MY NAME IS,



 ドンドンと無遠慮に何者かがドアを叩いている。
 いや、この場合「何者か」という表現は適切ではない。正体ははっきりしているのだから。
「閑、居るんだろ。さっさと出て来い」
 変声期も迎えていない幼い声で、あまりにも尊大な物言い。けれど違和感なく受け入れるのはただの慣れだけだろうか。
 名指して指名されては仕方がないので閑は眠気で重い身体を起こし、怠慢な動作で何とかドアまで辿り着く。
「爆……」
 目の前にいる少年(閑的には子供)は自分より幾分……否、かなり低い。
 しかし相手はそれを感じさせないくらい真っ直ぐに見据える。
「貴様、ひょっとして今まで寝いてたのか?」
 寝起き特有の掠れた声を聞いて、爆は顔を顰める。ちなみに今は下校時刻の午後4時。
「……仕方ないだろ、寝たのが朝の……6時だったか?」
「そんな吸血鬼みたいな生活してると、その内太陽浴びたら灰になるぞ」
 えらい言い様だ。
「まぁその事に関してはいい。頼みがある」
「頼み……?」
 爆が説明する前に、おそらくその「頼み」が爆の懐の中でもぞもぞと動く。
「苦しいか?」
 爆が呼びかけると、「それ」はぴょこっと顔を出した。
 「それ」を見て閑が言う。
「爆、何だそれは」
「何って、ネコも知らんのか貴様は」
 閑は爆に蔑んだ目で見られた。
「違ーう。俺が訊きたいのは「それは何なのか」じゃなくて、「どうしてネコが居るのか」という所だ!」
「拾ったに決まっているだろう」
 まぁ爆が産んだとはこれっぽっちも思っちゃいないが。
「まだ仔猫だ」
「そうだな……」
 爆は閑よりはるかに小さい。しかしその仔猫はそんな爆の手にすっぽりと収まってしまうくらい小さい。
「これからまだ寒くなるというのに、こんなに小さいと死んでしまうかもしれない。
 という訳で貴様に預ける」
「…………は?」
 とーとつに申し付けられ、欠伸を噛み殺していた閑は目が点になる。
「どうせ貴様、学校に止めてあったバイクが見つかって停学中で暇なんだろう?だったら仔猫の世話でもして有意義に過ごせ」
 と言って仔猫をぽんと手渡す。思わず受け取ってしまった。
「え……ちょ、お、おい!!」
「頼んだぞ」
 餌代は割勘するから、と最後にそう言って爆はかえって帰ってしまった……ってすぐ隣なんですけどね。家。
「あいつは……全く……」
 有無を言わさない爆の強引さは尊敬するに値する。
 手の中で、居心地のいい場所を探して仔猫がごそごそと動く。
「……お前、自分がどんな状況にいるか、解ってないだろ」
 だというのにこのマイペース。まるで爆を彷彿させる。
 場所を落ち着けた仔猫は閑を見上げ、あたかもその言葉に答えるかのようににゃぁ、と鳴いた。

 今まで外に居た子猫は薄汚れている。ので、室内におくとしたら綺麗にしたいしさせてあげたいのが心情だ。
 だというのに。
「あーもー、暴れるな。暴れるなって!!」
 水が怖いのか濡れるのがいやなのか、温めのお湯に入れようとする閑の腕を逆送する。
 しかしそこは所詮子猫。力一杯の抵抗でもたかが知れているというものである。だが、こうまで拙い声を張り上げて抗議されると自分が虐待してるみたいだ。
 それでも押し付けてなんとか洗う。
「お前の為にしているのにどうして暴れるんだって。こーゆー所も爆みたいだな」
 例えば爆が重そうな荷物持っていたり。高い所まで手が届かなくて背伸びしていたり。
 そんな時代わりに持ってやったりすると、爆の機嫌は斜めになる。
「頼んでもないのにするな!」
「いーじゃないか、これくらい」
「よくない!」
 爆は自分のせいで誰かに迷惑かけるのは死んでも嫌だし、何より子供扱いされるのも嫌なのだ。
 そこのところの心境は強ち解らないでもないが……
(そういえば最初も……)
 自分たちが懇意になったきっかけのような出来事。
 その日(も)閑は学校をさぼって公園などでぶらぶらしていた。が、そこにはあまり素行がお世辞にも上品とは言えない輩がたむろしていて、周囲の迷惑憚る事無く馬鹿騒ぎをやっていた。
 確かに鬱陶しいが、自ら首を突っ込んでまで追っ払う事はしたくない。
 帰ろうと踵を返して、その時。
 その連中の誰かが投げ捨てた空き缶を、下校して来た爆が拾い----事もあろうに捨てた張本人向けてぶん投げたのだった。さすがの閑もこれには面食らった顔をした。
 当然空き缶は本人に命中。
 相手が子供だとは言っても許すはずがなく、寧ろ子供だからこそ思う存分甚振る事が出来ると、性質の悪い因縁を付けて来た。
(……そこで逃げればいいものを、あいつ律儀に反撃するからなー)
 苦笑しつつ、湯船から上げた子猫をタオルで拭く。
 その爆のとんでもない行動の数々にぽかん、としていた閑だが、相手がいよいよ本気になってきた事を察し、急いで爆の元で赴いたのだ。
 あとはもう語るのは愚かだ。
「ガキ相手に何よってたかってんだ」
 地に伏した最後の一人にそう言い放つ。その直後で後頭部に衝撃。
 一人逃したヤツが居たのか!?と振り返れば爆だった。
「誰がガキだ!!」
「…………………」
 爆の言葉に、閑はしばし二の句が告げなかった。
(けどまぁ、その後小さく礼言ってたから……やっぱりヤバいとは思ったんだな)
 そしてそれからだ。
 爆が結構閑をあてにするのは。……と言っても最初全くなかったのがちょっとされるようになったので、自覚するのも大変な程だが。
 今回にしてもそうだ。爆の家は高価な調度品----主に貰い物が多くて動物は飼えない。かと言って見捨てる事も出来ない。
 ……そんな時に、自分の顔を頭に浮かばせたのだ。
 これは自惚れていいのだろうか。それとも自分の思い上がりになるのだろうか。
 最初、ここに越して来た時から。
 その時爆を見た時から。
 爆の双眸に自分を映された時から------

 -----爆、に…………

「………………」
 最も、本格的に想いを自覚したのは例の一件以来だったが。爆に危害を加えようとしたヤツらに、目の前が赤く染まった。
 爆を傷つけるヤツは誰だろうと許さない。もれなく地獄へ叩き込んでやる。
 ……自覚の仕方が少々乱暴だが、まぁそれはさて置き。
 毛もすっかり乾いた子猫は、今度は初めて見る室内に好奇心を擽られたらしい。あっちこっちへ移動し、一箇所には留まらない。
「おーい、ミルクいらねーのか?……ったく、思う通りにならないのも爆そっくりか……ってあいつがネコに似てんだけどな」
 閑が何やらぶつぶつと呟く声に反応したのか、子猫はこちらを振り向く。そしてようやく自分の食事が用意されている事を知り、子猫特有の、ちょっと危なっかしい足取りで受け皿へと近寄る。
 その様子を閑は目を細めて見て、そして視線を窓の外へと移す。
 ここの窓からだと爆の部屋が見える。明かりが付いていない。もう寝たのだ。
 ある意味、正反対の暮らしをしている自分と爆。
 でも出会えたし、話もするし、こうして子猫も預けられる。
 幸せだ。
 けど、もっと……
「爆…………」
 まだ、爆には聴かせていない、けれど爆以外は聴く由もない優しい声でそっと呟く。
 するとこの場にいた唯一の相手が閑に擦り寄る。
「ひょっとして、慰めているのか?」
 撫でながら言う閑に仔猫は小さく鳴いた。

 後日。
「閑---------------!」
 閑の部屋にはチャイムなどという気の利いたものは付いてないので、訪問をしらせるにはドアを叩くしかない。
 今日は昨日より早く顔を除かせた。
「……お前、学校は……?」
「今日は休業土曜日だ」
 ああ、そうだったかと閑は頭を掻く。学校生活と離れるとそういうものとは無縁になるから。
 勝手知ったるとずかずかと爆は閑の部屋へお邪魔した。その爆を見て、仔猫は鳴いた。挨拶だろうか。
「おい、今から病院行くぞ」
 その言葉は閑と仔猫、両方に向けたのだろう。
「何でだ?」
「もしかしたら病気でも貰ってるかもしれんしな。そうだった場合、このネコもだが貴様もえらい事だ。金はちゃんと持ってきたから」
 成るほど、それは殊勝である。しかし年上の面子もあるので爆一人に出させるのは気が引ける。
「だったら爆、俺も……」
 その時仔猫の声が被さった。
 何か引っかかる物を感じたが、言葉を続ける。
「……俺も半額出す」
「いらん。元はと言えばオレが拾ったんだからな」
 やっぱりそう来たか。
「あのな、爆、こういう時は……」
 と、またにゃぁ、という声が。
「………………」
 二人とも押し黙る。
 閑は一つの仮定を出した。それを立証すべく試して見る。閑は「仔猫に」向かって言う。
「……爆」
 にゃぁ。
「爆」
 にゃー。
 閑の仮定は正しかった。
(こいつ……さては自分の名前を!)
「……貴様、自分の名前が”爆”だと思ってるのか?」
 と、問いかける時の”爆”という言葉にもちゃんと反応する。
 自分が呼ばれたと思っている仔猫は爆の膝にちょこんと乗っかった。
「おかしなヤツだな」
「そうだ……」
 と、閑ははたと気が付いた。
 仔猫が自分の名前を「爆」だと思い込んでいる原因……それってもしかして。
 自分があまりにも「爆」「爆」と連呼しているからか!?
 そうなのか!?ていうかむしろそれしかない!!
 ……マズい……これが爆にバレたら非常にヤバい……
 瞬時にして針の筵に立たされてしまった閑。爆は訝しげに仔猫を見ている。
 どうなる…………
 どうなる!?
 閑の心拍数が限界を突破しつつある事なんて全く知らない爆は仔猫を撫でて。
「まぁ、そうと思っているのなら仕方ないな。貴様も今日から「爆」になれ」
 病院でどうせ名前を記入しないといけないしな、と爆は付け加えた。
 バレてない!セェェェェェェェェフ!!
 閑は緊張の為に止まっていた呼吸を再開させた。
(人生で一番疲れた気がする……)
 やつれた感じがするのは果たして気のせいだろうか。
 その閑の横では「爆」同士が仲良くじゃれ付いている。


 いつかは伝えるとしても、この関係もそれなりに楽しいし
 もう少し楽しんでからでも……ねぇ?

 (第一まだ覚悟決めてません)
 

 こーして寒さ厳しい中。
 一人と一匹の「爆」のおかげで閑の部屋は結構暖かいのだった。

閑爆リベ----------ンジ!!なんかコメディイタッチだね♪(だって書いてるのが朱涅だから☆)
最初はもうちょっとしんみりしてたんですけどね。

<雨の中仔猫を見つける爆。でも家で動物は飼えない。それでも食べ物くらいは、と傘をネコに預けて雨の中爆は走る。
 が!戻ってきた時にネコの姿なく、爆慌てる。しかしその時背後にいたのは仔猫を抱え、爆の傘を持った閑であった……>

というような。
このプロットでは閑は爆の委員会の先輩です。バイク見つかって停学中のこっちとはえらい身分の差だなオイ。
それでこのお話のポイントは「自分の名前を”爆”だと思っちゃった仔猫ちゃん」ですねvつーかワタシも何か飼うとしたら「爆」って付けそう……名前……
あ、閑はアパート住まいです。作品中に言うの忘れてた。