「捕まえた」 久しぶりに故郷の土地を踏んで、少し油断していたかというと、そうのかもしれない。 いや、こうして捕まってしまった以上、明らかに油断していた。 う、と危うく噴出しそうになった、ワゴンの屋台で買ったアイスコーヒーを飲み込む事に成功し、爆は後ろを振り返る。 「……ピンク」 そして、そこに居た人物の名前を口にした。 「んふふふ、爆〜、久しぶりねぇ〜。本ッ当に久しぶりねぇぇ〜」 「…………………」 にっこぉ、と顔は笑っていても、雰囲気でそれが本心からでないと解るから、人は不思議だ。 ……まぁ、無理も無いだろう。 おそらくは自分の身を案じて連絡してくるメールを、尽く一言だけの返事で返してしまっているのだから。 しかも、ユーザー登録した定型文で出していると知ったら、と考えるだけで恐ろしい。今のところ、まだバレてはいないみたいだが。 「明日集まりがあるんだけど、アンタも出るよね?」 「………………」 ここで、”NO”と言える人物がいたとしたら…… それはきっと、余程の愚か者か、人生を儚んだ者だろう。 「……解った。出てやる」 渋柿と青汁を一度に食べたらこんな顔になるんじゃないか、という表情で爆は言った。 「そ♪無理しなくていいんだけど?」 爆の返事を聞いて、ピンクは再びにっこぉと笑った。先程と違い、これは本音からだろう。 「さーて、それじゃ買い物再開しないとね。 爆、一緒に来なさい」 掴む場所を肩から腕へと変えて、ピンクは爆を引っ張り、歩き出す。 「ちょっ、おい!何故オレが貴様の買い物に付き合わないとならん!?」 「何よ、自分が食べる分くらいは自分で持ったらどう?」 「はぁ?………て、まさか……」 一瞬ピンクのセリフの意味を掴みかねたが、そこは察しの良い爆である。 言わんとする所がなんとなく解った。この場合、解って”しまった”と言った方が正しいのかもしれないが。 ピンクは振り返って言った。 「アンタ、今日ウチに泊まりなさいねv」 「……オレが逃げるとでも?」 「うん♪」 「………………」 仮にこの先、タイムマシンなるものが出来たのならば。 爆はすぐさまそれにのり、ピンクのメールにはちゃんと返事を出すようにと、昔の自分に忠告したい。 しかし、現時点ではそんな物は無いし、信用を一瞬で構築するのも無理なので、爆は大人しくピンクに従うのであった。
夕食が終わった後でも、ピンクはキッチンから退かない。 今度は、明日の為のお菓子作りだ。 「いや〜やっぱり爆を引っ張り込んで正解だったわv あたし、どうも分量はかるのって苦手でねぇ〜。もっぱら目分量」 「そんな作り方ばっかりしてるから、行き当たりばったりな味にしかならんのだ」 袋から出した小麦粉を振るいにかけてながら言う爆。エプロンをつけたその姿は、雹が鼻血出して喜びそうだ。 「失敬ね。これでも評判なんだから。「ゲームをする時にゃ、ピンクの菓子がぴったりや!」ってルーシーも言ってくれてるし」 ……もしかして、ゲームの前に”罰”がつくのでは、と爆は思ったが、あえて口にすることはしなかった。 とはいえ、時折くれる味見のスポンジの欠片やクッキーの残骸などは結構いい味だしていた。腕自体はそう悪くないようだ。ただ、目分量の為、失敗する時はドガンと失敗するみたいだが。 「………明日は、皆集まるのか」 爆は、器用に卵の殻で卵白と卵黄を分ける。 「そうねー、いつも出席率99%だし」 残りの1%は、言うまでも無く爆である。 「まぁ、ダルタニアンとか、ライブ(デッド)はたまに都合の悪い時があるけどね。 遅刻するのは大概激!それと、それにくっ付いて、カイ」 その名前を口にした途端、パギャ、と卵が潰れる音がした。 「すまん、潰した……」 ボウルの中から殻を取っていく。 (………ふぅん) 「カイ、邪魔?居ちゃダメ?」 「そ、そんな事言って無いだろう!」 ”別にオレはカイとは言ってないぞ!”----普段なら出るだろうセリフを、爆は忘れている。 「別に?アンタさえその気なら、簀巻きにしてどっか捨ててきてもいいし?」 と、ピンクが言った時、サーにいるカイに謎の悪寒が走った。 「だ、だからだな!」 「ていうか、明日カイ来れないって」 「え………」 「う・そv」 あからさまに落胆の表情を見せた、と自覚した爆は、顔の温度が一気に上昇する。 してやったりな表情を見せたピンクは、ガシャンとオーブンの蓋を閉じた。 そして爆は、そんなピンクをジロリと滲んだが。 真っ赤になってしまった顔は早々に静まらないので、なんとも気迫には失せたものだった。
------時が止まった----- 今のカイの心境は、まさにそんな感じだろう。 今回、激と別々に来る事になったカイは、約束の時間より30分程早めに訪れていた。彼の性格が窺える。 いつもの集会場となる、ピンクの家の呼び鈴を鳴らし----しかし、出てきたのはピンクではなく爆だったので。 カイは一目見るなり、現実を処理し切れないのか、コチーンと固まってしまったのであった。コンピュータで言うなら、フリーズの状態にあたる。 再会約3分。カイと爆の間に交わされたものは、沈黙のみだった。 最初に動いたのは、やはりというか、爆だった。 「…………このッ!」 バキ! 「あだー!」 爆の姿を見て、全部止まってしまった体の機能が、殴られた事により再開させる。一番に戻ってきたのは痛覚なのは、言うまでも無い。 「全く!人の姿を見るなり挨拶も無しに固まって!!そんな幽霊でも見たような態度を取るな!!」 「え、あ、い、いやだって……!爆殿、本物ですよね!?また私の夢とかじゃないですよね!!?」 「……待て。貴様はそんなに度々オレの夢を見るのか……?」 カイは動揺の為か、爆弾発言を投げてしまった事に気づいていない。 「当然ですよ。滅多に会えないし、何処にいるのかすらも解らないし………」 嘘のないその言葉は、切々と綴られる。殆ど勢いだけで言っているに違いない。 「爆殿……」 「………」 夢である事を、まだ疑っているようなカイは、爆に手を伸ばした。 と、その時。 「あー、今日は暑いわー」 「ホント、紫外線はお肌の天敵よね!」 「微妙に会話がずれているぞ、2人とも」 どやどや、という効果音が聞こえそうに、ルーシーとアリババとジャンヌ登場。 3人は前の前に壁みたいになっているカイにん?となり、おやおや?とカイの背後から向こうを除き、爆を見つけあ!となった。 「爆!!爆やないか!!ウチのダ〜リンや〜vvv」 「ウソウソ!やっだぁ、今日のアタシのラブ運星1つだったのに!!あの雑誌もう買わない」 「し、しまった!!もっといい服着てくるべきだった……!!」 女3人よると姦しいとはよく言ったものである(1名は違うけど)。 カイと爆----主にカイだが、の失敗は、自分達の居る場所を忘れた事だった。 (…………は!よく考えたら、爆殿に挨拶してない!!) それに気づいたのも、爆が3人に部屋へ連れられてからの事だった。
集会とは言っても、特別に何かを催す事は無い。 各自持ち寄ったお茶菓子などを摘みながら、近況や最近面白いと思った物等を会談するだけだ。 しかし、今回はスペシャルゲストの爆が居たので、皆のテンションはいつもより5割り増しだった。 皆にアルコールが入る時間も早く、雹と激、2刀流VS棍棒の意趣格闘も早々に沸き起こった(原因は爆に関するものだと予想される)。 絶え間ない笑い声。コミュニケーションの揶揄。随所で見られるボケとツッコミ。 そんな中、この中の2人が抜け出した事なんて、誰も気づかないのだった。
太陽がゆっくりと沈んでいく。 今は、丁度夕方と夜の境目だった。 昼から集まったのだが、爆が皆に捕まっていたため、こんな時間になってしまった。 「爆殿」 家の中と違い、外はとても静かで、囁くような自分の声でも、飛び上がるくらい大きく思えた。 「で?外に連れ出して。何の用だ」 「その前に、少しいいですか?」 「………?」 カイは数歩、爆に近寄った。 そして。 バッ! 徐に服の裾を持ち、上へたくし上げた。 「…………。 …………………。 !!!!!!!!!!!!!」
ゴォォォォオ〜ン…… 「おや、鐘の音かな?」 「えー?この辺に神社なんてないけどー?」
「きききき、貴様は!貴様は〜〜〜ッ!!!」 物凄い衝撃で、とても人の拳で繰り出されたものとは思えなかった。 頭蓋骨が陥没したのでは、と思い、すみません、父上母上、私は志半ばで息絶えます……と両親にメッセージを送ってしまったくらいだ。 「ち、違います!爆殿!!」 何とかダメージから回復したカイは、爆の顔を見るなり、早く弁護しなければ今度こそ殺される!と直感した。それは、多分正しい。 「何が違う!!と、言うか、何をしようと企んだ貴様!!!!」 あまりの事に、涙まで浮かんできた。 雹や激はともかく、カイはしないだろうと思っていたのに!! 「爆殿、あの、」 「何だ!」 「………。傷跡が」 頭に上っていた血が、一気に下がった。 「昼の時に、少し見えたんですよ……どうして残すんですか」 確か、師匠から習った術は、後すら残さず傷を癒す筈だ。 「………戒め、みたいな物だ」 日の落ちた風景に馴染み込むような、とても静かな声だった。 「怪我を負った事を忘れさせない為にな。……人は痛みを忘れ易い」 それはおそらく、長い人生を生きるためには必須なのかもしれないが。 「……お守りみたいなものですか?」 「そういう風にも、捕えられるな」 「…………」 そうですか、とカイは言った。 それから、爆の胸の真ん中に手を当てた。 そこから広がる、じんわりとした柔らかな温かみ----- 「おい!?」 知っている。これは術をかけられている時の感覚。 服の下では、傷跡が消えている事だろう。 「何のつもりだ!こんな事……!」 「だって、何か………」 「何だ!はっきり言え!」 「……………。 悔しいじゃないですか」 少しの間を置き、出たカイのセリフはそれだった。 「悔……しい?」 「爆殿に、残るなんて……」 しかも痛みを与えて苦しめた物なのに。 それなのに、その時だけでなくて、その後もずっと爆の肌に留まっているなんて。 -----許せない。 「アホか貴様は!傷跡にも嫉妬するのか!!」 「……どーせ私はアホですよー」 開き直った不良少年みたいに言って、無礼のついでとばかりにぎゅ、と抱きすくめた。 離せ!と暴れるが、純粋な力比べではカイに分がある。 ダメージを効果的に与える攻撃も、こう密着した状態では難しい。 「アホで、馬鹿で、力も足りなくて。 爆殿が大怪我をしていても、何も出来ない……」 と、自分で言ってる内に自己嫌悪に嵌ったのか、表情も曇れば耳も垂れる。 「えぇい勝手な事をして勝手な事を言って勝手に自己嫌悪になって! 本当に貴様は勝手なヤツだな!! 今ので、貴様がつけた跡も消え………ッ!!!」 「…………」 は、と口を閉じたが……時はすでに遅かった。 セリフは途中までだが、それに続く言葉を予想するのは難しくない。 「………だから、術をかけなかったんですか?消えるから?」 「〜〜〜〜〜〜ッ!」 今の爆の頭上に、水の張ったヤカンを置いたなら、あっという間にお湯になりそうだ。 「……そうだったんですか。すみません、気が付かなくて」 「……すみませんとか言いながら、何を嬉しそうにしている!!」 怒鳴ってみたが、所詮は照れ隠しだった。 「じゃ、早速新しいの付けますね♪」 「調子に乗………ッ!」 首筋にチクリと痛みが走る。それだけならまだいいのだが、背筋にゾクリとしたものが走る方が余程困る。 なんだか、昨日から赤面してばかりだ。 せめて不機嫌を知らせるため、爆は眉間に皺を作って口を固く噤んだ。吸われた所がジンジンする。 「爆殿」 これ以上無い至近距離でカイが呟いた為、爆の肩が撥ねる。カイの唇の皮膚が感じられそうだ。 「今付けた後が消えるまでに、絶対貴方に追いつきます」 「……………」 「本当です」 私が今まで貴方に嘘をついた事がありましたか?というカイの問いに。 爆は無い、と返した。
だからそれまで、爆殿は怪我をしないようにして下さいね? やっぱり、私以外の跡があると、腹が立ちますから
と、カイがあまりにも傍若無人な事を言うから。 爆は怒り切れず、思わず笑ってしまった。 それを見て、カイも笑う。
そんなカイの幸せは、爆と抜け出して何をしていた、とピンクに袋叩きに遭うまでの、非常に短い時間だったが。
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