「……落ち着け……大丈夫、大丈夫………」 カイは一人でぶつぶつと呟いていた。 とは言っても別に、他人には見えないもう一人の自分と話しているだとか、ましてや痴呆症の表れでもない。 声に出して改めて認識させ、自分に自信をつけさせているのだ。まぁ、一種のマインド・コントロールだ。 「……良し!!」 覚悟を決めたのか、カイは勇んで扉を開ける。と、外で待っていた人が居て、もろに当たってしまったのでひたすら謝った。あやりよくない幸先だ。 やはりトイレに居たのはまずかったか、しかし一人になれるのは此処しかないし…… あぁいかん、今からこんな事では!! ぶん、と首を振って、さっきの決意を取り戻す。席には爆が一人座っている。 店内は結構ざわついているというのに、爆の付近だけ静かに時間が流れているような錯覚を覚える。空になってしまったグラスの氷を、ストローでくるくるかき混ぜる。そんな爆殿も可愛いなぁ、ってだからこんな事を思ってる場合じゃないんだって!! 毎度毎度、何処かで盗聴してんじゃないか、と疑わせる程のタイミングの良さ(いや、自分にとっては悪さなのだが)で出現するピンクを出し抜き、爆と二人っきりになれる所までは成功した。 次は。 これから二人っきりで旅行に出かける約束をするのである!! 一度約束してしまえばこっちのもんだ。爆はそういうのを重んじるタイプだし、だとすればピンクもあからさまな妨害も出来ないに違いない!! そして……旅行先で二人だけになった暁には。 暁には------!!! 「…………カイー?」 「はッ!!」 席に戻ってから思いっきりトランスしていたカイは、爆呼びかけてよーやくこっちに帰って来る事が出来た。想像だけでトリップしてしまうとは、何て事だ、全く。 「……爆殿………」 「ん?何だ?」 並みの人なら思わず引いてしまうだろう、カイの真剣な剣幕にも爆はへっちゃらだ。 カイは、この瞬間の為に何度も頭の中でシミュレートさせたセリフを言う。 「あのッ………今度、何処かへ行きませんか!?少し遠くまで!」 「……………」 今から思えば、いや、この時でもちょっと唐突過ぎたかな、とは思った。 爆は突然の申し出に、ちょっと面食らったような表情をしたが。 「あぁ、勿論いいぞ」 …………!! やっ…………たぁぁぁぁぁぁぁ!! カイの中でファンファーレが鳴り響く!!今日の太陽は俺の物だ!!(意味不明) 「で、何処に行くんだ?」 「はい!それは………」 「早く決めないとな。ピンクにも色々都合があるだろうし」 「………………………………………………………………………………」
”二人っきりで” と言うのを忘れてた。
で。 カイはピンクと爆でセカンのとあるアミューズメントパークに来ていた。 「…………………」 何でだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!(←カイの心の中) 「どうしたぼさっとして」 「もたもたしてると置いて行くからね〜。本当に置いて行くから」 言われるまでもなくンな事ぁ解っているカイだから、重い足をずりずり引きずり、園内へと入る。 はぁあ〜、一体どうしてこんな事になってしまったのやら。 計画だったら今頃爆殿と、何処かもっと静かな所に2人っきりで行ったりして、そいでもって何だかいい雰囲気になったりして、肩になんか、こう、手とか乗せたりして、そして…… 「カイ、チカット」 「え、ハイ」 爆に促されるまま、入場券と一緒に買った一日フリーパスを渡し。 ぞろぞろと前のピンクと爆について行ったら。 座らされ。 ガシャン。 セーフティーレバーが落ちる。 えぇーっと…… これはアレかな? 無意味に高い所まで無意味に速い速度で上がり無意味に落下する系の。 絶叫マシーン。 「………………」 自分の状況についていけないカイの横で、ピンクがわくわくしている。 『5!』 何処かにあるのだろうスピーカーからカウントダウンが聴こえる。 『4!3!2!』 観客もそれに合わせる。置いてけぼりを食らっているのはカイだけだ。 「…………………」 『1!』 そして。
……果たしてどれだけの人が気づいているのだろうか…… 絶叫マシーンとは言うけれど。
本当に怖い人は、絶叫なんかしないのだ。
「呆っれた。アンタ武術家のクセにああいうのダメな訳?」 ぐったりと崩れるように座り、殆ど一個のベンチを占領しているカイにピンクは言った。 「まぁぁったく、腰の抜けたアンタを運ぶ時、どれだけ一目を集めまくったやら。 一体何の為の修行なんだか」 「……自分で高い所に行くのはいいんですよ!自分の力では! でも機械とかの力で無理やり行かさせられるのは………!!」 そのセリフで思い出してしまったのか、青ざめ、あわわと自分の腕で自分を抱いた。 ちなみに爆の姿が見えないのは、そんなカイの為冷たいジュースを買いに行ってるからだ。あぁ、爆殿は優しいなぁ……(ジーン←感激) 「……それにしても……さっきまでのカイの表情ときたら。………クスv」 「やぁぁぁぁぁッ!思い出さないで下さいぃぃぃぃぃぃッ!!」 カイは悶絶した。 おそらく自分は今とてつもなく情け無い表情をしているんだとうな、という自覚があったのだから第3者の目からはそれはそれは酷く情けない表情をしたいたに違いない! 「あんまり面白かったんで写メール撮っちゃったvって言ったら?」 「嘘ぉぉぉぉぉぉッ!!」 「……いくらで買う?」 「………ピンク殿………その顔はマジですね……」 カイの脳裏に”暗黒街”という単語がちらついた。 「何だ、結構元気そうだな」 と、爆が帰って来た事でおどろおどろしい空気は身を潜めた。 「グレープフルーツにしたぞ。飲めるよな?」 「……すみません。お手数かけてしまって」 変な汗をかいた身にとって、冷たいジュースはありがたかった。 「まさかカイが絶叫マシーンが苦手とは思わなくってな。一応でも聞いてみるべきだった。 ……大丈夫か?」 「は、はい?」 顔色を窺うように、ひょい、と身を屈めた爆。それは、必然的にカイの顔のまん前に来るという訳で。 (……う、うわー////) 「……ん?何か顔赤いぞ?ひょっとして熱とか……」 「いいいいいいえいえいえ、大丈夫です!大丈夫ですよ爆殿!!」 熱を確かめる為に伸ばされた手は、カイが立ち上がってしまった事で意味をなさなくなった。 「さぁ!次はどれに乗ります?」 「乗る、って………カイが絶叫マシーンがだめだとなると……」 アミューズメントパークなんてものは、突き詰めて言ってしまえば絶叫マシーンの集合体だ。それ以外になると、親子連れが行くような、まさに子供だましみたいな施設しかない。 「いいですよ、お二人で好きなのに乗っててください。私は、下で待ってますから」 「いや、それは……」 本当はこんなセリフを言いたくなんか無い。何を好き好んで自分以外のヤツと2人きりにせにゃならんのか!! が。 それ以上に爆の邪魔や足手まといにはなりたくないのだ。例え、爆の視界から自分が消えてしまおうとも。 「折角来たんですから」 「…………」 爆の方もまた、これで無理やり誘っても、カイが辛い思いを味わうだけだし、かと言って下で待たす、なんていうのも嫌だった。 「爆殿」 「…………」 お互いを思いやるからこその、息苦しさ。 怒鳴る事に逃げ出してしまうそうなのを、爆は必死に堪えていた。 「ねぇ」 それを打ち破ったのは、ピンク。 「観覧車に乗ってみない?」 背景には、様々な施設を乗り越えて、とても大きな観覧車が見えた。 ピンクの言葉に、爆がカイを気にする。 「速いのがダメなんでしょ?あれならゆっくりだし」 「……そうなのか?」 「えぇ、それなら大丈夫です」 カイがそう答えると、爆はそうか、と返事をした。いつもの爆だった。 実はちっとも大丈夫ではなかった。あんな風に地面に足がついていない高い所も大の苦手だったのだ。 しかし、それでもさっき程だめでもないし、爆にこれ以上気を使って貰いたくもないし。 何より。 ピンクが自分へ「乗らんかったら例の写メール知り合いという知り合いに全部送る!」という無言のメッセージを受け取ったからだった。
永遠なんてものは無いのだ。 どれだけ遅々としたものでも、始まりがあった以上、ちゃんと終にたどり着く。 そんなこんなで、観覧車の順番は、カイ達まで回って来た。 ……予防接種とか、歯医者とか。 それから逃げ回る子供の気持ちが良く解る…… 観覧車の個室は2人がけのが2つの、定員4名だった。 ……どーせまたピンク殿が爆殿の隣に座るんだろうなぁ…… 一体自分は何をしにここへ来たのか。 今更ながらに根本的な事を考えるカイだった。 「次の方ー」 係員が促す。 これで乗り遅れたらさぞかし笑いものだろうな……などという事をうすぼんやりと思う。 と。 ぐい。 「え?」 「?」 さっきまで、カイの前に並んでいたピンクが居なくて。 背中が押されて。 ガシャン。 ドアが閉まる。 ピンクは……… 外だ。 「ピンク!?」 「ピンク殿!?」 慌てる2人に、にこにこと手を振るピンク。それで、不慮の事故で乗り遅れたのではない事を知る。 「行ってらっしゃ〜いv」 傍目のんびりとした観覧車とて、結構速いものだ。 二人の乗ってるコンテナは、もう小さい。 「あの………」 係員が困ったように言う。 「ん?あぁ、ごめんね、邪魔だったわ」 「じゃなくって………」 並んでいたくせに、いざ乗らないピンクの挙動に係員は戸惑う。 「ん〜っとね」 その意図することに気づいたピンクは、悪戯っぽく。 「”ここは若い者に任せて、年寄は退散退散”」 「……………」 やー、一度言ってみたかったのよね、この台詞、と、きょとんとする係員と乗客数名を残し、ピンクはるんたった♪と去って行った。
カイに誘われた時、爆が当然みたいにあたしを引き出したのが嬉しかったし、今日カイがきょっと可哀想だったし(爆も困ってたし)。
まぁ、たまには、ねv
一方、取り残された……人数的には残されたのはピンクだが……カイと爆は。 「……一体何だってんだか……」 「本当ですね……」 しばし、ピンクの真意を予想してみたが、やがて放棄した。結局、本人の心は本人のみぞ知るのだ。 その後、会話は無かった。 が、先ほどのような息の詰まる類ではなかった。 向かいに座る爆は、窓からどんどん高く、そして広くなる世界に見入っていた。 いつか自分にも言ってくれた。自分は高い所が好きだと。 世界を全部見渡せれるから、好きだなのと。 ……自分だって、高い所は好きだ。 世界を全部見れたら……何処かに必ず居る、貴方も見ている事になるから。 だから、高い所は好きだ。 好きだけども。 ………やっぱりこれはキツいぃぃぃぃ〜!!この、ガコンガコンていう音がだめだ。その度にちょっと揺れるのがだめだ。風がびゅーと吹いたら傾いてしまうのがだめだぁぁぁぁぁぁぁ!! あぁ、時間よ早く過ぎろ!いやちょっと待て折角の2人きりがぁぁぁぁぁぁ!! 「カイ」 「は、はい!?」 声が思いっきり裏返ってしまった。 「……やっぱり、観覧車もダメなんだろう?」 「い、いえ!そんな事は!」 「顔、引きつってるぞ」 「………!」 ペシン、と両頬を叩く。 さてどうする。 爆は気を使ってもらうのをあまり好まない。 さてどうするぅぅぅぅ! 「………えぇと、………」 ひたすら困り倒すカイ。 ふ、と。 爆は浮かべていた苦笑を微笑に変えて。 カイの隣に座った。 「…………」 爆が側に居る、というだけで。 空気が変わったような気がするから、不思議だ。 「側に誰か居た方が、気が紛れるだろう?」 「……それはもう……」 ばっちりと。 「………あ、でも2人が場所偏ると、傾く………」 「あ、あの!」 爆がセリフを言い終わる前に。 「あの、……その、手、手を、繋いでもらえませんか?」 顔を真っ赤にして、そんな事を一生懸命に。 少しきょとんとしていた爆だが。
「本当に高い所が苦手なんだな」
カイは手を繋いでもらった後には。 こんな場面では視線を何処に向ければいいのか、迷った。
「カイ、天辺に来たぞ」 「はい」
観覧車は、残り、あと半周。
その下で。 『やっほー、ルーシー!ピンクでーっす☆ 今ね、遊園地来てるの! それでね、面白い物を撮っちゃって。今送るね〜』 ピロリ〜ン。 「…………ふ」 ニヤリ。 観覧車の天辺に居るカイは、自分の運命を、まだ、知らない。
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