大人びた黒いオーバーに、首に巻きつけたのはシンプルな薄いベージュのマフラー。 もっと可愛い格好をすればいいのに、と両親と叔父は言ったが、爆本人はとても気に入ってる。 約束の待合場所へと向かう。珍しく時間ギリギリだ。 でも相手はルーズな方なのだし、という浅はかな願いは見えた金糸によって消えた。 自分がどっちから来たのかを見極めた人物は、普段ぼんやりとしている顔を僅かに顰める。 「そっちの方は危ねーから行くなって言っただろうが」 「……其処まで奥には言ってない」 言いつけを守らなかったというのを自覚している為か、いつもより口調に張りがない。 「いいか、爆。オメーに何かあったらなぁ……」 きっと目の前に顔を持ってきて。 「お前の両親に俺が酷い目に遭わされる」 「……現郎」 それが年上の言うセリフか?と呆れてみせた爆だった。とは言え、この放任っぷりは結構心地よいものなのだが。 「じゃ、行くか」 手、繋ぐか?という申し出はむ、とした爆に却下された。爆は子供扱いされるのが嫌いだ。子供のクセに、とは現郎の言い分だ。 年末。多くの人は今年一年を過ごして来た家の掃除に追われる。 爆の所は今年思い切って業者に頼む事にした。何故ならば、今年の末まで仕事に追われるスケジュールだったからだ。さらについでにリフォームもしてもらおう、という事になり、身の置き場を求めて爆は此処に来た。 行く先は母方の先代当主の実家。今は住む人もいないけど、壊してしまうのも勿体ない造りの家で別荘の代わりにしている。あくまで代わりなので、建ってる所は窓から湖が見える訳でもない。 それにそろそろ家の中に風を通してやらないと、という理由でもって爆の行き先は其処に決まった。他の保護者はクリスマスを揃って迎えるのに奮闘している。 「変なヤツが絡まれてたんだ」 「変なヤツに、じゃねーのか?」 唐突に喋り出した事が、さっきの事に対する経緯だと察する。 爆は現郎の言葉に首を振って、 「どうしてお前みたいなヤツがこんな所に居るんだ、と言いたくなるようなヤツでな。 女2人ほどに絡まれていてな、さっさと振り解いて逃げればいいのに、掴まれた相手の腕をおろおろして見てて……」 「で、思わず助けに行った?」 「まぁ……そんな所か」 現郎ははぁ、とこれ見よがしに溜息をついて、 「だったら俺に連絡でも入れりゃあ良かったじゃねーか。電話あるんだろ?」 「うーん………」 確かに自分でもあれは軽率な行動だとは思った。見えた分には相手女2人だったが、もしかしたら裏に誰かがついていたのかもしれない。そうなれば、自分にも、助けた相手にも降りかかる被害は大きくなる。 そういう事を考えなかった訳ではない……のだが。 何だろう。 秘密にしたいと思った。”彼”と出会った事。 裏路地へ入った事が現郎にバレなかったら、きっと言わなかった。 ……ヘンな、感じ。 (………もしかして、独占欲、というやつか……?) まさか、と思う。名前も素性も何も知らない相手に。 たった一目見ただけの相手に。 ……それに、多分もう会う事もないだろう。 だから、この事について考えるのはもう止めよう。 何だか寒さが増したような気がして、爆はマフラーを巻き直した。
「どうした、青少年。夜空なんか見上げちゃって、感傷だねー。 お。もしかして恋煩いか?」 腹も膨れてご機嫌な激は、窓の向こうばかり見ているカイに茶々を入れる。 「………ッ!!そ、そんな事ないですよ!!」 ひゅ、と息を呑んで顔を真っ赤で声は裏返り。 図星でやんの。 「いやー、カイ君にもお赤飯炊く日が来るとはなー。感慨深いなぁ」 「だから、違いますってば!!」 自分の言い分をまるで無視してうんうん勝手に頷く激に、師匠とはいえ口調も荒くなる。 激は怒るでもなく、バンダナのクセがついて露になった額を指で弾く。 「った!?」 「ぶあーか、俺に隠し事なんざするだけ無駄なんだよ。 ほらほらさっさと吐いちまえよ♪」 と何処から持ち出したのか、電気スタンドをカイに照らす激。舞台設定は間違いなく刑事ドラマの取調べのシーンだろう。 「………………」 「をを、黙秘権か」 あくまで取り調べに凝る激だ。 「………言いたくても言えませんよ」 「あ?何で?」 「……何にも、知らないんですから……相手の事……」 自分の愚かさに頭を掻き毟りたくなる。会った時間は短かった。でもお互いの名前を教えあう位は出来ただろうに。 相手の印象が鮮烈で----目に入れる事にだけで精一杯になってしまって。 気づけば他人以下の存在となってしまった。 一時間前、この手を掴める距離に居たのに…… 「……じっと手を見る。石川啄木だったなぁ」 はっとして慌てて手を後ろへ回す。浸って入るのを見られ、羞恥で顔が赤くなる。それが落ち着くと、また落胆の表情。カイは気づかないだろうが、実は帰って来てからずっとこんな調子なのだ。 思わずからかいたくもなろーというものだ。 激は慰めるように、ぽんぽん、とカイの肩を叩いた。 「まー過ぎた時間は戻らねーけどよ、その代わり明日があるんだし。 それにもうすぐクリスマスだ。奇跡でも起こるかもしれねーぜ?」 「………奇跡、ですか………」 カイは遠い声で呟く。 彼と会えた事で、奇跡なんてものは使い切ってしまったような気もする。 「サンタクロースはいい子の所に来るって良く言うし。 だからな、カイ。例えば俺の食後の紅茶なんかを淹れ……」 「ご自分で淹れて下さい」 窓の向こうの街の明かり。 この中に、果たして居るのかどうか、それすらも解らない。 そんな、相手だった。 そんな相手に----
惹かれてしまったのだった。
なかなか快調ですな、うひひ。 今回は爆の事情とその後のカイ。まだすれ違う以前の関係です。数字でいうなら3ですね(どういう基準かは定かではない)。 次回急展開になるのを願おう……クリスマスまでに終わるよね??(汗)
|