一見和やかにも見えるこの室内において、実は緊張感が巡っているという事は本人達以外には解らないだろう。 「……あー、腹減ったな」 「…………」 ぽつりと激が言った。何でもなさを装い。 「この前オープンしたイタ飯屋でも行ってみるか? デザートは今一らしいけど、その分ていうかピザは美味いらし、 隙あり-----------!!!」 がばちょ!といきなり後ろから襲いかかった激を、爆は読んでいた雑誌を閉じ、それをもって撃退した。 パシィ!! 「……くそー、また失敗か……」 「いい加減懲りんヤツだな。オレはどうやっても撮らせる気は無いぞ」 2人が何を攻防していうかというと。
数日前。 激が今までの携帯電話を買い替え、新機種にした事に始まる。 「と、言う訳で。 今回のヤツはカメラ付きです!だから画像メールも送れるぜ〜♪」 「………オレはつくづく思うのだが…… 日常生活の何を撮って送るというんだ?」 「物じゃねぇよ。顔撮るんだよ、顔。 少し寂しくなった時とか、落ち込んだ時とかに好きな人の顔見ると癒されるじゃん?」 「それくらいで癒されるような悩みなら、自分で消化出来る」 スパ!と言い切った爆だった。 「まー、オメーはそうかもしんねーけど。 俺は癒されたいんだよな、爆に」 「……………」 「そういう訳だから。 撮らせて?」 すちゃ、と携帯を構えた激に、爆が言う言葉は決まっている。
「断る」
で、冒頭のやり取りだ。 「なーんで嫌なんだよー。なぁなぁ」 ぶうぶうとオモチャを買って貰い損ねた子供みたいに激は剥れる。 いつ襲ってきても瞬時に対応出来る用意を整えている爆はそれに答えた。 「撮って、貴様はどうするつもりなんだ?」 「まず、自分で見て潤される。 そして他人に見せびらかして自慢する」 「………絶ぇぇぇぇぇぇ対撮らせん」 正直者は馬鹿を見る、のいい見本だった。爆の態度はますます頑ななものとなった。 しかしそれで諦めない激もまた、ある意味では頑固かもしれない。 「だってよ、離れ離れの方が俺ら多いじゃん?どんな時でも、俺は爆を身近に感じていたいのに、それなのに……」 「泣き落としは効かんぞ」 「撮らせてくれたら、げっきゅんがいいコトしてア・ゲ・ルv」 「色仕掛けでどうかなると思ったか」 「撮らせてくれたら、チョコあげるよー」 「………おちょくっとんのか」 爆のこめかみの引くつきを確認した激は、そこで打ち止めた。 ふと時計を見る。 爆と居られるタイムミリットはすぐそこまで来ていた。 「……もーちょっと、俺に優しくしてもいいと思わねぇ?」 「優しくしてもらいたいだけなら、他を当たれ」 機械で弾き出したみたいに非情な言葉だ。 そのリアクションに激はくつくつと笑い、 「言うなぁ。 でもそんな風に酷い事言えちゃうってのは」
「俺の事、信頼しちゃってるからだよな?」
「……………」 今度は、返事が無かった。 「違っても、俺はそう思うぜ。オメーが否定してくれない限り、な」 少しだけ近づき、爆の頭にキスを落としてハンガーにかけた上着に手を伸ばす。 ふと、テーブルの上の爆の携帯電話に目がつく。 「………………」 どっかのお坊さんみたいに、耳の上で指をくるくる回してた激はいい考えが浮かんだみたいだ。 に、と笑った。爆からは死角となって見えなかったが。 「路線変更」 「…………?」 一体何がだ、と振り返った爆は、そこで初めて激が自分の携帯を手にしている事に気づく。 「……あ」 爆が取り返すより早く、激はそれで自分の姿を撮り、しっかり保存した。 「それじゃ、またなv」 バイバイ、と手を振り、激は帰って行った。 (やられた………) 自分の顔を護る事に気を取らせ、携帯電話にまで回らなかった。 画像を開いて見ると、ウインクして片手で横に倒したピースサインと翳した激が出た。 それを消してしまうのは、とても簡単だ。 「………………」 爆は、しばらくして携帯を畳んだ。
「あ、爆が携帯電話開いてる」 「文句でもあるか」 「いや、何か珍しいな、て」 「………次のテストは苦手な科目だからな」 「?」 ピンクの頭上にクエスチョンマークを浮かばせ、爆は携帯電話を鞄に仕舞った。
仕方ない、今度会ったら撮らせてやろうか。 爆は心の中でだけ呟いた。
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