甘い・苦い・甘い





つまりは苦さを求めるか、甘さを求めるかだと思う




 また、爆が臍を曲げた。
 理由なんて思い返すのも馬鹿馬鹿しいくらいで、禁煙令を出された現郎は、ニコチンの代わりにカフェインを求めた。
 飲んでいたのが、せめてカプチーノかカフェ・モカであれば、こんな事にもならなかったのだろうが、現郎が好んで飲んだのはエスプレッソだったので、「こんな苦い口キス出来るか!!」と強烈な蹴りまでもらってしまったのだった。
 全く、どうしたものか。
 寝るのは無理だ、と諦めた現郎は、じゃあ何をしようかという所で思考が止まってしまった。
 自分の苦い唇が気に食わなかった爆は、あのまま部屋に篭ってしまい、この場に居るのは現郎だけだ。
 何をしようか。
 必死に模索しても、何も浮かばない自分に片手で髪を掻き毟る。
 何も浮かばない……いや、何か浮かんでも、「面倒くさい」で終わってしまうのだ。
 ……爆の事以外で、指一つ動く事すら億劫なのだ。
 はぁ、とため息をつく。
 自分が他の何かに依存するのは、それを全部爆に向けてしまうのを控えたいからだ。
 だというのに、その本人はそれを尽く止めろと言う……
 全く、どうしたものか。
 現郎は同じ事を、違う意味で思った。
 謝ろうか。しかし、爆の場合下手に謝ったら余計に機嫌を損ねてしまう。
 一瞬考えて、現郎はとりあえず爆の部屋に乗り込もうと決めた。
 人は、嗜好品無しでは生きてはいけない。
 現郎の場合、それが煙草であり、コーヒーであり。
 それは全て爆の代用なのだ。



 部屋の鍵は、大概開いている。
 無頓着なのか、現郎を待っているかまでは判断がつきかねるが。
「……爆ー?」
 返事は無かった。
 それを無視して室内に入ると、ベットの上で爆は寝ていた。
 夜は夜で何かをする事が多い自分達は、昼に少し仮眠をとるのが必然となった。
 最も、現郎の場合、何も無くても昼寝は欠かさないのだが。
 そっと覗き込んでも、爆は一定のリズムの寝息は崩さない。
 丁度、眠りが深い頃なのだろう。
「……………」
 しばらく寝顔を見ていた現郎は、爆に被さり、少し横を向いている顔の位置を直し、口付けた。
 その瞬間はピクリ、と生理的に動いたが、まだ目を覚ます気配は無い。
 それを見て、現郎は一層唇同士を重ね合わせ、薄く開いていた口内に舌を差し入れた。
 苦いキスの口直しに、チョコでも食べたのか、その舌は現郎には酷く甘い。
 が、それで離れる事は無かった。
 意識の無い爆の唇を貪って、どれくらい過ぎただろうか。
 3回程、室内に風が入り込んだ。
 そして5回、現郎が唇の位置を変えた所で爆が眠りの世界から戻ってきた。
「ん…………ん?」
 浮上して直ぐに唇への感触に気づいたのか、早く爆の目が開く。
 軽く瞼を閉じていた現郎は、その様を見届ける事は無かったが。
 爆は眉を顰め、現郎の型を掴んで退かそうとした。まだ、苦いのだ。
 いつもであれば、そうされたら直ぐ引くのだが、今日はその腕を取って動きを封じて、キスを続けさせた。
 少し、爆の目が見開く。
 それは僅かな事で、爆はまだ自由な足で退かそうと試みた。が、身体を密着させてしまえば、足は虚しく空を蹴る。
 そうやって、また少し時間が流れた。
 やがて、爆の方からも顔を近づけ、積極的に求めるようになっていた。
 何時の間にか、戒めていた手も外され、爆の腕は現郎の首に回っていた。
 長い事していたものだから、離れた後でも、まるでキスをしている時みたいに唇がじんじんと痺れた。
 爆が中々言葉を紡げなかったのは、その為だ。
「出来んじゃん。キス」
 目に掛かりそうな爆の前髪を上に上げながら、そう言った。
 爆は、
「………苦い…………」
 とだけ言った。
「煙草の次は、コーヒーにヤキモチか?」
「悪いか?」
「少し遠慮はして貰いたい所だな……壊しちまうぜ?お前の事」
「ふん、貴様如きに、そう簡単に壊されるものか」
「よく言うぜ……もうクタクタの癖に」
 ベットの上に横になっているのは、入る前から同じだが、今はどちらかというと沈んでるような気がする。
 現郎の言葉に、爆は挑発的に笑った。
「お互い様だ」
 立ち上がらない現郎を揶揄して、爆が言った。
 そして二人はまたキスをする。
 現郎のせいで、爆の唇もまた少し苦くて。

 そして酷く甘かった。







エスプレッソ。
一口飲んだだけで舌が曲がるかと。
どーせワタシはお子ちゃま嗜好さ。カレーは未だに甘口さ。