「現郎、海行くぞ。海」 「はぁ………?」
カチコチと時計の音が響く、昼下がり。 何もするでもなく自堕落に、悪戯に刻だけが進んでいる。 いや、何かしてたな。お互いの身体を貪る。 それでも生産的な行為ではないから、実質何もしていないのと同じだ。 この怠惰なままに、今日が終わっていくのだろう、と胸の中、現郎にとってその予定はほぼ確実だったのだが。 爆の一言がそれをあっさり打ち砕く。 「海、て……今からか?」 「そう、今からだ」 時計は見ない。 外は明るいが、それもあと2,3時間の命だ。 「帰る頃には夜中だな」 「適当な所で泊まればいいだろ」 「明日も学校だろうが」 「休む」 間髪を居れずに答える爆。その様子にどうやらこれは要求を撤回してくれる気なんて、これっぽっちもなさそうだ。 現郎は密かに白旗を振る。降参だ。 「じゃー、行くか。……その前に着替えろよ」 そのままでも構わんだけどな、という表情の爆はベットから降りた。 ていうか俺の服返せ、と色気もない仕草で爆は服を脱がされた。
「バイクでもいいのに」 「寒いだろうが」 それでもカーステレオから流れる曲は爆の好きなもの。
1時間も走っていりゃ、その内何処かの海には出るだろう。 なんとも行き当たりばったりな計画だったが、2人は無事に海岸にいる。 「……人が居ないな」 爆が呟く。それが最初の感想だった。 「だろうなー」 ポケットに手を突っ込んだまま、砂浜に降りる。 青かった空は朱に変わり、そしてその色も闇に侵食されつつある。 何よりこの季節だ。ビーチとしての役割のない此処に、来る人なぞ居たほうが可笑しい。 現郎をほっといて1人、波打ち際へと進む。今日は風が強いせいか波が激しい。 「何をしたくて来たんだ」 「ん。ちょっとな」 返事を遅らせて、爆は身を屈め、水へ手を付けた。 「冷たいな。……これじゃさすがに無理だな」 「何が」 「水中プレイ」 ……一瞬自分の聴覚がいかれたか?と不安になった。 「…………お前、何処でンな単語覚えてきやがった……」 「テレビ見てればその内聞く事だ」 一種のカルテャーショックを受ける現郎に、爆は平然と、海水を手に救い、そのうちそれは零れて無くなってしまって、そうなったらまた掬う、を繰り返した。 「少し気分を変えようと思ったんだ。 現郎、最近前戯がワンパターンだし、おざなりだし。一回で終わるし。すぐ寝るし」 「……早くしろって言ってんのはそっちだろうが」 下手クソ、と言われてるようで何か傷つく。 「それに、」 爆は立ち上がって、靴も靴下も脱いだ。 そして波の中へ入っていく。 「生きてるうちに、出来る事はしておかないとな。……死んでも何か出来るとは限らないんだから」
それが 貴方とする事なら尚の事
気が付けば空は黒かった。 それでも爆ははっきり見えるから不思議だ。 「……あー、今、すっげー煙草吸いてぇ」 「却下」 爆の声には取り付く島も無い。 まぁ、吸いたくても吸えないのだが。爆が家にあった煙草を全て捨てるという強攻策に出たのだ。 「で、どーする。泊まるか、帰るか」 「帰る……か……」 本当は数キロ先でしかない、水平線を見てみる。 色が同化していて、はっきりとは見えない。 「なぁ、現郎。生命って海から産まれたんだよな」 「ま、そんな所じゃねーの?」 適当な相槌。 「……オレも、何時かは海に還るのかな………」
現郎を置いて
口には出されていない爆の台詞が、頭の中でだけで聞こえたような気がした。 車の方を見ていた現郎は、爆へと視線を移した。 すると。 夜になり、さらに強くなった風に後押しされてか、大きな波が、爆の背を超えた波が。 「ぁ………」 爆も振り向き、それに気づく。 出掛けに引っ掛けた上着が、風にかき混ぜられてバタバタ煩かった。 「……………つ…………… めてぇ〜〜…………」 めい一杯間を置いて、現郎が絞るような声を上げる。 「これじゃもう何処かへは泊まれないな」 呑気な事を言う爆も、現郎とお揃いでびしょ濡れだ。何事も無かったかのように、海は細かい波を砂浜へ打ち上げる。 「貸しが出来たな。煙草、吸ってもいいぞ。一本くらい」 「……一本かよ」 ぎゅう、と密着した状態。現郎を視るために爆は首をほぼ垂直に上げた。 「いらねぇ。別に吸いたくもねぇし。俺が別に抱きつかなくても、オメーは波に攫われないし」 「うん……」 それでも、血相変えて駆け寄った、現郎の表情に対して、という意味もあったのだが。 「あーあ、ちっくしょ」 際限なく顔を伝う海水に業を煮やし、爆を抱いた腕はそのまま、頭だけをぶんぶんと振って水気を取った。 「あ、今の仕草可愛かったな。犬みたいで。もう一回やれ」 「ばーか」 顔が近づく。 「今しても、しょっぱいだけだから嫌だ」 「この後も我が儘付き合ってやるから。 とにかくさせろ」 顔を顰める爆に、半ば強引に口付けた。 確かにしょっぱいだけだったが、現郎にだけは甘さを感じたらしい。
翌日。 仲良く海水を浴びた2人は仲良く風邪を引いていた。 看病役に抜擢されたのは激。 現郎と爆は、どうせ2人とも風邪引きだから、と1つのベットで寝ていた。 ぶつくさ言いながら、食事の用意をする激。 「……ったく、こんな季節に海行って風邪引くなんざ…… 一体何考えてんだか」 「爆、言ってやれ」 「水中プレイ」 ガッシャァン!と激は派手にこけた。
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