幸せな死なんて、何処にも無いから
「なぁ、現郎」 「あ〜?」 寝転んだまま雑誌を読む俺の上に、何の許しも無く爆が乗っかる。 別に重たくないからいいんだけどよ。 「もし、オレがあと1年やそこらで死ぬって解ったら、どうする?」 ……………… こんな風に唐突な事を唐突に言うのは控えてもらいたいもんだ。リアクションに困るんだよ! 「……ちなみに、オメーは自分がもうすぐ死ぬって事は知ってんのか?」 「んー、じゃあ知ってるという事で」 一体何がどう”じゃあ”何だか。 「そーだなぁ、残りの人生を悔いのないよう、力を合わせて生きる……なんてのが妥当だなー」 「現郎……本心で喋れ」 腰の上にフツーに鎮座していた爆が、ぺっとりと背中に張り付く。ラッコの親子の逆バージョンだな。 どうも爆には俺の嘘がすぐばれる。 どうやら嘘を吐く時の癖があるらしいが、俺には解らん(ま、癖なんざそういうモンだろうな)。 爆の指摘通り、あんな模範解答、俺の柄じゃねぇ。 とりあえず、一般論を言ったまでだ。 ……下手な事言って機嫌損ねたら、まーた面倒だからなぁ、コイツは…… 「……現郎」 答えない俺に痺れを切らしたのか、首筋に吸い付く。 「おーい、見える所に付けんな」 「馬鹿だな、見せる為に付けるんだろうが」 一体そーゆー言い回しを何処から仕入れてくるのやら。 このまま行くと街を歩けない身体になりそうだから(元々余り出掛けねーけど)本音を晒す。 「……別に、何もしねーよ。 知った後も知る前と同じ事して、同じ事で笑って、いつも通りヤって、で、死んだらあー、爆死んだな、で終わり」 薄情だと我ながら思う所もあるけどよ、実際これが一番いいんじゃねーか。 何か解って、何か変えたら、あぁ、本当にそうなんだ、って思うし。 第一、”今”が一番気に入ってるからな。 変わらなくちゃならない時でも、あんま変わりたくないんだ。 本音言って、俺はだらりと横になって爆の返事を待った。当初の目的である雑誌を読むなんて事ぁ爆に圧し掛かれた時に放棄済みだ。 背中に居る爆の腕が、俺の首に絡みつく。 耳のすぐ後ろで言った。
「合格」
「……なぁ、爆」 「……ん?」 数回瞬きをして、俺を見た。 そうする仕草や、シーツ引寄せて口元に当てるのは、感じ始めた時のこいつの癖だ。 これもやっぱり本人は知らないんだろうな。 組み敷いてる俺にはばっりち解るけど。 「逆だったらどうするよ。俺がもうすぐ死ぬっつったら」 「そうだな……」 濡れた双眸が俺を捉える。 「とりあえずは、死ぬまでヤっていようか」 「……俺の死因て腹上死か?」 クスクスと笑って言う爆に、俺も笑って言った。
なんて事をしている俺達も、いつかは本当に”死ぬ”んだろう。 せめてその時を、こんな風に笑って向かえれたら、と少し願う。
幸せな死なんて無いけれど、幸せの中の死はあると思うから
「健やかなる時も、病める時も。 死に逝く時も共にあると誓います」 「……何か結婚式の誓いみたいだな」 「いいじゃねぇか。よく言うだろ? 結婚は人生の墓場だって」 エンゲージリングの代わりに薬指に一つ、キスをした。
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