オレの事を可愛い可愛いって、師匠の影に隠れて貴様も言ってるの、ちゃんと知っているんだぞ。 でも、オレは。
カイの朝は早い。夜も早い。 人里離れた場所で長い事住んでいたからなのかは知らないが、冗談抜きで太陽を常に浴びる時間だけ生活していたらしい。 今、自分と暮らすようになって。 さすがにそんな事は無くなったが、それでも陽が沈みきった後になると、染み付いた習性故か、瞼がとろんとしているような気がする。夕食後には、特に。 「カイ」 「------っはい!何でしょう」 呼ぶとビク!と身体を引きつらせる。は!いかん眠る所だった!!という現れだろうか。 「もう、寝ろ」 ピ、と寝室の方を指差して。 「……爆殿は?」 「オレはまだやる事がある」 「じゃぁ、私もまだ………」 言い募ろうとする額を、ペシンと叩いた。 「側にそんな眠そうな顔を置いたら、オレまで眠くなるだろうが」 そう言えば、耳を垂らしてはい、と返事をする。 居間のドアを開け、すごすごと引き下がる後ろ姿を見て、思う。 本当に、こいつは-----
あの、4文字
時計の鐘が鳴る。そろそろ小さな子は母親に、「良い子はもう寝るのよ」とか言われる時間だ。 そういうのは、鬱陶しいらしい。 そんなものだろうか、と爆は小耳に挟んでは思う。 そんな事を言ってくれる人は居なかったから。 今は側に居てくれる人が居る。 しかし、 「先に寝ている……」 呟いた言葉に、自分で噴出す。 転々と地を渡っている内に増えた知識を買われ、地質調査などを頼まれた。 どうなる事かと当初は思ってみたが、激に要領を教わり、なんとか形にはなっていると思う。 終わりが見えてきたので、小休止。そして一気に書き上げよう。 「…………」 ココアを淹れて、ほっと一息。温かさが身体の隅まで行き渡るような、心地よさ。 室内は適度に温度が保たれ、寒くはないが、それとこれとは別の話。 爆は、徐に立ち上がる。 そしてそぉっとそぉっと。足音を決して立てないように。 最も、立てたとしても大して意味も無いのだろうが、気分的な問題だ。 寝室に着いた。やはり静かにドアを開ける。 そうして、そのまま静寂を崩さぬよう注意を払いながら、カイの顔を覗き込める距離まで来た。 バンダナを外し、少し横を向いて寝ているカイは、実は長い前髪が顔に黒い線を引いている。 ちょいちょい、とそれを払い、顔を露にする。 「…………」 いつの頃だっただろうか。最近のようにも思えるし、もっと前だったようにも思える。 ただ、毎朝自分を起こしに来るカイ。 起こされるまでその気配に気づかなくて、何と無く恥ずかしいような腹立たしいような。 ”爆殿って寝ている顔も可愛いんですよv”とよりによって師匠に惚気ている場面に出くわして、あの時は火が出る程恥ずかしかった。 だったら、カイのも見てやると。 昔の自分が見たらビックリするような、なんとも子供っぽい報復。 そうして、見に来て。 それから、頻繁に。 ベットで眠るカイ。 それに手を伸ばし-----鼻を、摘む。 起こさないように今まで努力してここまで来た事を思うと、なんとも矛盾しているが。 鼻を摘んだが、起きる気配は窺えない。 ただ、眉を顰め小さく唸るようにうーと言ってるだけだ。 ぱ、とその手を離すと、また元の穏やかな表情に戻る。 耳も触る。 が、こっちには特に何の不都合もないのか、耳を上下に揺さぶっても何の反応も得られない。 もう一度鼻を摘む。顰める眉。離す。戻る表情。 「…………」 くつくつくつと喉で笑う。 そうして、こっそり言ってやるのだ。
「可愛いな、お前は」
カイは、可愛い。 何でと言う人も出るだろうが、本人がまず言うだろうが、これは絶対に譲れない。 こんな風な仕草とか、顔とかじゃなくて。 自分が何気なく言った事に、真剣に頭を悩ます所とか、初対面無礼な態度を取っていたのに、次に顔をあわせた途端「爆殿爆殿」と連呼する所とか。 言ってみれば。
「生き方が可愛い」
言ってしまえば、不器用な性格。 下手糞な生き方。 だけども。
「痘痕も笑窪、というヤツか?これは」
まぁ、お互い様だろう、という事で。 もう一回鼻を摘んで、爆は部屋を後にした。
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