恋人の友達




「ねぇ、爆殿」
「何だ」
 カイがバイトを始めて早1ヶ月。
 完全に金銭目当て以外の何者でもない故だったのだが、思わぬおまけが付いた。
 バイトで会えないから、と、爆が結構密着なシキンシップでも殴ったり蹴ったり(そんなには)しなくなったのだ!今だって学校の屋上で、爆殿はカイのお膝の上なのさ!
 直ぐ下の爆の顔に、これでもかってくらい顔を綻ばせるカイ。
「今度の日曜は、バイト休みにしてもらいましたから、一緒に過ごしましょう?」
「あぁ、いいぞ。金は貯めなきゃならないから、市営の美術館にでも……」
「いえ、私の部屋で、過ごしましょう?」
「え」
 と、爆は軽く固まった。
 カイの部屋に行く、という事が、どういう事になるか解らない程爆は鈍くない。
「……………」
 今の爆を例えるなら、狼に捕まったウサギみたいなものだ。
「だ、だったら、別に、オレの部屋でも……」
「爆殿のお母さん、居ないんですか?」
「居る……けど………」
「じゃあ、ゆっくり”出来ない”じゃないですか」
「ぅ…………」
 小さく呻いて、爆は押し黙る。ただ黙っている訳でもない。爆の顔は急速に赤くなっている。
 どうしよう。そんな言葉が爆の中をぐるぐるしているだろう。
「……ね、爆殿。ダメですか?」
「ッ、ひゃ!?」
 耳の極至近にまで口を近づけ、喋る時の振動をそのまま肌に伝える。爆の身体が跳ねた。
「ちょ……ッ!」
「ダメですか?」
 ん?と小首を傾げて訊くカイである。
 また小さく爆が唸る。よし、あともう一息!とカイは力を入れた。
 が。
「ダメですよ」
 ゴゲべしゃ。
 後ろから現れた何者かが……というかデッド以外に有り得ないのだが、にカイは踏み潰された。
「カ、カイ!?」
 それはもう見事な踏まれっぷりだったので、爆がカイを気遣う程だった。デッド兄さんの辞書に容赦の文字は無い。
「さ、爆君、行きましょう」
「行かせません!」
 ぐあば!とカイ復活!
「何ですかデッド殿!いきなり背後から現れて私達の邪魔をするなんて!」
「私”達”?貴方が爆くんによからぬ淫行働こうとしていたのを阻止しただけじゃないですか」
「ですから!やってる事は傍目で同じかもしれませんが!私達はばっちり両想いなんですからいいんです!」
「いえ、単に僕が気に入らないので」
「個人的理由!!?」
 2人がギャースカと言い合ってる隙に、爆はその場からとっととすり抜けた。
 逃げるようで後味悪いが、次は移動教室なのだから。
 しかし。此処は屋上。入り口のドアは視線の先で。
 ……一体どうやって、デッドは自分達に気づかれずに入ってこれたのだろう。
 それに関しては、深く掘り下げない事にした。



 人気の無い渡り廊下を歩くと、見知った顔が前からやって来た。
「ハヤテ」
「おー、爆か」
 軽く手を上げて、挨拶をした。カイと違って、ハヤテの笑顔は何処かシニカルだ。ニヒルと言ってもいい。
「デッドなら、今屋上でカイと言い合いしているぞ」
 とりあえず、デッドの事を話してみる。
 よく考えたら、カイとデッド抜きで、ハヤテと2人きりなんて、そうそう無かったような気がする。皆と会うので、あまりそんな気がしないのだが。
「言い合いしてるかー。んだったら、近づかない方が賢明だな」
 呪いのとばっちりを受けるから、とハヤテはこっそり心で呟く。
 デッドから、爆にこの事は言うなと堅く口を閉ざされているから。
「カイは次の日曜休みだと言っていたが、ハヤテもデッドと何処か行くつもりなのか?」
「いや、俺は出るぜ。その日は他にも休むヤツが居てな」
 で、ハヤテとカイのどっちを休みにするか、という事になって、ハヤテは潔く辞退した。
 カイをこのまま爆殿欠乏症候群にしておくのは、大変危険だからと判断したからである。ハヤテは聞いてしまった。「あー、朝までヤりたい……」と呟いたカイの独り言を。
「……カイは、バイト頑張っているのか?」
「ん?あぁ、真面目にやってるぜ」
 そうか、とだけ言って、爆は黙ってしまった。何だか、今の自分の発言を恥じているようだった。
 あぁ、そう言えば、とハヤテは思い出した。
「おまえ、カイが浮気してるとか思ってたんだって?」
「な、何でそれを!!」
 言ってしまった後、爆はしまった、と口を手で押さえた。
「安心しろよ。カイには言わねーから」
 ひらひらと手を振って言う。これでも、言っていい事と悪い事くらいの分別はある。
「……デッドから訊いたのか?」
 少し恨みがましく爆が言った。
「あー、まぁ、うん、そんな所」
 その後に、「さて、どんな呪い受けてもらいましょうかね……」というセリフ付きだったが。あの光景を思い出す度、夏でも寒気がしそうな気がする。
「まぁ、確かにアイツ、見た目は結構イケてるよな。んでもって、接待が馬鹿丁寧だから、第一印象もこれまた結構良かったりするんだよなー」
「…………」
「でもよ」
 ハヤテは言う。
「自分にはもう相手が居るから、っていくら遊びに誘われても客以上の関わりは持たないし、携帯の番号も教えねーんだ。そりゃもう呆れるくらい徹底してるんだぜ?
 だから、て言うか」
 ぽん、と爆の頭に手を乗せて。
「信用、してくれる?」
 な、と呼びかける。
 爆は気安く頭に触るな、と小さく呟き、それからため息を吐いた。
「……本当はそういう事、オレが一番に思ってないと、ダメなんだよな……」
「いんじゃね?別に」
 沈痛な面持ちの爆に、ハヤテは軽く返事をした。
「頭では解っているんだろ?だったらそれはそれでいいじゃねーの?」
「…………」
「好き、て気持ちは頭じゃなくて心でするもんだし、俺がそんな風に言えるのは結局他人事だし。
 俺もその立場になったら心配ばっかしてるって。俺じゃなくて、カイもな」
 まぁ、カイの場合普通の人のざっと300倍かもしれないが。
「……そういうもんか?」
「だと俺は思ってるな」
 爆は目を伏せた。そうして、ややあって、顔を上げた。色々、整理がついたらしい。
「うん、そういうものだな。心配するのは、仕方ないんだな」
「そうそう。好きこそ故なんだから。
 ま、心配ばっかで嫌になったら、俺の所でも来いや。カイの弁護してやっから」
 物理的に一番近くに居る者としてな、と言うと、何だそれは、と爆は軽く噴出した。
 歳相応のそれがやけに心に馴染んで、ハヤテはまた頭に手を伸ばした。




 教室に戻る時、戸の前にデッドが居た。
 ……何故、と思うのは今更なんだろう。
「よ、デッド。何かあったか?」
 デッドは自分と別クラスだ。
「先程爆くんと、話をしていましたね?」
 ……本当に、何故、と思うのは今更なんだろう。
「あー、いやだけど別に、そんなに変な事は………」
 ハヤテは必死に取り繕ろった。返答如何では、明日の自分の運気は最悪だ。
「……僕は少し甘く見ていたようですね。爆くんが、カイさんの事で其処まで思い悩んでいたなんて」
 うろたえまくるハヤテを他所に、デッドは言う。
「貴方に1つ貸しですね」
「別に、俺だって爆は大事だし……あ、いや、オマエと張ろうとは思ってないけど」
 後半が言い訳になったのはデッドの視線が怖かったからだ。
「………貸してくれるんだったら………」
 ハヤテは恐る恐る言ってみた。
「次、俺が休みの時-----一緒にどっか行く?」
「えぇ、いいですよ」
「ああ、うん、いいって、ちょっと言ってみただけ------
 って。
 いい!!?」
「はい」
「て事はオーケーって事!?」
「そうですよ。それだけの価値はありましたからね」
 デッドは相変わらずの無表情だが。
 ハヤテは至上の喜びの表現を浮かばせている。
「マジで………ッツ!!やった--------!!!」
 ハヤテは今日の自分の運勢が朝のニュースでどうだったか思い出そうとしたが、止めた。抜群にいいに決まっているのだ。今この瞬間は、自分のために世界が回る!!!
「あのよ!博物館で、あの3駅行った所の!今、昔のピアノが展示してあんだ!其処行こうぜ、其処!!」
「はい、いいですよ。
 所で、ハヤテ」
「うん?何?」
「-------2回は、触りすぎですからね………?」
 ヒュー、ストン。なんて擬音が聞こえそうに。
 ハヤテのテンションが下がった。



<了>




恋人とその友達、ていう組み合わせが結構好きですね。
此処の場合、ハヤテと爆ですか。
……カイとデッドは天敵ですから。

今回はいつもカイのとばっちりを受けてるハヤテさん救済企画。
爆に大しては普通にお兄ちゃんなんですよ(お兄さんていうより、お兄ちゃん)

さて、一方カイと爆は。……続き書くと必然的に裏に行きそうだなぁ……

あ。これがカイ爆30作目だった。