今日は「はろいん」




 ソファに腰掛け、真は何かを捲っては、溜息みたいな息をはいている。
「……2人も、こんな時があったんだよなぁ」
「まぁ、真。アルバム開いてそんな事言ってると、ますます老け込むわよ」
「さりげに酷いぞ、天」
 まぁ、天だから冗談なのだろうけど。他のヤツだったら絶対本気で言ってるだろうから、ぶん殴るところだが(勿論冗談でも殴るが)。
「今年のハロウィンは炎も爆も友達の家、か。こうして、どんどん家族から離れていくんだろうな」
「それは仕方ないわよ。貴方も、そうやって私と会ったんでしょ?」
「……まぁ、そりゃ」
 悠然と微笑む天に、真は何も言えない。惚れた弱み、という言葉が過ぎるが、あまり悪くはないものだ、と思う。



 今日はハロウィン。爆にとっては、初めてのハロウィンだ。
 仮装して練り歩き、お菓子をかつあげする日である、とか3歳の爆に吹き込んだ某G師匠はその父親に追いかけまわされたりしていたが、さておき。
 小さい爆は小さい”い”の発音が難しいのか、「はろいん」になってしまう。ちゃんと言ってるつもりなのだが、自分でも言った後、違うなと解っているのか首を傾げる。そんな爆の様子を、真は欠かさずビデオに納めていた。
「うん、可愛いわ」
 最後に、ネコの耳がついたカチューシャを被せる。
 着飾った、というか飾らせた息子を見て、天はふふ、と微笑んだ。
 ネコの着ぐるみのような服を着た爆は、まんま仔猫みたいだった。きょときょとと周りを見渡して忙しない。
「かーさん」
「なぁに?」
「炎は?」
 叔父さんと呼ばないのは本人たっての要望なので、誰もそれを直そうとはしない。
「炎は、もう着替えて外で待っているんじゃないかしら」
「そうか」
 返事を残し、爆は走っていく。やはりこれも、本人は走っているつもりなんだろうけど、大人の早足程度の速度しか出てなくて。
 天は微笑ましくそれを見守った。




 炎が歩く度、何かする度に胸の鈴がコロコロと鳴る。爆もネコだが、炎もネコだった。手提げ袋は魚の形になっている。
 爆を迎えに歩いていると、後ろからたったった、と小さく小刻みな足音がした。間違いなく、爆だ。歩幅が小さいのに、大人より早く走ろうとする爆の足音。
「爆」
 と、振り返る。炎の顔を見て、爆が一層速度を速めた。
 が、着ぐるみなせいか、足が上手く広げられないようで、結構悪戦しているみたいだ。
「爆、そんな慌てると危な、」
 ぺちゃ☆
 と、とても軽い音がした。こんな音だが、爆が思いっきり転んだ音だ。小さいので、こんな音になる。
 見事に、綺麗にこけたもんだ……とうっかり見守っている場合ではない。
「爆!」
 炎の服はパーカーなので走るのに支障はなかった。
 爆は、倒れたまま起き上がらないでいる。顔から倒れてしまったから、体重が軽くてもダメージは結構なものだろう。
「爆、」
 そ、っと抱き上げると、爆の顔は赤い。痛いのと、泣いているのを堪えているのと、転ぶところを見られた恥ずかしさ故だろう。
「………………」
 ふるふると震えているのが手に伝わる。
「痛い?」
「……へーき」
 と、言いながら炎の胸に顔を埋める。ぐりぐりと顔を押さえつけて、痛みを紛らわせているようにも見える。
 鼻血は出てなかったけども、場所が場所なので少し不安がある。
「一回、姉上の所に戻ろうか?」
「やだ。行く」
 でも、と炎が続けようとすると。
「炎と一緒に行く」
「…………」
 顔を上げた爆の目には、やっぱり涙が溜まっていて。
 まだ零れてはなかったけど、それを拭いてやった。
「そうだな。約束したもんな。一緒に行くって」
「うん」
 爆は炎の服を掴んで離さない。
 それでなくても、炎は爆を降ろすつもりはさらさら無かった。




 両親の友人が主なメンバーだったので、子供な2人は文字通り猫かわいがりされた。
 爆は、いつもと違う格好の人が沢山居て、夕食の時間にお菓子が食べれてとても満足したみたいだった。爆が満足で、炎に不満がある筈も無い。
 夜に入った頃、爆の体が普通に立っていても、なんだか揺れている。
 眠いか、と聞けば頷く。耳が揺れる。
「姉上、爆が」
「あぁ、もう寝る時間ね。お願いね、炎」
「はい」
 花の妖精のコスチュームに身を包んだ天は、いっそ少女に見えるくらいだった。ちなみに真は、魔神ジンの格好をしていた。
「爆、行こう」
「うん………」
 空中に消え失せるような声で言う。
 お風呂は明日の朝に回して、もうさっさと寝かせた方がいいだろう、と、とりあえず歯だけはしっかり磨かせる。
「炎………」
「うん?」
「”はろいん”明日もある?」
 よほど楽しかったらしく、なんとも可愛らしい質問だ。炎は微笑む。
「明日は……ないな。来年だよ」
「らいねんか……」
 らいねんって、いつ来るんだ?と最後に言って、爆は眠りに落ちた。
 夢の中でも、面白い服を来た人を相手に、炎と一緒にお菓子を集めて回っていたと、後日、爆は言った。




「爆、眠くは無いか」
 炎の言葉に、爆は、
「眠いわけないだろう!おまえ、オレがまだ3つだとでも思っているのか!?」
 と噛み付きそうな勢いで言う。
「いや、すまんすまん、つい」
「ついって何だ、ついって!しかも、全然申し訳なさそうじゃない!」
 ただ、炎は思い出していたのだ。爆が、初めてハロウィンに関わったのは、丁度今から10年前だな、と。
 パーティー会場に着き、物怖じしない爆だが、この時は自分の手を掴んで離さなかった。あの手の小ささは、今でも思い出せる。
 あの時と違うのは、身長と顔つき。
 親のパーティーではなく、友達とのに変わったのも、ある。
 それでも。
「炎!」
「うん?」
「こんな隅に居ないで、欲しいものは取らんと、どんどん取られるぞ」
 小さい小競り合いが、すでにいくつか起きている。
「あぁ、それならいいんだ」
 炎が言う。
 本当に欲しいものは。
 隣に。

 来年も。




<END>





ちみ爆はデフォルトで炎爆。現爆もあるけどね。
真天ご夫妻は、こういうイベント事好きそうだなぁと。なにげに交友関係も広そうだし。2人とも。
クリスマスには天使の格好させられてそうだなぁ、爆。