多分おそらく、君はこんな事を願いされるのが一番困るのだろうけどさ でもお願いお願い その日だけはずっと僕の側に居て? 君の人生の24時間だけ、僕にくれて? それで二度と会いに来なくなくなってもいいから ねぇ……
はっきり言って、その時はズルイ、と思った。 力任せに押さえつけられたのなら、それ以上の力で反発すれは良い。 でもああいう風に下手にでられると、どう接していいのかすらも考えられない。 あれを計算してやっているのなら、目の前のコイツはとんだ確信犯だ。 けど、もしそうだったのなら自分が見抜けないはずもないし、だとしたらやっぱりあれは本心なんだろう。 雹に招き入れられて、爆が何をされたかというと、珍しくまだ何もされていない。……少なくとも今の所は。 朝早くに訪れた爆は、そのまま3度の食事をご馳走になり、前々から興味のあったチェスの手解きをしてもらった。 何処に出かけるでも無い、何かをしてもらうでも無い。 そうして、ふと気づけばもう夜だった。 寝る時間だった。普段なら、とっくに。 2人並んでソファに座る爆は、少し頭がぼんやりしてきた。 「……爆君、寝てもいいよ?」 かすかに混じった苦笑に、爆はそこまで自分は眠たそうだったのか、とぱっと顔を赤らめた。 「別に、まだ」 「……爆君は、優しいね」 こうして、少し無理して起きているのも、”今日”やたら爆に居て欲しいと願った自分の為だ。 「それに、訊かないよね」 「……言いたくないなら言わないんだろ」 必死に隠しているものを無理に穿り出すのは趣味ではない。 爆がそう言うと、雹は本当に嬉しそうに笑った。 「好きだなぁ、やっぱり」 ぎゅ、と抱き寄せると殆ど間髪を置かず、離せ、苦しいと抗議と抵抗が始まる。 それを止めたのは、雹のたった一言だった。
「今日はね、弟の命日なんだ」
「-----………」 とても軽いテンポで。 まるで天候の話みたくに言ったから、爆は雹のセリフを理解するのにちょっと時間を要した。 「…………」 爆が顔を上げると、抱き締めてからずっと下を、正確には爆を見ていた(と言っても頭部だけだか)雹と目がかち合う。 雹はいつもの笑みを浮かべていた。 無表情になるのを、ひっしにいつものように笑っていた。 「そのために君に居てもらっているのにね。それを話しちゃったら、それが爆君の頭を占めちゃうだろうから、それはちょっと歓迎できなくて。 僕は酷いお兄ちゃんだ」 ”酷いお兄ちゃん”が、死んでかなり経った今でも、こんなにも悼むものだろうか。 「なるべく目を離さないようにしてたんだけどね。ホラ、僕らは人里からちょっと離れて暮らしてるから迷いやすいんだ。 でもさすがにコールがかかったらつれては行けなくて。危ないからね」 ちょっとそこで言葉を切って。 「今日、この日だよ。 コールがかかって、その場所に行って見たら何もなかったんだ。モンスターもね。何も。 それで、帰ったら、そうしたら其処にも何もなくて。探して、そして」 「雹」 爆は雹の腕の中で身じろいだ。 離れるためではなくて、視線を合わせる為だ。 「本当に酷いんだよ?僕は」 そんな虚ろには笑って貰いたくは無いな、と爆は思う。 「今はちゃんと一人でも死ねるのにね。それでも生きて、爆君を見ていたかった」 「それの責任を取れ、とでも?」 「まさか」 自分の肩に頭を預けるように抱き締められて、また爆は雹の顔を見れなくなった。 「……あのね」 吐息がくすぐったかったのか、爆がピクリと反応する。 「涙を流してもらいたいんだ。出来れば。弟の為に」 「……オレが、か?」 「そう、君が」
とても、大事な大事な家族だったから
この世で一番、自分が綺麗だと思うものをあげたいんです
「……………」 何かが自分の髪を遊んでいる。 それは、風のような心許ない感触ではなかった。 雹にはそれの正体が良く解っている。だから、心地よさに逆らい、目を開けた。 「……来たなら来たって、言って欲しいんだけどな」 「寝てきる貴様が悪い」 全く悪びれる事もなく、爆は言いのけた。 同居しているハヤテはこの日はいない。彼も彼なりに、雹に合わせた今日仲間を悼んでいる。 「丁度今ね、君が初めて今日来た夢を見ていたよ」 「ほう、とんだ偶然だな」 「お導きだよ」 一度、雹が爆の身体を確認するように抱きついたら今度は爆が雹を抱き締める番だ。ちょっと雹は姿勢を崩して、爆の胸に頭を抱えられる体勢を取る。座るソファはいつものソファだ。 こういうふうに抱き合っていると、爆の涙が雹の頬に落ちて、雹もまた涙を流しているように見える。それを発見してから、どちらかが言うでもなく、自然となっていた。 爆がゆっくり息を吸って、ちょっとの間呼吸が止まる。胸の上の雹にはそれがとてもよくわかる。 それが準備で、雹の頬に雫が落ちる。 それは弟への供物なのだけども、雹はこっそりいつも、一粒だけ拝借している。 哀しみではなく、慈しみが篭った涙は。 とても優しい味がした。
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