「幸せ」 「?」 「………って顔に書いてある」 突然そんな事を言った現郎は、直ぐ横の爆に更に近づき、頬にこびり付いていたクリームを直接舌で掬う。 「………何をする」 こんな時、派手に反応したら余計に自分が恥ずかしいだけだ、と今までの経験上嫌という程解っている。 けれど、感じてしまったものは仕様が無い。熱を持った頬は色を押さえようが無い。 それに気づいた……気づかないはずもない現郎は、にやり、ととても意地悪に笑って見せる。 その様子には、いつも寝ぼけてて、無表情、無感動と噂される、彼の像とはとてもかけ離れてる。 それを知るのは、爆だけ。 「このまま、やるか?」 「……貴様が”食うか”と買って来たケーキを食べ終わるまで待てんのか!」 ……我ながら変な理屈だ、と爆は自覚した。 「それにしても、何だってケーキなんかいきなり買って来たんだ?」 今日はクリスマスでもないし、ましてやどちらかの誕生日でもなかった。 それ以前に、現郎と言う人物は、何かの催し物に乗って何かを買う、贈る、というような性格の持ち主ではなかった。 「……この前、雹がケーキ持ってきて……」 あぁ、そんな事もあったな、と記憶を蘇らせる。 「そん時、オメーすげー嬉しそうな顔してた」 爆は、基本的に”美味いものは拒まず”だ。甘い物は好きだ。 雹もその事を知っての上だ。だから受け取った。 「……ヤキモチ、か?」 「オメーがそう思ったんなら、そーなんだろーな」 動揺の欠片も見せず(あるいは本当に無いのかもしれないが)平然と言う現郎。 こういう時、もうすこし慌ててもいいのに、と爆は思う。自分は振り回されっぱなしなのだから。 カチャリ、とフォークを皿に乗せ、身体全部現郎へと向け、その身体に乗り上げ。 頬を両手で添えて口付けをする。 現郎はやはり慌てもせずに、それに応える。 「……クリームの味がする。……甘ったりぃ」 僅かに眉を顰めて。現郎は、あまり甘い物は好きではなかった。 もしかしたら、爆は自分はそれで好きなのかも、と思う。 「だったらやめるか?」 「……する」 現郎の、少し不貞腐れた顔が見れて、爆は満足だ。 カーペットは敷いたので、脱がされ、寝転がらされても冷たくは無い。 最も、すぐにそんな事どうでもよくなる位、熱くされるのだろうが。 「爆は、何か食ってると本当に幸せそうな顔するな」 「そうか?」 「そうだよ。……ま、いいんじゃないか、菓子一つで幸せにならないよりもなる方がうんといい。 俺には爆を幸せには出来ねーからな」 現郎がちゃんと”爆”と名前を呼ぶ時は、セリフの後ろに何かある時だ。 「俺は……俺の幸せはな」 小さい頃、枕元で聞かされた童話を思い出して話すように言う。 「好きな人の横で、寝る事」 「貴様らしいな」 その言葉に爆は色々と混ざった笑みを浮かべた。 「ずっと寝るんだ。ずっと、ずっと。 そいつの体温を感じて、出来ればそいつの夢を見て。 思い通りにはならない現実は捨てて。 な?幸せだろ?」 「……貴様がそう思うんなら、そうなんだろう」 「人のセリフパクんなよ」 互いに共犯者めいた微笑を浮かべ、また深い口付け。 「………て、つい最近思ってた」 熱の篭る場にそぐわない程、優しい手つきで髪を梳く現郎の仕草。爆は心地よさに酔いながら、続く言葉を待った。 「けどな、いざ好きな人が出来ると、違うんだよなー。 勿体無くて、寝てるなんて事は出来ねぇ。夢にそいつは出てきてくれねぇ。 そいつと会わせてくれた現実は、宝物になってる」 うん、と相槌を打つ。必要以上に甘い声になっていただろうけども。 「……幸せって、永遠じゃ、ねーんだな……」 「永遠なんて何処にもない。形が有っても無くてもな」 「そうか。じゃ、幸せ”も”永遠じゃねーんだな」 現郎は言い直す。 「そうだ。 ……例えばオレだって、ついさっきまでケーキを食べるのが幸せだったのが…… その対象が変わったり、”食べる”の意味が変わったり。 「……食われるのか?俺」 首に廻った爆の腕に引寄せられながら、現郎はふと呟いた。
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