声を聴かせて




今の時期。学校では卒業式を送る為のイベントで何かと忙しい。今月入ってまだ一回も直に会っていなかった。
 特にカイは、それの実行委員に選ばれてしまったので、満足にメールすら送れなかった。
 はあ、とカイは湯船に浸かりながら溜息を吐いた。
 ただえさえ、距離が離れてて会えないというのに。
 これ以上障害を増やさないで貰いたい。
 あんまり会えないと、まぁまず在り得ないだろうが、爆の顔や声を忘れてしまうそうだ。直接見るのは叶わないでも、せめて声だけでも聴きたいくらいだ。あぁ、爆に飢えている。
 長風呂の性質ではないのだが、この長髪のせいで、それなりの時間を要するのは否めない。
 ガシガシと勢いで髪を乾かそうとタオルで拭いて、風呂場から出れば自分の師匠の声。
 独り言にしてはややおかしい。どうやら電話をしているみたいだ。
「……でなー、あいつこの前のバレンタインでチョコ8個も貰ってやんの!!しかも手作りだぜ、手作り!!
 ありゃ本命だな、絶対」
「ちょっと師匠、あまり人の事……を…………」
 風呂で流した分の水分を補給しようと、冷蔵庫からドリンクを取り出した姿勢のまま固まる。
「ちょちょちょっとコレ私の携帯電話じゃないですか!!何を勝手に!!」
「失敬な。勝手になんか出てねーよ。ちゃんとオメーが風呂はいってっかきちんと確かめて出たんだ」
「確信犯だー!!
 誰と話てんですか!!」
「爆」
 ごふ。
 カイは2リットル程吐血した気分になった。
 有無も言わせねぇ勢いで電話を引ったくり(この場合じゃ後の事なんか考えている余裕はない)、それが出来たなら音速すらも超える速さでカイは自分の部屋に戻りベットに腰かけた。
「もしもし!もしもし爆殿!!」
『……そんなに大声出さんでも聞こえる』
 ああ、爆殿の声だ。
 別に激を疑う訳ではないのだが、いかんせんあの師匠は自分をからかう事を人生の楽しみの一つにしているきらいがあるから、おいそれとは信じられないのだ(て事はやっぱり疑っているのでは)。
「あの、それで一体何ですか?」
 爆が電話をする、という事がまず信じられなかった。
 電話はあまり好きではない、と本人の口から直接聞いた事もあるし。
 何故好まないかというと、まず、目の前に相手が居ないのが嫌だし、何より電話の声は電気信号に変えられた、厳密に言えば本人の者では無い声なのだ。その辺がどうも受け付けないらしい。
 よく思ってみると、メールはよくやりとりをするが、電話で話すのはこれが初めてではないだろうか。
『用……と言うか………』
 爆にしては珍しく歯切れが悪い。
やや間を置いて爆が言った
『……チョコ、たくさん貰ったみたいだな』
 げげぶ。
 カイは10リットル程吐血した気分になった。
「ああああ、あれはでもよく行く店の人からとか、きっと義理ですよ、義理!!お歳暮みたいなものですって!!」
『手作り、だったんだろ?』
 んげふ!!
 し……師匠〜〜!!今回のは(ていうか今回も)ちょっと笑えませんよ〜〜〜!!
 電話なので相手の様子を窺えないのが余計怖い。嫌な汗をかき始めた。
「あの……!」
『別に、余り気にしなくてもいいぞ。……オレも貰ったし』
 ズガーン。
 きっと……頭を打ち抜かれるのはこんな感じだろうな、とカイは思った。
 そりゃー爆殿ですもんね。チョコ、無い方がおかしいですよね……エヘヘ。
 ズガーンとカイがショックを受けてから、小一分経った。
 折角の爆からの電話だ。ズガーンとしたままでは勿体無い、と結論付けたらしい。
 そう言えば、電話の理由をまだ教えて貰ってなかった。
 カイは再度訊ねる。
「それで、何か……」
『……嘘だ。母親から貰っただけだ』
 唐突なセリフにへ?となる。それが、先程の会話(?)の続きだと解るのに然程時間はかからなかったが。
『それと!今月は忙しいみたいだから、会うのは来月にしよう!春休みにも入るしな!
 それが言いたかっただけだ!』
 それはとても早口に、じゃあな!という言葉を残して電話は切れた。ディスプレイに、電話に受話器が置かれている絵が浮かび上がる。
 何だろう。何だったんだろう。
 それくらいの用なら、いつもはメールで済ましてたのに。
 それとも。
 爆に会えないのなら、せめて声だけでも、という願いが神様にでも通じたのだろうか。
 いや、この場合。
 通じたのは爆に対して、だろう。
 電話のボタンを一つ押す。すると、さっきまで話していた相手の番号と、登録してあるのなら名前。それと通話時間が表示される。
 これは、確かに爆が自分に電話をくれた証だ。
 次のがかかってくるまでの短い命だから、カイはそれをしばらく眺めていた。

 就寝前、おやすみさないとメールを打った。
 少し考え、”爆殿からのチョコが欲しかったです”と入れてみた。
 次に会った時の、爆のリアクションが楽しみだ。この辺り、自分は確かにあの師匠の弟子なのだと思った。
 会うときにはもう春だから、桜を見に行くのもいいかもしれない。
 色んな事を寝る前に思って、最後に、電話を発明した人はつくづく偉大だ、と思った。




 遠く離れた場所でも会話が出来る

 それ以前に、

 ねぇ、


 声を、聴かせて




聖夜・新年カイ爆に続く作品です。現代パロシリーズと命名しました。ふー、やれやれ。
ワタシも電話は苦手な人です。連絡網なんか回って来た日にゃパニックです。
だいたい電話しなきゃならんくなった時には前日から覚悟決めてるもんなぁ。何でこんなに緊張するのか。自分で自分が解らない。
本当は爆サイドの話もあるんですが、また長くなりそーだから分けましたvなるたけ早く仕上げますv