「バイトだって?」
老成していようが、結局はその年齢の子供なのだ。
こんな、不意を打った時にはあどけなさが出る。
言ったら怒るだろうが、普段が普段なだけに、むしろ余計に微笑ましい。
「はい」
と相槌をし、デッドはいけしゃあしゃあと言った。
「ハヤテから訊いたんですが、カイさんと一緒にしているそうで、夏休みの旅行資金を貯める為だそうですよ」
ハヤテから訊いた、とは真っ赤な嘘である。
どう知ったのかの真相は……デッドのみが知る事だ。
「何だ、カイのやつ。新しいMDが欲しいからとか言っておいて」
む、と軽く顰めて言う。
「黙っておいてビックリさせようという魂胆じゃないですか?」
そして部屋を大部屋で取らせない為の布石だ、という事もデッドにはお見通しだ。
それは何故なのかは……はやりデッドのみが知る事だ。
「バイト先も、引越しじゃなくてカラオケ屋みたいですよ。
場所を知ってますので、今度行きましょう?」
どうしてデッドが正しいバイト先を知っていたのかは……以下同略。
「カラオケ屋……か」
「?はい」
爆が少し微妙な顔をした。何にしろはっきりしている彼には、大変珍しい事だ。
「何か、気に入らない事でも……?」
もし此処で爆が頷いたら、いつでもすぐにでも行動が出来るデッドだ。具体的な事は色んな都合で言わないが。
「いや……うん、バイト先に今度、邪魔してみよう」
「はい」
曖昧な爆の笑みを見て、今度のカイの如何によっては、「例」の「アレ」を使う時が来るのかもしれない……とデッドは思った。
……先ほどから、デッドについて、不明な表現を多々使うが、見逃してもらいたい。
デッド兄さんには秘密が一杯なのだ。
さて。
カイとハヤテのバイト先に訪れ(2人とっては全くの奇襲)度肝を抜きたいだけ抜き、釘を刺したいだけ刺した帰り。
折角来たのだから、とデッドは爆と近くにあったカフェに入った。適当に入った割りには、気分の良い所だった。
爆との会談を楽しみ、自分の飲み物が半分程無くなった頃合を見計らい、デッドは切り出した。
「それで、爆くん」
「何だ?」
「この前から、カイさんがバイトをしている事について、何かあるのかと……さっきの態度も少しもの言いたげでしたし。
あ、言いたくなければ、全然構いませんよ?」
つい先ほど、爆はバイト中のカイに、バンダナをしていない、と言った。これには、デッドにもその意図する所が解らない。
爆はんー、と軽く唸り、ストローをくるくる回した。
どうして、こういう所のストローは、色が緑や黒で市販のものより太いのだろう。デッドはふと疑問に思った。
デッドの思考がややずれかけた時、爆は話だした。
「……デッドは、カイの事、どう思う?」
薄腹黒。
率直な意見だが、今はそれを言うべきでないだろう。
「そうですね……まぁ、真面目でしょうか」
表向きは、とこっそり付け加える。
「そう、だな………」
くるくるとまたストローを弄る。爆のクセなのだな、と思った。
やがて、言う事に決めたらしい爆は、デッドを見据えた。心なしか、頬が赤い。
「……外見については?」
「はい?」
「………格好いいとか、結構思わないか?」
「は?」
デッドはこれが幻聴というものか……と一瞬疑ってしまった。
「あの。カイさんの事、についてですよね?」
爆は黙って頷く。その顔は、明らかに赤かった。
「格好いい、ですか」
「思わんか?」
デッドは返答に困った。かなり困った。あどけない子供から、サンタさんて本当に居るの、とか赤ちゃんは何処から来るの、と訊かれるより困った。
困る反面、推測は怠らない。感じた疑問に、入手した情報を照らし合わせていく。
爆がカイを格好いいと思っている事。カイがバイトをしていると知った時の爆の態度。
弾かれた答えは。
「つまり」
カイは格好いいかどうかはさて置いて、デッドは言う。
「爆くんはもしかして----
カイさんが浮気でもするのではないかと、心配で?」
「-------ッツ!!」
ぼ。
そんな音が聴こえたような気がした。
「………いや、あの、それは」
デッドは何と言うのが相応しいのか、解りかねた。
「それは、絶ッッッッ対ありえないと思いますよ?」
デッドは力を込めて言った。
思う所か、カイが爆の他に誰かを作るなんて、それが起こったらその場で世界が滅びるくらい大変な事態だ。
「そうか……?」
「そうです。自信を持ってください」
ついでに、貞操の危機管理も持って下さいね、とそっと付け加える。どうも、爆はカイに大して無防備だ。相手はカイだというのに。
「でも、何か……バンダナが無いと、やっぱり雰囲気変わるもんだな」
「えぇ、……そうですね」
着ている物と合い余って胡散臭いホストのようでしたが、というセリフは厳重に仕舞いこんだ。
「まぁ、爆くんはバンダナ無しのカイさんを沢山見ている訳ですから、いいじゃないですか」
----これは、完全にデッドの失言だった。
デッドは特に意味を持たして言ったのではない。自宅で居るなら、取るのだろうと、軽い日常会話のつもりで言ったのだ。
顔のみならず、おそらくは全身が真っ赤の爆は、半分残っているカップをガシャン!と倒してしまった。
そうして。
デッドは、カイがバンダナを外しているのは「そーゆー時」だけという情報と、だからこそ、爆が少し拘ったのだという事実を手に入れた。
ついでに、自宅に居る時は大概「そーゆー事」になるのだという事も。
………とりあえず、運が少し悪くなる程度の呪いでも掛けてやりましょうかね。
その日、カイは改札機がどうしても切符を受け付けてくれないという、些細なハプニングに見舞われた。
それが呪いかどうかは。
やっぱりデッドしか知らないのだった。
余談だが。
カイの傍に居たせいか。
ハヤテもその日は犬に謂れも無くけたたましく吼えられ、ドブに嵌った。
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