ガラスの入って居ない窓。 マットレスが剥き出しのベット。 何処かの一室の壁際。 自分は長い長いキスをしている。 つい数分前まで、会った事も無い人と。
-------柔らかい光に包まれている。 自分は、紅茶を淹れる。それくらいしか、出来ないから。 自分の分と、あの人の分。 あの人には砂糖じゃなくて、薔薇のジャムをひと掬い。 テーブルで、どこか不安そうにしているあの人に、大丈夫だと笑みを作る。 淹れた紅茶。 零さないように、ゆっくり運ぶ。 どうか、倒れないで、と自分の身体に祈りながら。 ”この紅茶が一番美味しい” そう言って、撫でてくれる手の為なら、少しくらい苦しくなるのも、平気だった。
「……………」 目を開けたままの姿勢で、数分過ごし、むっくりと爆は起き上がった。 大きく一度伸びをして、眠気を吹き飛ばす。 (-----夢、にしてはリアルだったな……) 誰かに紅茶を淹れる夢。 それ自体は別に問題ないのだが、爆にはあんなに本格的に紅茶を淹れる技術は無い。 いくら夢とは言え、自分に知識がない事を、ああも鮮明に思い浮かべる事が出来るのだろうか? (ピンクにでも言ったら、前世の記憶とか何とか言われるんだろうな) 服に着替えつつ、ぼんやりと思う。 前世の記憶だとか、デジャヴは、一般に覚えた事を忘れているのだ、という事で結論がされている。 しかし、爆はあまり紅茶には関心は無い。そもそも父親はコーヒー党だし、母親は自分で育てたハーブを飲んでいる。歳の近い叔父にしたって、紅茶を嗜んでいるとも思えない。 だとしたら。 残る可能性を思い浮かべ、無意識、爆は左胸に手を当てていた。
----移植手術をした人が、それまで全く興味が無かった物に手を出し、その道のスペシャリストとなった奇跡の話---- それを詳しく調べて見ると、その臓器提供者こそ、その分野に秀でた者だった、というケースは少なくない。 度重なるこの事象に、記憶は細胞にまで浸透しているという説もあるくらいだ。 -----爆は5つの時に、心臓の移植手術を受けている。 だから、あの光景はその提供者の記憶かもしれない。 そう思うと、爆は何だか沈んでしまう。 前世の記憶や、デジャヴならまだいい。 ----あの夢が提供者の記憶なのだったら。
この鼓動の速さも、その人のものだから
会っても無い人が好きになった。 顔も知らない名前も知らない。 夢の中でしか見れない、けれど何処かには居る人に。
臓器を提供してくれた人は誰なのか。 残念だが、それを教えるのは禁止されている。 爆には全く手がかりが無い。 あるとすれば、あの夢----記憶だけで。 それでも場所の手がかりとなりそうな背景は、ピントがぼやけてるみたいで物の判別が難しい。 ----第一、夢の中に入ったら、自分は”あの人”しか見ていない。 手がかりは何もないが----解るのは---- 自分に心臓をくれた人は、”あの人”がとても特別だったのだという事。 夢はいつも光に満ちている。それはありのままの光景ではなく、イメージ的な要因がさせているのだと、爆は思った。 そんなにも、好きだったんだ。臓器の一つ一つにまで染み渡るくらい。 ----それなのに、死んでしまって……… ポタ、と零れた涙に爆はふと我に返った。そして、慌てて涙を拭く。 いつもなら肝が据わってて、少しの事では涙も見せないし動じない爆なのだが、この事になると途端に涙もろくなってしまう。 胸が熱くて、胸が痛くて。 ぐるぐるする自分の中身を一掃する為に、爆はバチンと頬を叩いた。 今日は、折角の日曜日なのだ。こんな気分では申し訳ない。 空も、こんなにも青いのだから。 (ちょっと遠くまで、散歩でもしてみるか) 爆はそう決めた。 そして、この日。 軌跡を辿る事になる。
*続く*
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