言い訳がね
欲しいんだよ
最近、激が煩い。 一月下旬から煩い。二月に入ったらもっと煩い。
「爆ー♪ チョコ頂ー戴vvV]
と、毎日煩い。
「なー、頂戴、爆のチョコー」 「…………」 「一ヵ月後のホワイトデーにはちゃんとお返しもするし」 「……………………」 「そう言えば知ってるか、爆。 2月14日にまず愛の告白するだろ? んでもって3月14日にお返しするだろ? そしてまた4月14日に愛を確かめ合うという………
「ッだ-----------!!! 煩い!!!」
反応を返してしまえばますます調子に乗る激。 だから無視を決め込んだのだが、それの臨界点をプチッと超えた。 「さっきからチョコくれチョコくれだの!! 貴様はアメリカ兵に群がる難民か!?それとも雪山で遭難してるのか!!?」 「あっはははははは、上手い、その言い方」 「笑うな------!!オレは怒っているんだ!!」 「うんうん、そんな爆もかわういよvv」 ぶちぶちぶち。 「激…………貴様余程オレを殺人犯に仕立て上げたいみたいだな………」 「だだだだだだ、だってバレンタインだぜ!? 誕生日とクリスマスに次いで、恋人達のイベントじゃねーか!!楽しんで何が悪い!!」 堂々と啖呵を切ってみせた激だが、内容が内容なことと、爆の剣呑な視線から逃れる為に電信柱の後ろに隠れているため、物凄く格好悪かった。 「……いいか、激。 今のお前のセリフには、2つの間違いがある。 まず、バレンタインデーはそもそもチョコを贈る日では無いし、何より」 ビシ!とまるで探偵が真犯人を指すように、爆もまた激(まだ電信柱の影)を指差した。 「貴様とオレは恋人ではない。以上」 それだけ言うと、爆は激を置いてスタスタを去ってしまった。 成人病こと、生活習慣病とは無縁の生活を送っている爆は、猫背でもないしO脚でもない。歩くその姿は後ろからでも美しいものだ。そこいらのモデルなんか問題じゃない!!(激:談) 「相変わらず、連れねぇなー……」 そうは言っても、爆を見る激は何だか楽しげだ。 しかし、爆の姿が見えなくなってから、激は小さく寂しく溜息をついたのだった。
あー、気に食わない!!何もかも気に食わない!! 爆はその怒りのエネルギーを髪を拭く運動へと変換した。やや乱暴に拭きすぎてボサボサになってしまったがあまり気にはしない。それどころではないのだ、正直な話。 爆の機嫌が絶不調なのは、勿論激に原因がある。 激がバレンタインにチョコくれチョコくれと煩い。 それだけだったら、ここまでムカムカする事は無い。 何が気に食わないって、欲しい欲しいと連呼しながらも、その裏でダメだろうなー、ダメなんだろ?という諦めの雰囲気が漂っている事だ。 そんな顔されると、当然の権利を主張しているだけなのに、こっちが悪者みたいじゃないかまるで!! と、いうかむしろ爆にはどうして激がここまで拘るのかが解らない。 たかがバレンタイン、たかがチョコである。 でも。 自分は激ではないのだ。だから、当然物事への価値観や関心も違う。 爆には”たかが”で済んでしまうのだが、激は違うのかもしれない。とても重要な事かもしれない。 いつだったか。
”まあ確かに本来の意味も知らずに馬鹿騒ぎすんのは、オメーにとっちゃあんまりいい事じゃねーかもしんねーけど。 人間やっぱり照れ屋なもんさ。好きな人に贈り物をすんのだって、本当は恥ずかしいんだって。 そーゆーヤツらがこういうイベントのどさくさに、自分の心に正直になれんのだったら、俺はそれはそれで結構素敵だと思うけどな”
と、激は言った。 そのセリフは、今までの爆の激に対する評価を変えたもので。 少し。 いつだって、からかいの材料を探して人をおちょくる激を。 ああ、こいつはこいつの考え方があるんだ、と。 それに従っていつも生きているんだと。
見直したのだった。
「…………………」
水気を含んだバスタオルを頬に当てる。 「爆ー、風呂まだかー!?」
「----今出る!!」
だって、何だか熱いような気がしたんだ。
さて2月14日。 男女共々どこか余所余所しくそわそわしている。特に机の中やロッカー、下駄箱に視線が集中する。 激は下駄箱を開けた。まず、3個。 それをふーん、と一瞥してすぐさまスポーツバックへと押し込む。 続いて、溜息。 (やっぱ爆………くれないよなぁ〜………) 家を出て学校に着くまでの道すがら、激の貰ったチョコはすでに2桁になっていた。 が、しかし。 意中の人以外の贈り物で、どうやってこの乾いた心が癒えようか。 (100個の小石より1個の宝石だよ……お、今俺いい事言ったな) と、教室へ向かい廊下を歩く激に、「あの、」と小さく声をかける女子生徒、数名が現れた。 また荷物が増えそうだ。
昼休み。 最もチョコを貰いそうなこの時間、激は避難を決め込んだ。避難場は生徒指導室。 利用のない時は全くの空き教室なのだが、その名前と使用される目的のためか、入る生徒なんて激くらいなものだ。 爆のチョコが欲しい。でもくれない。他のヤツからはたくさん貰うのに。 これ以上、現実と理想とのギャップが大きくなったら精神分立でもしてしまいそうだ。あぁ、爆からのチョコが欲しい!! いや、別にチョコでなくってもいいのだ。付け加えて言うと、バレンタインでなくてもいい。 ただ、爆が自分の為に何かをして欲しいだけだ。 単純にその事を言うと傲慢過ぎるから、バレンタインにかこつけてみたのだが。 爆の場合、却って逆効果みたいだ。 (ま。アイツこんなイベント事好きくないのは薄々解ってたし) 自分の信念に基づいて常に突き進む爆は、周りに乗せられて騒ぐのはきっぱり言って嫌いだろう。 (でもそんな所も痺れるよなーvv) ある意味、自分は爆に尊敬すらしているのかもしれない。 無いもの、たくさん持っているから。 今日の学校生活も半分を過ぎた。この分ではもう貰えそうも無い。 実は仄かに期待していた自分だった。 (えーい、こうなりゃ自棄酒ならぬ自棄チョコだ!!) バックをひっくり返し、今日のチョコがドザー!!と雪崩れる。 どれも同じチョコかと思えば、それぞれの性質が見える。 例えば、芸能人へみたいにただのファンとしてくれたものと、本命のものとでは明らかに違う。 手作りのもあるし、市販のものもある。 「おお、チョコレート・ボンボンだ」 ピュー♪と口笛を吹いた。包装からして、かなり大人向けだ。味の方も期待できる。激はそれを自棄チョコの第一号に決めた。 まるでワインを収めてるみたいに、コルク片が敷き詰まったしっかりした樹の箱にボトルの形をしたチョコが並べられている。 先ずは赤紫の銀紙で包まれた物を口に放り込む。 チョコの中からトロリと出たのはブランデーだった。その量、質とともにチョコによく合う。 オレンジの銀紙のはキュラソーが入っていた。キュラソーはオレンジのリキュールだ。ちなみにチョコに最もよくマッチするのがオレンジ系のリキュールなのだそうだ。 どうも包装紙と中身に関連があるようだ。 だとしたら、この緑色はなんだろうか。 子供よろしくワクワクしながら、激は銀紙を剥がす。 そしてさあ口に入れるぞという時に。 ガラ。 「激?居る…………」 爆は激の視界の中に現れたのだから、当然爆の方も激の事が見える。 その前の机に盛られた、チョコの山も。 何かを後ろに隠す動作をし、爆はくるりと回れ右をした。 「待っ………!ちょっと待てって!!」 机のチョコはそのままに、激は爆を追いかけた。 この時ばかりは、爆は「廊下は走らない」という標語を無視した。 そんな規律違反を犯しても、あっさりと激に捕まってしまった。 「おいッ!教室にチョコ置きっ放しだろうが!!」 「いいんだよ! それより何しに来たんだよ!後ろに何隠してんだよ!!」 「〜〜〜〜ッ!!」 途端、ボ、と火をつけたみたいに爆の顔が赤くなる。 激は自分の希望からの思い込みだとしていた予想が、どんどん現実へと近づくのを感じた。 この状況では隠し切れないと諦めたのかはたまたさっきの激のように自棄になったのか。 爆は持っていた”物”をずい、と激の目の前へ突き出した。危うく目に当たりそうだった。 「ほら!!欲しかったんだろう!!?」 「………コレ」 「チョコだ!!文句あるか!?」 そう、爆の出したものは紛れもなくチョコレート。これを鯵や秋刀魚だと言う者が居たら、眼科へとお勧めする。 意表をついてカレーのルーというのはありかもしれない。 そんな事はさておき。 爆の差し出したものは、チョコレートでポピュラーでスタンダードな、「チョコレ・イ・ト・は」の宣伝でお馴染みのメーカーの板チョコだった。 おそらくは、コンビニやスーパーで買ったのだろう。ラッピングも何も無い。 ただの、板チョコだ。 けれど。 爆が自分にくれたのだ。 自分の為に、選んで、買って。 激は嬉し泣きって本当にあるんだなぁ、と熱くなった目頭を押さえた。 「………オレにあんな物が買えるか!」 激のその沈黙をどう捕えたのか、爆が顔を赤くしたまま、吐き捨てるように言った。 けれどもこれで解った。 爆もまた、さっきのチョコ達みたいな、ピンクや赤で綺麗にラッピングされたチョコを買おうとしたのだ。 それで、売り場を見た途端に先ほどのように回れ右をしたのだろう。 「……………」 「………笑うな」 「いや……あまりにも……」 リボンやらハートやらで埋め尽くされた空間を見た爆が、どんな顔をしたのか…… 想像だけで笑える。 「……返せ!!やっぱりやらん!!」 どうやらついに機嫌を損ねてしまったみたいだ。 結構本気で取り返そうとしているようだが、この身長差。激がまっすぐ手を上に伸ばしてしまえば、爆がどう飛び上がっても届かない。 「嫌でーす。貰ったからには食っちまうもんv」 激はチョコをむき出しにして、パキン、と一欠けらにした。 それをギャースカ騒いでいた爆の口に入れる。少しビックリしたみたいだが、物の正体が解ったら噛んで飲み下す。 「何を………!!」 それかた間髪置かず、激は、素早く唇を奪った。 「!!!!」 「ん。甘〜いvvv」 ペロリ、と唇の端についていたチョコも舐め取る。 「!!!!!!!!////」 「さて、もう一口」 「…………調子に…… 乗るなぁぁぁぁ------------------!!!」
今日、激は。 爆からチョコと甘い唇と。 そしてパンチ4発と蹴り発を貰った。
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