*ちょいと舞台説明
現代日本を基調としたアナザー・ワールド(まぁそのまま現代パロでも出来るが)。
現さんは自称錬金術師で爆の家の隣の洋館に住み着いています。
爆はほっとくと飯も取らない現の世話を焼きに来ます。
2人は一応両想いみたいです。
オレの隣には錬金術師が住んでいる。
あくまで自称だ。しかも、本業がそれかすら疑わしい。
だいたい、そう名乗った理由が理由だ。
「テレビ付けたら、錬金術師だって名乗ってるヤツが出ててよ。だから、ポピュラーな職種だと思った」
貴様の中にフィクションという単語は無いのか。
推測するに、現郎は無駄に目立たないよう有触れた職業を名乗ったつもりで、世界で一番怪しげな人物になってしまったという事だ。オレは運命の悪戯を感じずにはいられない。
そんな訳で、現郎はかなりの確率で錬金術師でもないだろう。勿論、それ以外の何でもない。
でも、現郎が何者かというのは、解っているから大した問題にもならない。
”現郎は現郎”
これで、いい。
そんな訳で、厳密には錬金術師ですらないのです。
現郎は隣の洋館に住んでいる。隣と言っても、樹が多い茂る丘の上なのだが。葉の塊のから、屋根が見える。
中は多分広く、部屋も10や20の問題じゃないのだろうが、現郎は入ってすぐの玄関ホールに適当に家具を置き、其処で生活している。他に使っている部屋は、トイレくらいじゃないだろうか。
人生で必要なものは、寝転ぶベットだけでいい。これがヤツの持論だ。
自称錬金術師の現郎の部屋には変わったものが多い。そこら辺にある日用品に見えて、何処かが少し違う。
例えば、この温度計だ。
形は球で、大きさはボーリングくらいだろうか。
その中に、紅と蒼が陰陽玉みたいに曲線を描き、刻々と、球の中の互いの占有率を変えている。
紅が多いと暑く、蒼が多いと寒い。
中々洒落た温度計だな、とオレが言うと、現郎は手をパタパタさせながら言う。
「違ーよ。つーか、むしろ逆だな……」
「逆?」
「温度計っつーと、周りの気温に合わせて変化するもんだろ?
これは、コイツに合わせて周りの気温が変わるんだ。まぁ、エアコンみたいなもんかな」
エアコン……
じ、となんとなく、その温度計(仮)(エアコンには見えない)を見る。
くるくると面積を変える紅と蒼。
まるで生き物みたいだ、と思った。
そして思い出す。
世の中には全てのものに精霊が憑いて、火の精霊はサラマンダー、水の精霊はウィンディーネというのだと、他でもない現郎から訊いた。
もしかして、それが原動力なのか、と。
きっとこの空間は、馬鹿らしいものであればあるほど、その想像は、正しい。
生活をちょっと公開〜。現さんの暮らしっぷりは某探偵を拝借。ただっ広い家で、こじんまりとした空間で暮らす。よく考えれば針の塔かも(笑
背伸びしない欠伸をして、現郎が言い出した。
「あー……一応錬金術師名乗ってっし……
いっちょ錬金でもすっかな」
「錬金って、するしないって言うのか?」
「言うんじゃねぇの?
ま、いいや。少し待ってろな」
ひょこひょこと現郎はたくさんある部屋の1つへと引っ込んだ。
オレはそんな現郎を横目に、ソファで「ガラス器の歴史」という本を読んでいた。
ガラスに赤い色をつけるのには、金を使うそうだ。
30分後。
「カンノーロ・シチリアーニ。
粉とラードと卵白で作ったクレープを円筒で巻いて揚げて、筒を抜いた所にチーズや生クリームとか刻んだ乾燥果物とか砂糖とかを詰めたもんだ。案外簡単だぜ。発酵し過ぎとか泡立て過ぎで失敗しないし」
「それはいいんだけどな、現郎」
外の生地はさっくりして、中はクリームでとろりとしている。デザートの春巻き、て所か。
「金はどうした」
「んー……作ってる途中で腹減っちまったし、金は食えねぇし。
ま、いいんじゃねぇの」
「紅茶、淹れるか」
現郎と知り合って、結構経つが。
あいつが金を練成した事は、まだ無い。
ちょっと変わっててでも簡単そうなお菓子、て事で上のを採用。
「なぁ、現郎」
「んー?」
ネコみたいにだらり、と現郎が寝転んでいるソファに凭れ、訊く。
「現郎は、此処に来る前は何処に居たんだ?」
「何を急に言い出すんだよ」
「いや……」
一瞬、そのままやりすごそうと思ったが、やはり口に出して見る事にする。
「オレは、現郎に会った事があるような気がするんだ。現郎が、此処に越す前に……」
「何時」
「それは、解らないんだ」
「へぇ」
「昔……のような気がするし……いや、そうじゃないと可笑しいんだが……
「過去じゃなくて未来に……とか」
片目だけ開いて、現郎は言う。
「そうだな。そうかもしれん」
「…………」
現郎は、のそ、と起き上がり、オレと眼を合わせた。
「なぁ、爆。過去があって現在があって、そして未来がある、っていう順番。そうなってる確率が高いだけで、もしかしたら現在の前に未来があって、それから過去が来る事もあるのかもしんねーぜ?」
「……どういう、事だ」
「当たり前に当たり前の事なんざ、一個すら存在してなぇって事だよ」
そう言いながら、頬に触れた。
……珍しい。現郎から触れる事は、あまり無いのに。
それにしても。
頬を撫でられているだけなんだが。なんだか。
……熱く、
「、現郎」
声が変だ……
「お前は、現郎だよな?」
「うん?」
ぎゅう、と抱き締められて、触れているところがじんじんする。疼く。
「俺は現郎だぜ?」
「だから、その……昨日までの現郎と、同じだよな?」
「………」
口角を少し上げるだけで、現郎は何も言わない。
そして。
次の日。
現郎は、やっぱりソファで散歩を諦めたネコみたいにだらんと寝転がっている。
「…………」
オレが近くに居ても、何もしない。
「……なぁ、現郎」
「んー?」
「”昨日の”現郎には、今度何時会えるんだ?」
「知らねー」
そうか……本人がそう言うのなら、そうなんだろう。
”昨日”をつらつらと思い返していると。
「………」
ぎゅぅ、と現郎が服の裾を掴んできた。
そういうお前も、ちゃんと好きだぞ、とか言えば、顔でも真っ赤にするだろうか。
多分、無いな。
”この”現郎だもんな。
書いててよく解らんくなってきた……
現郎は錬金術師だ(たぶん)(おそらく)(あるいは)。
「錬金」なのだから金を練成して然るべきなのだが。
「…………」
爆は、目の前の小瓶を眺める。どろりとした、透明の半固形状のもの。
「現郎、なんだこれは」
「何だと思う」
相変わらず、ネコみたいにソファに寝転んで言う。
「何だも何も、水あめにしか見えないんだが」
「おー、鋭いじゃねぇか」
当たりなのか。
「……元は何だ」
「米」
そうか、なら、出来ても不思議じゃない……不思議か?
「全く、お前は本気で金を練成する気があるのか」
割り箸で水あめを捏ねながら、爆が言った。
「まー、おいおい。その内、出来るんじゃねぇ?」
「その内で何でも出来たらノーベル賞はいらん」
水あめをあむ、と頬張った。
金になる予定のものだったけど、甘くて美味しかった。
別に現郎はわざとやってんじゃないと思うヨ。
現郎はほっとくと何も食べない。と、思う。
状況証拠としては、この家に冷蔵庫が無い事が取り上げられる。
そんな訳で、オレはサンドイッチやサラダなどをつめたバスケットを持ち、現郎の所を訪れる。
すると、珍しい。歌声が聴こえた。
現郎のだった。
お世辞抜きに、結構上手だった。それも、音程がどうの、というのでは無く。
「………錬金術師じゃなくて、吟遊詩人に変えたらどうだ?」
「んー、まぁ、気が向いたらそーすっかな」
現郎が言う。オレは、吟遊詩人も一般的じゃないぞと言ってあげるべきかを考えて居る。
「何故、歌を?」
「仕方ねぇよ。この花、水の代わりに歌をやらねーと咲かないんだ」
現郎の前には、上をちょっとだけ切ったようなボールがある。ボールは透明の筈なのに、切れ口からは地面が見えた。そこから生える苗も。
一体これはどんな花なのか。どういう花が咲くのか。
まぁ、現郎の歌声で咲くんだから、綺麗なものには違いない。
現郎は歌が上手だとイイなぁ。
わざわざ口に出して言うのは野暮だと思う。
でも、たまには音にして奏でてもらいたいと思う。
好きだって、眼を見て言ってもらいたいと、思う。
とはいえそんな事を口にして要求するのは恥ずかしいから、とりあえずのアピールとして今日は現郎の予定に付き合ってやる事にした。ようするに、昼寝だ。
睡眠は夜にとるものと決めているオレにとっては、陽のあるうちに眠るなど全くもって解せん事だが、現郎に関しては止むを得ないというか、無下に寝るなと最近言えなくなった。
外は猛暑だの干ばつだのと騒いでいるけど、ここの中はそんな事を微塵にも感じさせずに快適だ。適度な温度、湿度。
温度計(仮)の中では、青い部分が半分を越え、赤い部分を包み込むように絶えず蠢いている。
なので、こんな風にぎゅうと抱き締められても暑苦しさは感じられない。
抱き締めてくれるなら、好きだって言ってはくれないのだろうか。
「好きだなぁー」
などと言う、オレの心中を見透かしたように、現郎が呟いた。
「昼寝」
「………」
まぁ、そんな事だろうとは思っていた。
「オメーとする昼寝が、一番好きだ」
…………
「現郎」
「んー?」
「オレも、だぞ」
「そ、か」
今日は現郎と昼寝。
現郎は解ってやってるのかどうなのかが微妙だ……
「現郎は将来の夢とかあったのか?」
「んー、希望の職業って意味じゃなかったけどな。
そうだな、ゆっくり気持ちよく寝れたらな、とか毎日思ってたな」
それは叶ったのか?とは訊かなかった。
今日も現郎はオレの目の前で、猫みたいにソファで寝転がっている。
現郎が眠れるのは爆のおかげです。
「現郎は、」
「んー?」
「空飛んだり、火を噴いたり何かに変身したりしないのか?」
「-----は?」
昼行灯という言葉の為に存在しているような現郎の、呆気に取られた顔や素っ頓狂な声は貴重だった。
爆は、今の季節に相応しい藤の枝で編まれた椅子に座っている。どこか、気だるげに。
「なんか、よく解らんが、最近何もかもがつまらんような気がするんだ」
窓の外を見る眼も、いつもより輝きが薄れているようだった。
「あー、オメー、そりゃあれだ。五月病ってやつだ」
よいこら、とソファから身を起こして現郎が言う。
「今は七月だが」
「時期は関係無ぇよ。てか、オメーでもそんなんになるんだな。意外っていうか」
「……バカにされているようにしか思えん」
「そうか?」
「そうだ」
むす、と目に見えて剥れる。いつもはこんなに判り易く幼さを出さないものなのだが。
(何かが不満……てでも無いんだろうなぁ。てか無いのが不満ってやつか?)
「……なぁ、爆」
現郎サイズに合わせた椅子は、爆にとってすこし高く、足がぎりぎりで着かない。宙に浮いている足が酷く心もとなく見える。
「やろーと思えば、出来ねぇ事も無ぇと思うんだけど」
「何がだ?」
「だから、飛んだり火ぃ拭いたり、化けたり」
爆は一瞬セリフの意味が解らなかったみたいで、一拍の間を置いた後、噴出した。
「現郎が、そんなに気遣い事無いのに」
でも、ありがとう。
そう微笑んだ爆は、もういつもの爆だった。
「でも、折角だからやってもらおうか」
「いや、治ったからもうしねぇ」
「ケチ」
こんな現郎ですが、ちゃんと爆の事は大事に思ってるんですよ。
「爆、今日泊まるか?」
「理由を言ってからにしてくれ」
「月見するんだ。今日は赤い月が昇る」
低空にある月が赤く見えるのは、朝日や夕日が赤く見えるのと同じ理由である。
つまり、月が赤く染まるのは、低い位置でしか有り得ないのだが。
理科で習った事を、頭の中で反芻してみる。
「見上げた先」の月は、まるでルビーのように綺麗だ。
爆の知る赤い月は、くすんだとは言い難いが、赤胴色をしているものなのだが。
「なぁ、現郎、これって」
「いや、俺じゃねぇ」
爆のセリフを先取って、現郎が言う。
俺じゃない、と言う所を見ると、違う誰かがやっているという事なんだろうか。
「ついで言うと、たまに青いのや緑いのも出る」
「……止めなくていいのか?人が見たら騒ぎになるぞ」
最もな爆の意見に、現郎は呑気に大丈夫だ、と言う。
「月を改めて見るヤツなんて、居ぇよ。機械越しだと、普通に見えるしな……」
それが何処か不満というか、寂しげに呟く。
「で、どうして現郎は色が変わるのが解ったんだ?」
「当人が報せてくるんだよ。まぁ、毎回じゃねぇけどな」
ふぅん、と爆は返事をする。
それは、その人物が自分の父親だと知る前の事。
「今日の真は、あまり調子が良くないみたいね」「そうなのか?」「えぇ。だって月があんなに青いもの」
「なぁ、現郎」
「何だよ」
「思い通りに夢を見る方法というのは、あるのか?」
「どうした、唐突だなー」
のぉ、と起き上がって現郎が言う。
「いやピンクがな、ライブとかいうロック歌手のファンで夢でもそいつに逢いたいと戯言言ってるんだが、実際出来るものかどうか、その道の達人にでも聞こうかと」
「……別に俺は夢の達人じゃねぇけど」
「いつも見てるんだろうが」
まあな、と生返事。
「一般的に、寝る前に一番強烈に記憶に残っているのを夢に見やすいとか言うなぁ」
「それは試したんだと。寝る30分前にずっと見てるといいとかいうのをテレビで見て」
それでもだめなのかー、と呑気に頭を掻く現郎。
「……実はもっとダイレクトに夢を見れる方法が、あると言やぁ、あるんだけど」
「ほう、何だ」
「匂い」
「ん?」
「匂いだよ。寝ているときに、何かの匂いを嗅がせると、それの夢を見るんだ。
オメー、不思議の国のアリスを読んだ事あんだろ?ありゃ、寝ている時に葉のざわめきとか川のせせらぎとかを聞いて、それが夢のなかで妖精の話し声になったりしたんだ。
音だからそんな別のものに変わっちまったけど、匂いはそれとしか認識しようがねぇからな」
「なるほど。とか言いたいが、確かにピンクの例には当て嵌まらないな」
「だろ」
そう言って再び寝転ぶ。
と、爆がへばりつく。
「……なんだよ」
「こうして匂い擦り付けておいたら、オレの夢でも見るかな、と思ってな」
「……アホ」
「アホとか言ったな」
「ひひぇえな」
頬を抓られたままで言ったので、そんな発音になる。
そんな小細工、する必要も無ぇよ。
爆が寝ているだろう深夜、現郎は想う。
オレンジの匂いを嗅がせた子供は全員オレンジが夢に出たそうです。
そう言えば。
「父親は真だと現郎に教えて貰った事を、母さんに言った方がいいんだろうか」
現郎はちょっと考え。
「オメーのしたいようにすればいいんじゃねぇの?それがあいつの意思だよ」
と、言う事らしいので、言ってみた。
母さんは、少女みたいに頬を膨らまし。
「酷いわ、真たら。わたしが言いたかったのに」
近い内に、オレの家族は勢ぞろいするかもしれない。
でもってその時は、少しばかり騒がしいに違いない。
「その時、現郎も来るか?」「……考えさせてくれ」
朝起きたら、机の上に小包があった。
不審物という印象は見受けない。何となく、母親に見せてみた。
すると、天はとても喜んで。
「真からの贈物を、爆から手渡してもらうなんて」
なんだか嬉しそうにはしゃいでいたので、見せてよかったと思う。そして、これからもそうしようと思った。
天は、丁寧に小包を剥いでいく。
「ネックレス……と、リングが2つ」
ネックレスの石と、リングの材料は同じものらしかった。虹色に輝く琥珀。そう言い表すのが一番近そうだ。
「私は、ネックレスを貰うわね」
リングが2つ、爆に渡される。
俺は装飾品を着けるのは好きじゃねーんだけどなぁ、と現郎は一応主張したが、寝転がってるだけなんだから何の邪魔になる訳でもないだろう、と爆にリングをつけられる。爆の親指にぴったりだったそれは、現郎の中指に収まる。
「真も持ってるのかな」
「あいつは……たぶん、ネックレスを着けてるな」
リングをしげしげと見た後、現郎が言う。
爆も装飾品の類はあまり好きではないが、このリングは別だ。石かと思ったけど、硬くも冷たくも無くて、本当に自分の一部みたいに思う。着けたまま寝てしまいそうだ。
それもいいかな、とそのままベットに寝転がってみる。
本当に、温かい自分の体温が移ったから、じゃなくて、そのものが温かいように思える。
そういう石なんだろうか。そういうのも在るのだろう。まだ自分が知らないだけで。
と。
トクン、と鼓動が聴こえた様な気がした。はっとなって見渡してみるが、誰も何も無い。
「…………」
まさか、とリングに耳を近づけてみる。すると、確かにトクトクと鼓動が聴こえた。
それが誰の、とは愚問で。
まだ鼓動のリズムは速いから、現郎は起きている。
「真は寝てるのか?」「みたいね。体温も少し下がってるみたいだし」
爆を待つように転寝していたら、ふと中指に違和感。
じんわりと、冷たい。
琥珀色のリングが、アクアマリンみたいな儚く透明なブルーになっていた。
いきなり3階の窓から身を投げた爆だが、窓の下に現郎の姿を見つけた上での行動だから、何も心配は要らない。
「現郎。こんな所で何をしているんだ?」
「何やってんだ、はオメーの方だと思うけどな。いきなり飛び降りてくんなよ」
「お前が受け止めるんだから、何も問題無いだろ」
現郎は一瞬そうか、と納得したが、その後いいのか?と首を捻った。
「今日は帰り、遅いんだな」
と、現郎が言う。
「まあな。久しぶりに大喧嘩したからな。反省文書くまで帰れんのだ」
「……オメーだけか?」
爆の教室からは、人の気配がしない。
「相手は、何人だった」
「えー……5人、より多かったか?」
記憶を頼りに指折りで数える爆。
「5人?で、オメーは1人か」
どう考えても向こうが悪いじゃないか。何故、爆だけが。現郎は形のいい眉を顰める。
そんな現郎を感じ取ったのか、爆が言う。受け止められた時の、横抱きの姿勢のままだ。爆は降ろせとも言わないし、現郎も爆を降ろそうともしない。
「仕方ないんじゃないか。オレは泣いてなくて、向うは泣いていたんだし、しかもオレは無傷だ。まぁ、手を出したのはあっちが先なんだが」
大人の基準として、自分を悪く判断せざるを得ない、と、爆はしれっと言う。それには諦めや悲壮感が感じられない。悟っているのとも、少し違うようだ。それはそういうものと、認知しているだけのような。
そうしようと、心がけているような。
「現郎。べつに、仕返しとか企まなくてもいいぞ。その気が起こらないよう、徹底に伸してやったからな」
「ほう。そりゃぁ」
「うん」
意味のない相槌を打つ。
爆は、理不尽な扱いに潰される人物ではない。
それと同時に、それを適当に流せる程自尊心も薄くない。
「とりあえず、教室戻るぞ現郎。反省文を仕上げん事には何も終わらん」
「そーだな」
通常の爆の下校時間から、はや2時間余り。その間、爆は白紙を前に、何を思っていたのか。
「すぐ、書き終わる」
ぽつり、と爆が言う。
隣に現郎が居るからな、と。
ふと見たリングは、琥珀色に戻っていた。
大人ってのは泣かない子供は気に入らないのだろーか、と昔、しばしばそう思う事があった。
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