好きという事を伝えるのには好きと言うしかない訳で。
当たり前だけどね。
自分たちの住む家。 見慣れた、すっかり脳内にも馴染んだ玄関の前で、雹は動物園のガラスの向こうのクマさながらに右往左往していた。 何とか家まで足を向かわせたはいいが、自分の理性にすっかり自信を無くした雹は、未だに中に入る決心がつかないらしい。 どうしよう、どうしよう。 でも、もしかして爆君のダメージが結構酷くて、まだ起き上がれないかもしれないし。 そうだったら爆君、お腹空いてるんじゃないのかな。 喉も渇いてるんじゃないのかな。 そう言えば、身体ちゃんと洗ってあげたっけ? どうだろう、うーん…… 頭から湯気が出るくらい悩んで、雹は家へ入る事にした。 雹を悩ませていた事柄は、2つとも爆を心配しての事だ。より、現実にそうなってそうな方を優先したのだ。 「ただい、ま………」 余所の家に無断で入るような、そんな錯覚になる。 それでもただいまだけは言ってみた。だって、自分の場所は此処だから。 と、いうか、此処がいい。 (爆君……起きてるかな……) フローリングの廊下を、足音も立てずに歩く。後ろめたさが無意識にそうさせる。 寝室の前に立った。 ここで、また”動物園のクマ状態”になりそうな足を叱咤して、ドアを開ける。 「……………」 爆が寝ている場合も想定して、今度は意識的に音を立てるのを避けた。 雹と爆は一緒に眠る。抱く時もそうでない時も。 一緒に寝ようよ、と言うのは自分だが、雹には独りが嫌だ、という願いを爆が聞届けてくれてるように思えてならない。
爆は自分にも優しい。 自分でも優しい。
そんな訳で、室内の装飾は至ってシンプルだ。 カーテンだって、暗くならないブルーのグラデーション。 今は寝る時でないから、その下にある向こうが空ける生地のカーテンが、窓からの風を受けて揺れている。 そしてベットの上には。 爆の姿はなかった。
玄関の開く音がした。 その気配と時間的にも雹だと解ったから、爆は別に行動を起こさなかった。何より、今は乾いた喉を潤すためにアイスティーを飲んでるのだし。 だからそのまま放っておいたのだが、何だか様子がおかしい。 いつもなら、玄関を開けてすぐ、「ただいまのキス」を強請りに雹は自分を探して家の中を走り回るのに。 それが、ドアの閉まる音が聞こえてしばらくするのに、何の物音もしない。 玄関へと赴いてみれば、すでに雹は居なかった。 だったら、彼が次に向かうのは自分達の寝室だろう、と行き先を変えた。 裸足に床の冷たさが染みる。雹は丁寧に洗ってくれて、ゆっくりと湯にも浸かってくれたが、もう冷えてしまった。 さっぱりした身体に、新品のガウンで不快感はない。ちなみにこのガウンは雹のだ。爆はそんなものは着ない。 寝室の前まで来ると、やっぱりドアは開いていて。 開けっ放しなのは、自分が居ないからだろう、と思った。 部屋に入ろうとした爆に、何かが立ち塞がる。 雹だ。 「雹?」 爆は呼びかけてみた。が、雹はまるで暗示にかけられたみたいに、ベットの上を凝視して、微動だしない。 「----雹!」 少し強めに声を上げて、雹はようやくこちらを向いた。 虚空を見ていた双眸が、段々と焦点を合わせ、そして、突然に糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れる。 爆は慌てて支えようとしたが、いかんせん本調子でもなかった為、つられて倒れこみかえって雹に圧し掛かるはめになってしまった。 急いで雹から退く爆。しかし、相手からは何も言われない。 そう言えば、いつもなら名前を呼ばれただけで有頂天になってやけにはしゃぐのに、それも無い。 だらり、と力なく頭を垂れる雹。顔を見ようと、爆はした。 「………たかと、思った」 「ん?」 所々、空気に紛れる声で。 「……居なくなったかと、思った…………」 何とも弱々しい。かろうじて音になってる。そんな感じだ。 「何で、オレが居なくならなきゃならないんだ」 「だって………僕は………無理やり…………」 「無理やりって……初めてでもないだろうが」 少し赤くなりつつ、爆は言った。 「違う………違う違う違う違う……」 雹が頭を振る度、少し長めな前髪がぱさぱさと左右する。 「………違う………僕は……君が………で、…のに、だから………だ、………する………」 さっきもなおより消えそうな声で、至近距離の自分にも聞こえないような声で、雹は引っ切り無しに何か呟いている。 尋常でないその様に、爆は「狂気」の2文字が浮かぶ。 嫌だ。雹をそんなものにしたくない。 「雹!ちゃんとオレの目を見ろ!」 ぐい、と力任せに雹の顔を持ち上げる。 ぽかん、としていた雹だが、爆をその目に収めた途端、泣き出した。 嗚咽もしゃっくりも上げて。 それは、母親に叱られた子供のようだった。 「僕は、爆君の事がとても、とてもとても好きなんだよ?」 涙に邪魔されながらも、雹は言う。 「君らしい君が好きで、誰にも縛られないで進む君が好きなのに、なのになんで、君の事独占したいって、自分の側に置いておきたいって、いつも考えているんだろう。 君から君らしさを奪うような事ばかりを、願うんだろう」 頬に添えた手の甲に、雹の涙が伝う。 それは、ひどく、とても冷たかった。 「嫌だよ」 綴じられてる双眸からも零れる。 「君の邪魔なんか、したくないよ。幸せになって欲しいよ。 なのに、なんで、どうして、僕にそれが出来ないんだろう」 「………………」 とうとう嗚咽だけになってしまった雹。 ………前から、雹に言ってやりたい事があった。
”お前は「好き」と言う時”
”とても辛そうな顔で言うんだぞ”
と。 ………早く、言えばよかった。 でも、何だかそれは笑ってオレに好きだと言え、といってるみたいで気恥ずかしくて。 実際、そうなのだが。 「……あのな」 今にもここから逃げてしまいそうな、泣きじゃくる雹の頭を優しく撫でる。 「鳥も、蝶も、みんなずっと飛んでる訳じゃないだろう。何処かに止まって、休まないと、飛び続ける事が出来ない。 …………雹」
お前の腕の中は、結構居心地がいいんだぞ?
そういわれた瞬間に零れた雫を最後に、雹の涙は止まった。 綴じすぎて少し痛い瞼を上げて、視界を爆だけに一杯にして、言った。
大、好き
次の日からはまた日常で、何も変わらなく、雹は朝食の用意を整えてから爆を起こしに行き、そしてキスをしようとしては殴られる。 ただ違った事は、雹は心から笑いながら、本当に嬉しそうに爆の事を好きだと言う事だけだった。
<おまけv> 「いやまぁ、しかしアレだなぁ」 「本当ですねぇ」 珍しい組み合わせだ。激とチャラ。 しかしこの2人が居るのは、単に偶然という神の悪戯が成せた業だった。 2人の目の前には雹と爆が暮らしている家があり、太陽を取り入れる大き目の窓からはそんな2人の生活が垣間見れた。 また何か雹が爆にねだっているようだが、当然の如く爆は拒否。しかし雹が爆の耳元で何事か囁くと、爆は顔を赤くし、何か文句を言いながらも雹の好きにさせた。 2人の間はすこぶる順調のようだ。 しかし、と激とチャラは思う。 あの2人が上手くいかなくて、そうなったらいつも無関係の自分が巻き込まれ、被害を被り(特にチャラなんて)2人が仲直りをするのを心待ちにしているというのに。 そうなったらそうなったですごく腹が立つのは何故だろう。 「…………アレだよなぁ」 「…………本当ですねぇ」 違う部屋に行ってしまい、もう雹と爆の姿は見えない窓を見つめて相手に聞かせるでもなく呟いた。
どうやら”平穏”にはまだ縁遠いようである。
「平気だよー、僕には愛の力があるからv」 あー、さいですか。
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