少し小高い丘に建つ、3年前に閉鎖されてしまった病院。元はサナトリウムだったそうだ。 朽ちた病院----なんてものは、とかく怪談のネタに使われるものだ。 現に、爆は其処で起きたという怪談を、4つは知っている。 まぁ、どれも出鱈目に違いないが。 爆は、この建物が好きだった。明治の終わりに建てられたというこの病院は、単に白く無機質な他のとは違い、建築物として鑑賞に値できるものだと思っている。 そういう建物だからこそ、すぐには取り壊させないのだろう。 そうして、爆は向かう。 まるで何かに引寄せられるように-----
下から見ると模型サイズに見てるこの病院にまで行くには、それなりの道のりがある。 だから爆も、余程行くと決めた時でないと赴かない。 此処は高い塀と、頑丈な鎖で巻かれた門で、一見するとそれ以上中に入る手だけがないように見える。 が、実はよく見たら、周囲の樹から伸びた枝が、塀の中にまで侵入している場所がある。 そしてその下には、焼却炉か何かだったのか、煉瓦の小屋みたいな物があり、必然的に壁に挟まれ、落ち葉が小高く盛られている。此処に落ちればクッションになり怪我はしない。 とは言え、この手段が通用するもの、あと数年だろうが。いずれ、この程度では納まらない衝撃になる体重にまで自分は成長する。 -----爆にとって、誕生日は嬉しいだけの日ではない。誰かの犠牲があって、初めて人は生きていられるのだと、自覚する日でもある。 此処に来ると、何だか不思議な気分になる。 2度と来たくない場所に来てしまったような---- 待ち焦がれた場所にやっと来れたような---- 少し似ていて全く正反対の感傷。 そうだ。 あの夢を見た後と、少し、似ている。
中に入ったら、別に何かしようとは思わない。 適当な部屋に入り、その窓から景色を見たりする。丘の上にあるから、見晴らしは抜群だ。 此処に自分以外の人が入る事は無い。 閉鎖された病院なんて不気味なだけだろうし、あの枝の下に枯葉のクッションがあるなんて事も、知らないだろうから。 …………だったら……… どうして、自分は解ったんだろう。 枝が塀の中にまで伸びていて-----思った。あぁ、あそこなら大丈夫。落ちても平気だ。 ひょっとして、此処の患者だったのだろうか? そんな事をつらつらと、全部本気ではないが、ただの冗談で浮かんだものとも思えず。 かつこつと廊下を歩く。 廃屋と化している病室は、扉があるものと無いものがある。 その中のどれか、適当な----爆は本当に適当に選んで----- 部屋に入って。 そして。
出会った。
窓の下で壁に凭れて座っている、自分より少し年上らしき少年。何だか色素が薄くて、無性的な感じだ。 爆が来た事に、驚きもせず慌てもせず。 微笑すら浮かべて、入ってきた爆を見ている。 「……誰だ。貴様は」 爆はとりあえず、それだけ言った。 しかし、少年はそれには答えず。 「おいで」 手を挙げ、爆を招く。 「……………」 爆の足は。 進んでいた。 寄せられてなのか、自らなのか。 心臓の音が大き過ぎて、そんな事も、解らない。
(-----苦しい……) 少年のまん前まで来て、手を引かれ、腕に閉じ込められる。 何かを教えてもらいたくて、上げた顔に振ってきた顔。 ----キス、される………? 受け入れるべきなのか、拒むべきなのか。 爆が決める前に、唇が重なった。 ----ただ、重なってるだけなのに、酷く苦しい。 息が苦しいのもあるけど、他も苦しい。 2人の口腔の中の空気が漏れないくらいに、ぴったりと隙間もなく。 相手は膝を立てて座っていて、その身体の間に爆がある。 身体同士もこれ以上ないくらい密着していた。 (苦し………) 何度思ったか解らない。 キスって、苦しかったんだ…… ぼんやりとした頭で思った。 そういえば、さっきから思う事はそんな事ばかりで。 どうしてこいつとキスなんかしているのか、というのがちっとも浮かんでこない。 本来これは、好きな者へする行為で-----間違っても今まで会っても無い人とする事ではない。 -----好きな物へする行為で---- (違う……オレは、こいつの事が好き………) ずっとずっと好きだった。大好きだった。 -----今まで、会った事も-----? (………違う、知ってる……) あんな風に微笑む表情も、あの薄い色素も。 こんな風にちょっと強引な所や。 ----頭を梳いてくれる、手----- 「……………っ」 霞のかかった思考の奥でパチンと音がして、意識が晴れる。 この人だ。夢の中の”あの人”は。 じゃあ、だったら。 今、こうしてキスされてるのが嫌じゃないのも。 こんなに、泣いてしまいそうなくらい好きなのも。
前の心臓の持ち主のものからで
本来の自分ものでは
(----嫌だ……) 力が抜けていて、床を触っていただけの手が動く。 自分に触れられている手を握る。離す為に。 しかし、そうする為に力を入れても、それ以上の力で封じられる。 けれど、止めない。 (嫌だ) 自分の気持ちじゃないのに。 それなのに。 キスされて嬉しいと、心が震えているけど、その心にしたって----- (嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!) 「……っ、ぅー………っ!」 抗議の声は呻きに変った。 ----相手の手が離れたのは、自分の涙に触れたからだ。
*続く*
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