あまり可愛くならないで



「雹……」
「何?」
 いつもだったら「なぁに〜vvv」って言うのに。
「……何でもない」
「そう」
 いつもだったら「どうしたのさ、爆くん。あ、もしかして僕の声が聞きたくなったとかv可愛いなぁ〜vv」って言うのに。
「……………」
 背中しか見せてくれない雹に、爆は居た堪れなくなって。
 そっと、部屋を出て行った。


「どうしました?また喧嘩でもしましたか」
 いきなりの爆の訪問。何だか爆の只ならぬ雰囲気に、チャラは和ます為にも冗談のつもりで言ったのだが。
「………………」
(ビンゴ……ですか……)
 あっちゃ〜と額を押さえるチャラ。何故彼がこんな反応をするかというと、前に二人の喧嘩に巻き込まれた事があるからだ。それで……いや、よそう。嫌な事は思い出さないに限る。
「違う……喧嘩じゃないんだ。
 今回はオレが悪い……」
 再び自分を苦行の身に置かれる事を覚悟し始めたチャラは、その爆の台詞で思わずニコ目を軽く見開く。
「……とにかく、玄関で立ち話ってのもアレですし。セールスマンじゃないんですから。
 中に入りませんか?」
 爆はこっくり頷いた。


 その日は何でもない日だった。
 あまりにも日常で、それがどうしてあんな事になったのか不思議なくらいだ。
 そう、違う事と言えばいつも正面から言う「爆くん、好きだよ」の台詞を後ろから抱き締めて耳の裏で囁いたくらいだ。
 しかしそれがまずかった、
 途端、爆の背筋に何かが走り、解らない爆はそれを恐怖としてしまった。
 そして雹を突き飛ばし、
『ふざけるのもいい加減にしろ!』
 先ほど感じたものを打ち消したくて、言い方がきつかったのかもしれない。
 いや、きつかった。
『ふざける?爆くんは僕がふざけてると思うの?』
 そう言った声は何時もと違くて。
 低くて、冷たくて。
 ……怒らせてしまった。
 完全に自分が悪かった。雹は何も悪くないのに、怒鳴ってしまったから……
 雹がふざけて自分に”好きだ”と言ってるなんて、本当はこれっぽっちも思ってないのに。
 早く謝りたいのに、今の雹は近寄りがたくて。
 拒まれたら、どうしよう。
 就学していた時期にあまり人付き合いをしなかったから、余計どうすればいいのか解らない。
「……………」
 チャラが入れてくれたカップの中。とても情けない顔をした自分がいる。
 今にも泣きそうな……
 自分を通す事は難しい。
 他人に妥協出来ないから、そのせいで謂れのない陰口を叩かれたり避けられたりもした。
 爆はそれを仕方のない事だと甘受できた。
 でも。

 雹には、そんな事をされたくない。

 されたら、悲しいと思う。

 せっかく淹れてもらった紅茶だ。冷めてしまう前に爆は一気に飲み干した。
 水面に映っていた自分の表情も。出来れば。
 爆から一通りの事のあらましを聞いたチャラはふむ、と考えた。
(あの雹様が何時までもそんな事で怒るとは思えませんが……)
 自分がうっかり薔薇の水取替え忘れた時には、その後一ヶ月に渡り折檻をやられたが……今回、相手は爆なのである。
 たったそれだけだが、一番重要な事。
(だとしたら、原因は別……?)
 それだったらいよいよ理由は何なのか、チャラは更に掘り下げて考えようとしたが……
「……………………」
 今は精神状態が不安定な爆には気づかないようである。
 誰にも解らないよう、こっそりと笑ったチャラは椅子から立ち上がり、爆の直ぐ横まで来た。
「…………?」
 す、と流れるように撫でる手に逆らわず、そのままチャラの思うままの角度に顔を固定される。
 爆の目前に、何だか意味ありげなチャラが近づいて、
 ゴトバメギィッ!!
 ……その後頭部に何処から沸いて出てきのか、雹のニー・ドロップが炸裂した。
「ひょ……」
 ドゴブッ!デゲシッ!!ゴス!ゴゴス!!
 溜まらず倒れ込んだチャラに尚も容赦ない攻撃を繰り出す雹に、爆の呼びかけは宙を彷徨う。
「……雹!」
 それでも名前を呼べば、雹の手(いや、足も)が止まる。
「………………」
 雹は顔だけ振り返り、肩越しに爆を一瞥するとそのまま退散しようとした。
 そうはさせまいと、爆は雹の腕を掴む。
「……爆くん、離して」
「……………!」
 爆の方を向かずに言い放つ雹。爆の視界が揺れた。
 しかしそれに負けて手を離しまったら何も変わらない。
「……雹、オレが……」
「爆くん……頼むから離れて……」
「……………」
 雹は爆の台詞を遮り、噛み潰すように声を振り絞る。
 自分の声すら聞きたくないのだろうか。盛り上がった涙がとうとう零れる。
 背を向けてる為、それを知らない雹は尚も言葉を続けた。
「……お願いだから、爆くん…………
 それ以上可愛くならないで!!!」
 ………………
 ピタ。涙が止まった。
「……………は?」


 事の真相はこうだった。
 確かに雹は自分の告白をふざけてる呼ばわりされた事に腹を立てた。
 しかしそこは雹様である。
 後日にはンな事全く気にしないで、いつも通り爆に飛びつこうと。
 したのだが!!
 まだそのことを引きずっている爆の様子と来たらば、普段の勝気な雰囲気は影に潜み、意志の強さが伺える双眸は不安に揺れていて、何よりやや顎が引き気味なのが結果として上目遣いに自分を見ていて……
 お……襲ってしまいたい!!
 ここ最近歯止めがきくようになった欲情が再び威力を取り戻した。いや、前以上だ!!
 爆の新たな魅力に雹様の理性大ピンチ!!
 と、いうわけである程度なれる為、少し距離を置いていた訳である。
 それが爆には”怒ってる”と見えた。
「………………………」
(この数日間のオレの立場は一体………)
 そんな爆に何処かで諸行無常の鐘が鳴った。
「だぁぁぁぁぁってぇ〜、爆くんてば本当に本ッッッ当に可愛いんだもん〜!僕、毎日ドキドキなんだから!」
 と、雹は自分を抱く格好で身をくねらせた。
「……でも、そのせいで不安にさせちゃったみたいだね。ごめんね」
「不安なんて……」
 しとらん、と言いたい爆だったが、涙の後を拭う雹の指に黙る。
 拭い終わったあと、その箇所に優しいキスを落とした。
「……やっぱり、言わなきゃなにも伝わらないよね」
 少し、ほんの少しだけ寂しげに雹は言った。
 だから、爆も言うのだ。
「当然だ。だから一緒に居るんだろう?」
「………………」
 雹はちょっと驚き、そして満面の笑顔で。
「そうだね」
 そして爆を抱き締めた。


(ところで、私の存在は無視ですか……)
 二人の足元には血まみれのチャラが転がっていた……(こんな所でいちゃつくなよ……)


☆★終わり★☆


祝!親子祭り!!ワタシは専ら雹爆で行きたいと思います!
ミヤコさんは不仲な二人もお好きだというので、喧嘩な二人をv
しかし下手に喧嘩させると余計甘くなるな、ワタシの場合……