を振りまいているのだと知った時も、それに対し困惑していた。常に事実を受け止める彼が。それは自分しか知らない事。
「雨が降っているぞ」
「あぁ………」
 それに今気づいたような、しかし何の関心も示さない。
 濡れようが風邪を引こうが知った事ではない、とでも言うように。
 炎はとりあえず、自分の上着を爆に掛けた。
「身体を冷やすな。どこか宿…………いや、お前の家はまだ使えるか?」
 とにかく爆の気を落ち着けさせないと。
 今の爆は荒んでいる。
 初めて会った頃のように。




「……………」
 風呂場の床。タイルの上を、水が滑る。
 シャワーを頭から浴びて、爆は水の動きだけを目で追っていた。
 何も考えたくない時は、案外本当に何も思わずに居られるものだな、とぼんやりと。
「ちゃんと温まったか?」
 リビングに出れば、爆の分も紅茶の用意をしていた炎が言う。確かに勝手にしてもいいと言ったが、そういう意味でもないのに。
「……子供扱いするな」
 気遣われた事に、憮然として答える。
 しかし、それが嬉しい事も事実。特に、今は。
「それで、今日は何しに来た」
「用が無いと来てはいけないのか?」
「茶化すな」
 じろ、と睨む。炎は困ったように笑う。
「丸きり嘘でもないんだがな」
「………?」
「なぁ、爆」
 ひた、と爆の目を見据えて、言う。
「俺の国に来ないか」
「え、………」
 髪を拭いていたタオルを下げる。炎の声がよく聴こえるように。
 炎は爆の緊張を和らげるように言う。
「別に固い話でもない。
 まだ未熟もいい所だが、それでも一応形になってきた。是非、お前に見て貰いたいだけだ。
 観光気分にでも、来てくれたら。勿論、気に入ってくれたら、居たいだけいてもいいぞ」
「でも、オレには………」
 自分には、夢がある。この世界を全部見て周る事。余す事無く、知り尽くしたい。理由は述べずに、ただ言いよどむ。すると、炎は。
「爆。世界は此処だけじゃないんだ」
「……………」
「……まぁ、どうしても此処を離れたくないと言うなら、仕方ないけどな」
 無理に決めなくていい。やんわりと和ませるように頭を撫でた。
 爆はそれについて、何も言わない。考える事で一杯だったからだ。
 自分が此処を離れたくない理由。自分が育った世界だからだろうか。皆と出会った場所だからだろうか。
(皆………)
 皆は。
 自分が居なくなったら。
「………………」
 脳裏に閃いたのは、さっきの事。ドアノブに手を伸ばした時、中から爆発したような笑い声。皆の。自分を除いた。
 自分が居なくても。
(……何も変わらない、か)
「そうだな……それも、いいかもな」
 何だか力が抜けていくようで、爆は炎に寄りかかりながら、そう呟いていた。




<To be continued>





長くなっちゃったから前後偏で。