激は別に遅寝遅起の健康に悪い暮らしを送っている訳ではない。 それでもいつもカイより遅く寝て起きるのは、それは単にカイの方が早く寝て早く起き過ぎるからだった。 激が顔を洗い終らない内にカイは朝食の準備をすっかり整えてしまい、普段は一緒に食べるのだが、今日は一人で先に済ませた。 何故ならば。 「んん?どっか行くのか?」 上着に袖を通すカイを見て、顔をさっぱりさせた激が言う。 「はい。昼食までには戻りますから」 「あー、いいぜ別に。適当に食っとくし」 タオルを肩に引っ掛けたまま、ぱたぱたと気楽に手を振り言う激。 おかしい。いつもはぶーぶー文句言うのに。 「だから、お前は張り切って”名無しの君”でも探してな〜v」 「な、なんですか”名無しの君”って!!」 顔を真っ赤に怒鳴る。激の言った意味が解っているからだ。 「えー、だって名前はまだ無いんだろ?」 「ありますよ!どっかの猫じゃないんですから!」 「そう、お前が知らないだけv」 「…………ッッ!!」 ぐ、と言葉に詰まり、やや乱暴に行って来ますを言った。 にやにやしながらそれを見送った激は、とりあえずコーヒーを淹れる。こればっかりは作り置きなんて許さない。 「ありゃ大分マジだな……煮詰まる前に息抜きさせねーと」 コーヒーを啜りながら、師匠らしい発言である。さっきさんざんおちょくったのが無ければ。 (……カイの話(←誘導尋問並みに無理やり訊き出した)によると、どーやら余所者らしいし……探すのは骨だな) さて、何処を当たるか…… 考える激を、電話の音が邪魔をした。 その電話は。
この家に来て2日目。初めて迎える朝だ。 爆は昨夜から気になって仕方ないものがある。 暖炉だ。 サンタが今にもどすん、と落ちてきそうな、絵本に載ってそうな暖炉がこの家にはあった。 「なぁ、現郎。これ使えんのか?」 「使えるつーか……薪が無ぇ」 「そうか……」 それもそうだ。暖炉自体には別に壊れた所も無い。が、燃料が無ければただの煉瓦の寄せ集めだ。 外国のホームドラマよろしく、火の粉の散る暖炉の前で寛いでみたかったのだが。都合の良さそうな安楽椅子もある事だし。 「あー、でも」 こめかみにとん、と指を突き。 「知り合いに薪持ってそーなヤツが居るから。この近くにな」 「本当か?」 ぱ、と明るくなった表情を見て、「ガキだなー」とか思ったが、口にするのは止めて置こう。折角、爆が嬉しそうなのだから。 「待ってろ。今電話してくっから」 そうして現郎は、薪を持ってそうな友人、激に電話した。
「もしもしー、て現郎か。何時の間にこっちに来やがった?」 「つい昨日。オメー薪持ってるだろ?」 友好関係を円滑に進めるだけの日常会話が嫌いな現郎は、挨拶もそこそこに本件に切り込む。 「薪ー?あるけどンなもんどーすんだ」 「オメーん所じゃ薪にソースかけて食うのか。暖炉に使うに決まってんだろーが」 相変わらず口が悪いと言うか愛想がないと言うかその両方。 まー、現郎とにこやかに会話を楽しむ自分、というのも想像つかないが。 「そんじゃあ、昼前にこっち来いや」「今から持って来い」 二人のセリフはほぼ同時で意味は正反対だった。 「……………」 「……………」 しばしの沈黙。 「オメーが来るのが筋ってもんじゃねーのか。あげる側だぜこっちは」 「土産にブランデー持ってきた」 「なッ………!」 「しかもデ・マリアック・VSOP」 「ななッ…………!」 それなら行っていいかも……いや待て!! 「ジンしか飲まねーお前がそれを持っていると言う事は……無理やり持たされたな」 「……………」 ふ。図星だ! 「それを持ってこっちに来い」 「酒やるからこっち来い」 二人は平行線だ。チ。カイが居たらカイに行かせるのに……… 「オーケイ、埒があかねーからこうしようぜ、現郎。 今から俺が問題出すから、それに答えられたら行ってやる。そうでなかったらお前が来い」 「いいだろう」 よし、交渉成立だ。さて、何を出そうか…… 「では問題です。映画「モンスターズ・インク」の脚本を書いたのは?」 「アンドリュー・スタントンとダニエル・ガーソン」 「………正解だ」 クソ!まさか2人とも答えるとは………!現郎、侮れない……!! 「しゃーねーな、行くよ。今から。 ……ん?お前が居るって事は爆も……」 「あぁ、居る。手ぇ出すなよ」 「……出さねぇよ」 実は前に押し倒して返り討ちにあったのは秘密にしておこう。
出迎えてくれてのは爆だった。 「ご苦労だったな、激」 「いやいやこれくらい。お礼にキスさえしてくれればv」 「………前に肋骨折られてまだ懲りないか……」 「じょぉだんです。じょぉだん」 ははは、と笑ってみせたが頬が引きつっているぞ、激。 「ついでだから火もつけてやんよ。どーせ解らないだろ?」 「そうしてもらえると助かるな。 ……それはそうと、どうしてお前薪なんて持ってるんだ?」 「やぁぁっぱ食いモンはガスで焼くより本物の火で焼いた方が美味いだろ?それに修行の一環にもなるしな」 最初の理由の熱の篭り具合にくらべ、次の理由のなんてお座なりな事だろーか。 「修行?お前のか?」 「まさか。弟子のだよ、弟子の」 「弟子!?貴様にか??………大丈夫かそいつ。色々と」 本気で心配している爆に、こんガキャまた押し倒したろーかい、とその後通院するはめになったのを忘れて激は思った。
でん、と置かれた深い緑の瓶。 「例のブツだ」 「ありがたき幸せです」 グラスを適当に見繕い、それに注ぐ。 「やー、暖炉にあんなにはしゃいじゃって、子供は無邪気だねー」 あまり近寄るな、という言いつけを守り、ちょっと引いた所に鎮座する爆。キラキラして見える双眸は炎を反射してだろうが、それだけでもないはずだ。 居間と窓枠のような仕切りだけあるキッチン。出来立ての料理をそのままテーブルへと出せる仕組みだ。 その内側にはカウンターになるよう、引き出し式のテーブルがある。激たちが腰を降ろしているのが其処だ。 「無邪気……何だろうが」 自分用のジンを傾け、現郎が言う。ところでこの2人、真昼間にアルコール呷っているという自覚はあるのだろうか。 「無理にはしゃいでる、という感じがないでもない」 「へぇ?」 「なんでも昨夜、裏路地で女に絡まれてるヤツを助けてな、そいつの事がどうにも気になってるらしい」 「ふーん、そりゃ奇遇だな。ウチの弟子も昨日裏路地で女に絡まれてる所を助けてもらった相手に惚れて、今探しに行ってるよ」 現郎と激は同時に酒を口に含み。 ブッ!! 同時に噴出した。
その音に何だ?と首を傾げた爆に現郎は何でもない、と返し、爆の興味が他に移ったのを確かめ小さな声で激と話し合う。 「まさかこれってやっぱりまさかか??」 「……違うヤツ、とかいう事は」 「いや現郎、お前、昨日裏路地で同時に女に絡まれた所を助けるという出来事が2組以上起こったのと、カイと爆がその当事者だっつー可能性を考えると後者の方が現実的だろ?」 さらに激がカイから訊き出した相手の人相を思い返してみれば、成る程、爆と被さる。 「何か……ドラマみてぇv」 「世間は狭いなー」 ウキウキする激に現郎は冷めていた。 「まぁ、これで爆に教えてやれるな。一件落着だ」 そうして再びグラスを傾けようとする現郎だったが---- 「いや、待て」 その声で手を止める。 「なぁ、クリスマスまでこっちに居るか?」 「……イブの夜に発つ」 「夜までか……どうせならイルミネーションの中が良かったんだけど……」 「……おい、何企んでやがる」 ぶつぶつと口の中で何やら激は計画を立てているらしい。 現郎に嫌な予感が走る。 「な。クリスマスの奇跡、見たくねぇ?」 「……あ?」 「俺らでそれ作ったろーじゃんv一瞬の邂逅でしか会わなかった二人がイブに再び出会う!おお、ファンタスティックー!」 まるで舞台の上みたいに、手を天に向かって差し出す。 嫌な予感的中。 「……馬鹿か。俺が付き合おうとでも思ったか?」 「でもなー、そうして会わせた方が爆も喜び倍増すんじゃないかなー」 ”爆が喜ぶ”という言葉に現郎はピク、と反応する。 相手に関心がないのなら、ある物を取り組ませれば良い、それだけである。 「別に会わせないとかじゃないし、それにホレ、人生にも演出ってのは必要だって」 「………………」 「はぁ〜、何だか久々に楽しみだな、クリスマスv」 こうしてクリスマスに向け、暗躍する2人と、主役であるにも関わらず何も知らない2人が産まれた。 果たして事は上手く進んでくれるのであろうか。 それが解るのは、全て、24日。 その日だけ。
急展開〜、というか実はあったカイと爆の接点、ですね。 でもまだ2人は出会わない〜、うふふ〜(鬼) うーむ、まとめるまで後……2,3話で納まってくれると嬉しい(汗) ワタシも暖炉憧れです。欲しくはないけど一度は当たってみたいものです。魔よけに塩入れるんでってさ。
|