奇跡の幕間



「なぁ、もしもしカイ君よ」
 この師匠が自分を君付けで、しかも酒など呷っている時なんてロクな事にならない。
 とは言え、無視は出来ないものだから。
「……はい、何でしょうか」
「爆とヤった?」
 ズゴーン!!
 カイは強かに額をテーブルに打ち付けた。
「何だ、まだかよ。早くしねーと腐るぞ。生物だから」
「……爆殿はプリンや刺身ですか--------!!!」
 何言われてもリアクションなんかしてやらないぞ、というカイの決意は脆くも崩れ去ってしまったのであった。
 明らかに激昂しているカイに、激はカラカラと笑った。こいつのこんな表情はカラスミよりよっぽどいい酒の肴だ。
「まぁ、オメーの性格からして、それはあと3年半くらいは在り得ねーと思うけどよ」
「何ですか。その微妙に具体的な数値は」
「で、爆と何かあったか?」
 自分の意見をさらりとかわされたが、それはいつもの事だ。とは言えこめかみが引きつるのは仕方が無い。
「何か、って何ですか」
「だからさー、例えば。
 愛を証明するために疾走するトラックの前に飛び出てみたとか、イトコと歩いている所を恋人だと勘違いされたとか、何気に受けた診察で重い病気(主に脊髄系)が発覚したとか、幼い頃東大に行こうねと約束した事がつい最近発覚したとか、朝起きたらお前の右手が爆になってたとか」
「すいません。どれからツッコんでいいか解りません」
「いいか、カイ。こういう事で何もないのは停滞しているのではなく、むしろ後退しているんだ。日々進んでいかにゃ」
 果たして激にカイの声は届いているのか。
 いずれにせよ結果は同じなのだが。
「別に私だってこのままでいい、なんて思ってませんよ。
 やっぱりずっと一緒に居たいし、同じ学校にも行きたいし、出来れば教室も一緒でありたいし、廊下なんかですれ違った時にはノートで頭ぱこんとかしたいし、そんな事したら多分爆殿怒るだろうけどきっとそんな顔も可愛いだろうし」
「カイ。黙っていいから殴らせろ」
 ぐ、と握った拳は本物だった。
 カイはそれを見ないようにして、今自分が言った事(単純に”妄想”と言い表します)が現実だったなら、どれだけいいだろうか、と思う。
 実際には学校所か住んでる所も中途半端に離れている。いっその事思いっきり遠くだったら、まだ整理出来るのかもしれないが。
「はー……爆殿ー」
 現実に押しつぶされそうになったカイは、爆の名前を溜息に混ぜてみた。
「おうおう、切ないねぇ、青春グラフティだねぇ」
 とぷとぷとコップに注いだ酒は何杯目だろうか。あ、一本空になってる。
「けどそれも後少しなんだろー?高校は同じ所狙うんだし」
「えぇ、まぁ………… 
 …………て、どーして師匠がその事知ってるんですか-------!!?」
 今が夜でなければ、声はもっとでかかった。
 激はピン、とまず人差し指を立て。
「1、師匠には超能力がある。
 2、実はこの眼は千里眼だ。
 3、現郎から訊いた。
 4、携帯のメールをちょっくら
 さぁどれだ!!」
「さ………3!!」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー!!」
 ………(溜め)
 ………………(溜め)
 ………………………(溜め)
「………正解ー!!」
「よ……良かったぁぁぁぁぁあああ!!」
 4番だったらどうしようかと思った。だとすれば私と爆殿二人きりのやり取りが!!
「と見せかけて実は4番」
「え----------!!!」
「嘘♪」
 ズゴーン!!とカイは再び机に激突した。ここまで来ると机の方の心配をしたくなる。
「あ、あ、あ、あの、ですねぇ……」
 ググググ、と身を起こしながら。
「毎度毎度私をからかって、一体何が面白いんですか!!?」
「リアクションと顔」
「うわー、的確だー!!」
 頭抱えて喚くカイに、あー、楽しい、と酒をまた一口。
「本当は爆もおちょくりたい所なんだけどよー、アイツ怒らせると五体満足でいられる保障がねぇし。
 お前も俺に爆弄られるんの嫌だろ?
 だったら我慢しとけ」
「……師匠」
「何だよ」
「以前からずっと思ってたんですけど」
「だから、何だって」
 必要以上に言い渋るカイに、激は先を突っつく。
 カイは一呼吸置いてから、はっきりと言った。
「師匠は、爆殿の事が好きなんですか?」
「うん、好き」
 あっさり(擬音語)
「……………………………………………」
「で、何か」
「あの………こういう時で、面食らった表情した後にでも意味ありげに俯いたりどうみても何かある素振りで「何でもねぇよ」とか言ったりして急に不機嫌になったり次の日から私にも爆殿にも必要以上に素っ気無くなって、でもってそれを爆殿が気にしたり私とも微妙になったりでも結局そんなのを乗り越えて前よりずっと親密になったりとかいう、そういう役どころなんじゃないですか?」
「お前ってやっぱり俺の弟子なんだな。いや、別に嬉しかねーけど。これっぽちも」
 カイは心の中でだけ私もです。と言っていた。
「好き……だったんですね?」
「いいや」
 カラン、と氷が鳴る。
「今も好きだ」
 激は別に今までの表情を崩しても無かったし、ましてやシリアスなんて顔は全然してなかった。
 けれど、上のセリフは本心だ。間違いない。
「でしたら、どうして」
 何だかんだおちょくってはくれるが、激は自分と爆との事を好意的に受け取っていてくれる。
 いつぞやにクリスマスの事だって、結果としてはオーライな方向だったが、自分たちの為にあれこれ盛り上げてくれていた。大失敗に終わったものの。
「そりゃ俺だってな。奪えるんなら奪いたいさ。近くに居るんだし」
 近くに居るのは果たして爆の事なのか、あるいは爆の想い人の事なのか。
 ……前者にしておいた。そうでなかったら怖いし。
「でもよ、しょーが無いんじゃねぇ?」

「爆がカイがいい、っつってんだし」

「……………」
「照れるな。キモい」
 寄りによってキモいは無いだろう。とはあまりこの時のカイは思わなかった。
「全くよー。
 でなかったらもうとっくに聞いてる方がおえっと吐きたくなるようなえげつない手段使って爆を俺のモンにしてるってのによー」
「し、師匠、”でなかったら”の話ですよね!?”でなかったら”--------!!」
 その懇願は悲鳴に近かった。
「だから、ま、あれだ」
 とくとくと酒を注ぐ。
「宣戦布告ならともかく、すみませんとか言いやがったらぶっ飛ばすからな」
 最初と全く変わらないペースでグラスを空にした激に、カイはハイ、と答えた。


 好きな人には笑っていてもらいたいもんさ
 その先が自分でなくてもな。

 別に抱き締めて”アイシテル”って囁くだけが
 好きの証じゃない
          のさ。




良く少女マンガだのドラマだので、ヒロインとヒーローがくっつきそうになると「実は……」みたいに告白するヤツは正直鬱陶しいと思うのです(話の展開上必要だとしても)。
なもんでこの激はそんなワタシの理想を押し付けてみました。
その人に好きな人がいて、そいつもまたその人を好きで幸せだというのなら、これ以上何を望めばよいのやら。
幸せにする相手が自分だなんて2の次3の次でも良いのです。肝心なのはその人が幸せであるかだから。
まぁ、ワタシの価値観なんですけど(汗)
この激って隠れ漢よね(別に隠れてませんけど)