オレンジの良い香り




 今日は4月14日。此処の学校では、バレンタイン、ホワイトディに続く恋愛イベントの日となっている。
 曰く、新学期になってクラス(場合によっては学年)が変わっても、この愛は変わらないよ、という事で。
 まずチョコを渡し、クッキーなどでお返しした後、この日にオレンジを食べ合うのだった。
 学園の敷地内には、オレンジの芳香で満ちていた。今は放課後。空の色さえオレンジだった。
 そんな中、歩く影2人。
「なぁ、オレンジは〜?」
 子供がお菓子を強請るみたいに言ったのはハヤテで。
「ありません」
 完膚比類なきにその意見を叩きのめしたのはデッドだ。
 普段のハヤテなら、ここで遠い眼をして背景を墓地等に置き換える所だが、今日はちょっと強気だった。
「ンな事言って。カバンからオレンジの匂いするんだけど?」
 チョコみたいな強い香りはしないものの、あれば解る程である。
 なのでハヤテは先ほどから機嫌が良かったりするのである。
 何せ、まだ渡してないのなら、もう渡し先はこの自分しかいないからである。
 しかし淡い希望に現実は残酷だ。
「何を言ってるんですか。これは、爆くんから貰ったものですよ」
「あぁ、そう貰った…………ええぇぇぇぇ!!?
 何で!!?」
「僕も、バレンタインもホワイトディも爆くんにあげましたからね。
 ……カイさんのついでというのが気に入りませんが。思いっきり気に入りませんが」
 ”僕も〜”の部分は微笑を浮かべ、”カイさんの〜”の部分は殺気を漲らせて言うデッドであった。
「……俺も、両方ともオマエにあげたんだけど?」
「はい、そうですね」
「……オレンジは?」
「貴方が勝手にくれたんでしょう」
「……………はぁ」
 デッドには口で勝てた試がない(他でもない)。
 ハヤテは溜息をついて、今日の日を終わらそうとした。いいんだ。生きていれば次がある。何だか軽く追い詰められてる模様だ。
(……こうなると、カイが羨ましいなぁ。
 流血するまで殴り飛ばされて、それでも”照れた爆殿って可愛いですねv”とか言うのには引くけど)
 それでも、あの2人は想いが通じているのだ。
 ………それはそれで何か問題があるように見えるが。
(今頃あれだよな。ラブラブってヤツ?)
 編入生のカイは、今日がそんな日とは露知らず、オレンジを、わーいありがとうございますで食べてしまった事を悔やんでいた。
 帰りのショートタイムの終わり、起立、例で振り返ると(ハヤテの席はカイの前)カイの姿はすでになかった。
 一瞬、怪奇現象かと思ったものだ。
 そんな事を思いながら帰路を辿るハヤテ。
 この学園は広めの自然公園と隣接している。春と秋には近場の幼稚園が遠足に来る程だ。
 そこを突っ切るのが、近道。通路ももちろんあるが、小さい林か森のような場所を通ればもっと早い。
 ザクザクと去年からの落ち葉、枯れ枝が足音を大きくした。
 と、そんな時。
 ガサリ、と明らかに風とは違った茂みの動きに、2人の意識は同時に向く。
 敏感に反応したのはハヤテの方で。
(もしかして、青姦か!?)
 ……猫や泥棒、という発想の前にまずそう思ってしまった所で、彼の品性は高が知れる。
 あわわーあわわーと川原でエロ本見つけた中学生みたいなハヤテはさて置いて、デッドはその方向へスタスタと歩いていった。
「お、おいデッド……!!」
 デッドを止める半分、自分も興味半分でついていく。
 程なくして、声が聴ける距離まで近づいた。
「…………と、……て!こ………だ!」
「へい………こん……で……よ」
(ん?)
 ハヤテはその声に聞き覚えがあるような気がした。
 いや、気がした所ではない。
 つい1時間前まで、前の席で聞いていたではないか!
 ガサリガサガサガサ!
 邪魔だと言わんばかりに茂みを掻き分けるデッド。
 そこに居たのは。
「……何をしてるんですか、カイさん」
「あ」
 地面の上に広げた自分の上着の上に、爆(涙目)を押し倒しているカイだった。



「覗きなんて軽犯罪ですよ、デッド殿」
「強制淫行は重罪ですよ、カイさん」
 カイとデッドは向き合っている。
 その後ろで爆が乱れた衣服を直そうとして、焦っているせいか上手く進まないのを手伝おうとしたハヤテが2人からダブルキックを貰った。大丈夫、ハヤテ、君は悪くない。弱いだけだ。
「……さて、どうしてこんな事をしたのか、きっちり動機を吐いてもらいましょうか……」
 場所は公園の片隅なのだが、デッドだけを見ると取調室に居るかのようだ。
 が、カイだけを見るとこの世の桃源郷みたいだ。
「いや、だって今日がそんな日だなんて、私ちっとも知らなくて。
 せっかく爆殿が気持ち表してくたのに何も返せなかったのがちょっと悔しくて。
 ですので、此処でその分を補おうと」
『部屋まで待てよ』
「待てませんでした!」
「威張って言うなぁぁ--------!!!」
 ハモった2人に対抗するカイ。に、爆の飛び蹴り炸裂。
 爆は蹴り終わった後、再びデッドの後ろに隠れた。つい、勢いで飛び出してしまったが、鎖骨周囲まで付けられた跡がばっちりあるのだ(本気でやるつもりだったのか、カイ!!)。
「とにかく、今の貴方に爆くんを傍に置いておけませんね。
 さ、僕と一緒に帰りましょう」
「僕”達”じゃねぇの?ねぇ?」
 自然な流れで存在を無視されたハヤテは、今頃なんだけどちょっぴり傷ついた。
 肩を引き寄せて歩き出そうとする2人に、カイが待ったをかける。
「そ、そんな!私が何をしたというんですか!」
『犯そうとした』
 指揮者もないのに綺麗に揃った3人の声。
「それは……
 やっぱりほら、人間たまにはちょっとぐらい乱暴に愛されたい時だって」
「それは断じて仕掛ける方の人が言うセリフではありません」
「そうだなー」
 同意したハヤテにギ!、と非難がましい眼を向けるカイ。
「ハヤテ殿!こういう時は私に味方してくれる約束でしょう!?」
「何時そんな約束したよ!止めろ!俺を犯罪者予備軍に引き込むなぁぁぁ-----!!!」
「ふふふ、逃がしませんよ」
「うわー!この人ちょっと恐ろしいよ!!」
「では行きましょうか爆くん」
 ごく至近距離の修羅場を何処吹く風で吹き飛ばすデッドである。
「……ハ、ハヤテはいいのか?」
「いいんですよ。同じケダモノ同士、つもる話もあるでしょうし、そのままにしておきましょう」
 爆はいいのかなーという顔をしたが、結局デッドに従う事にした。貞操の危機を感じているのは本人が一番だ。
「あぁ、ちょっとそんな爆殿………!」
 遠ざかる気配に気付いたカイが、爆に近づこうと、捕らえようと腕を逃す。
 が。
「……ハヤテ。カイさんを捕まえていてください」
 ガシィ!!
 すかさず、カイを羽交い絞めにするハヤテ。
「う、わ!何ですかハヤテ殿!?」
「すまねぇ、カイ!俺は今のオマエも怖いが、それでも通常のあいつの方がもっと怖いんだ-----!!」
「貴方それでよく好きだとか何とか言ってられますよね」
「お前に言われたくない。お前だけには言われたくない」
 そんな2人を尻目に、デッドと爆は行くのであった。
 であった。



 まず、爆がデッドに言った。
「……ハヤテは、大丈夫か?カイはなかなかやるぞ?」
「大丈夫ですよ。カイさんの猛攻を受けるのと、言いつけを守れなかった後の僕の仕打ちを考えれば、どっちかましかぐらいの頭は持ってますからね、あのトリだって」
「……………」
 爆は何と言って良いのかとても迷ったので、沈黙に徹する事にした。
 次に言い出したのはデッドで。
「……気になりますか?」
「まぁ、そりゃ……」
 答えかけた爆に、デッドが質問をし直す。
「追いかけて来て、欲しいんですか?」
「……ッ!」
 ぼ、と、夜の面積が増えた中でも、爆が赤面したのが解った。
「僕は、貴方が選ぶ相手なら、納得しようとしましたが……
 どうして、カイさんなんですか?」
「どうして、と言われても………」
 理由を尋ねられて言えるのは、「なんとなく」だ。
 「なんとなく」カイが好きになった。
 ふと周りを見渡すと、カイだった。
 何でも断言する爆が口篭るその様子に、デッドは浅く息を吐く。
 あの人のあれが好き。これが好きというなら、それが無くなった時が嫌いになる時だ。
 そんな、明確としたものがないというのなら……
 嫌いになるはっきりとした理由もなくなる。
「さ、最初はあんなんじゃなかったんだけどな。
 むしろ遠慮しまくって歯痒いくらいだったんだぞ?」
 デッドの溜息の意味を取り間違えた爆が、カイのフォローをする。デッドは解ってます、と言った。
「だけど、まぁ、なんていうか、段々というか、俺の部屋に招いた時に…………
 ……………
 ………」
 今の爆に水の張ったやかんを置いたら、熱湯になりそうだな、とデッドは暢気に思う。
「爆くん、はっきり主従関係をつけないとダメですよ。
 調子に乗るには際限が無いんですからね」
「主従って……カイは犬じゃないぞ」
「似た様なものでしょう」
 ジョークではなく本気で思っているデッドだ。
 やがて、駅との分かれ道に着く。デッドとハヤテは電車通学だ。
「じゃあ、僕はこれで……」
「あぁ」
 デッドは数歩歩いて、後ろを振り返った。
 爆は、その場所から動いてなかった。
「……帰らないんですか……?」
「帰るぞ?」
 少し、声が上ずっている。
「……カイさんを、待つんですか?」
「……………」
 少し間を空け、爆は頷いた。
「どういう事になるか、解って言っているんですか?」
「……………」
 爆は、やっぱり頷いた。
「……………」
 正直、デッドは爆にカイは相応しく無いと思う。思う所かはっきり言ってやった事もあるが。
 カイには将来性があるだろうが、現段階でもっと包容力があり、爆を慈しむ事が出来て何より理性がある人は全く居ない訳ではない。
 が。
 爆に最も相応しい人。
 何だかんだ言って、それは爆が選んだ人ではないだろうか。
 それが解っているので、デッドだって、カイに本当にしたい事の半分以下で済ましてやっているのだ(あれでも)。
「……では……これを持っていて下さい」
「……何だ、コレは」
 爆はちょっと冷や汗を流し、それを受け取った。
 デッドが渡したもの……それは、何か黒魔術系の儀式で使われてそうな、眼も鼻もない人形で。
「いよいよ身の危険を感じたら、それの首の部分でも何処でも良いので、グキ!と曲げて下さい。グキ!と」
「グキ………」
「はい、グキ!っとです。
 ではこれで……あ、2度目になりますが、オレンジ、本当にありがとうございました」
 と、デッドは、とても呪術アイテムをあげた人物とは思えないような、爽やかな笑顔を最後に残して行った。



 駅である。
 人の波がやって来た。電車が止まったんだろう。
 後ろから怒涛に流れる人の流れに逆らい、見知った顔を見つけた。
「……ご苦労さまです。ハヤテ」
「……あと1分、もういいのメールくれるの遅かったら……死んでたかも。俺、死んでたかも」
 うわ言のよーに何やら呟くハヤテだが、ほかっとこう。
「んとにもー、あいつ爆が絡むとありえねぇくらいとんでもねぇよ……口調も途中で変わってたし……
 あ、そうだ。爆はどうした?」
 ハヤテはハヤテで、爆を弟みたいに思っている。だから、あんな危険人物2人(カイ&デッド)に構われてる爆の身を案じてやまない。
「爆くんは、カイさんを待ってますよ」
「ふーん…………。って、何で-----------!!?」
 それが事実なら、さっきまで身体張ってカイを止めた自分の努力が全く無駄に!いやむしろ無ではないか!!
 それを主張した所だが、またアリの前の塩みたいに無視されるかと思えば、自然に引っ込む。
「……明日、爆出て来られっかな」
 今の今まで格闘していたが、それとこれとは体力が別のような気がする。
「大丈夫でしょう」
「わ、軽」
 ハヤテが言うように、デッドの口調は軽い。
「ああいう積極的なタイプは、案外相手の方からの誘いに弱いものですよ。
 ……それに、対策はばっちりですからね……」
「………………」
 明日の爆の身体も心配だが、それ以上にカイの命が不安になってきた。
 2人は乗る番線が違うので、改札口を通ったらお別れだ。
「また、明日な」
 結局オレンジ貰えなかったな、と背中に哀愁を背負ってホームの階段を行く。
「ハヤテ」
「ん?」
「あげます。ポケットに入れっぱなしでした」
 ポイ、と投げて寄越されたのは、丸いキャンディ。
 オレンジ味だった。



 愛を囁く日ではなく、愛を確かめるこの日。
 その、締めくくりはデッドに届いた「デッド!カイが!カイが動かなく!!!」という爆からの電話だった。
 ……何をしようとしたんだ、カイ……




 <終わり>





図らずとも大作に!色んな意味で大作に!!(長さで大作。馬鹿さ加減で大作)
純朴だったカイが自分でも懐かしいです。でも書くのはこっちがスゲー楽しい。
あ、カイはちゃんと翌日には蘇生しましたよ。ギャグで人死を出す訳には。

タイトルがやっつけ気味に思えるのは気のせいではありません。
とある単語にインスピレーションを感じて出来た小説にはその単語タイトルにすればいいんでしょうけど、それ以外だとねぇ。
特に内容から出来たヤツとか。
よって、長くなったりする訳ですよ。(つーかもうタイトルも文章?)

私信草原殿へ。
貴様の為にハヤデを幸せっぽくしてやったぞい。
え、幸せぽくねぇ?(ハヤテが?)