階段の崩れる日
限りなく黒に近い灰色の
重い雲で覆われた空に
ちらほらと雪が落ちては、それがまやかしではなかったのではだろうか
と思わせる程にすぐ止んで
それを繰り返して
こんな日は
こんな日にも
会いたい
でも――……
もともと掴み所のない師匠は、また今日もぶらりと何処かへ行ってしまった。
しかしそれはいつもの事なので、私は格段気にもせず、普段どおりに修行をこなしていった。
空は濃く曇っているせいで、時間感覚がいまいち掴め難いが、今はだいたい夕方か、というくらいだろう。
昼ごろからちょっとだけ降ったり止んだりを繰り返していた雪は、積もる程になっていた。
それでも、私は運動をしていたためか、あまり寒さは感じないのだが。
……もっともっと、修行を積んで。強くなって。
それだけで強くなるとは限らないが、今はそれにしか縋る事が出来ない。
出来れば強くなりたい。でも、そんなに強くなくてもいい。
当面は、側に居れるだけの強さを。
爆殿の側へ
「…………」
爆殿は遠くにはいない。
ただ、上に在る。
ぐるぐると巻く螺旋階段。
構造が複雑過ぎて、確かに其処へいるはずの人の姿も、下から見上げても解らない。
時々、見当違いの方向を見上げているのでは、と恐怖にかられる。
だからこその力や強さ。それを渇望する。
想いを通わそうなどと、身の程知らずは言わない。
……爆殿が居ると解ればそれだけで。
想われていなくても
私と同じでなくても
と。
そんな事をつらつらと考えながら、家へ向かうと前に誰かが居た。
影だけ目に収めてまさか、と思った。
駆け足で急げばやっぱりだった。
その名を口にする。本人が目の前にいるのは、実に久しぶりの事だった。
「――爆殿!」
「…………」
私が爆殿に気がつくよりも、爆殿の方がより早く私の存在を認めていたらしかった。自分の名前を叫ばれても、いつもの通りのちょっと憮然とした態度で。
あぁ、爆殿なんだなぁ、と思う。
「爆殿……何か用ですか?」
「別に」
爆殿は何でもないように言う。
「ただ、たまたまついさっき側を通りかかったからな。顔ぐらい拝んでおくか、と思ってな」
「あの……爆殿……」
爆殿……気がついてないんだ……
言うべきか否か悩んだが。
「頭に、雪が積もってますが……」
「………………………」
私に背を向け、頭の雪を払い落とす爆殿。
……他人には敏感なくせに……というか、それ故になのか……自分の事には結構無頓着だ。普段は自分優先、な態度を取っているが。
積もっていた雪を落とした爆殿に、なるべく機嫌を損ねないよう、訊く。
「それで……どうしてここへ……?」
「……何か理由がなくちゃ、来たらいかんのか?」
尋ねたら尋ねかえされた。
爆殿にしては珍しい、拗ねた子供の声そのままに。
私は慌てて取り繕う。
「あ、いえ、いけないというのではなくて……何故か、と……」
「貴様に会いにだ。……それ以外何があるというんだ」
「………………」
一瞬、全ての音が遠のいた。
雪のせいではなく。
「爆……殿?やっぱり何かあったんですか?」
「どうしてそう思うんだ」
どうして……って……
爆殿の真意が掴めなくて、私は訝しんだ表情になっていたかもしれない。
「だって爆殿が私にわざわざ会いに来るなんて……?」
……爆殿?
どうして、泣きそうなんですか……?
「強いて言うなら……貴様がそんなだからだろうな……」
泣きそうでも決して泣かない。
貴方は強い人。
「……不安になる」
…………爆殿が?
正直、信じられなかった。
「足りないんだ。色々。……想われていると、驕る事も出来ないから」
爆殿は言う。
私に想われていると実感出来ないから、不安になるのだと。
「カイ」
真っ直ぐに向けられた視線と声に、込み上げるモノがある。ドクン、と身体が疼いて血液が逆流する。
爆殿が一歩近づく。その分、私は退く。
今、近寄られたら、欲望の赴くままに、それをぶつけてしまうだろう。
それだけはあってはならない。
彼を傷つけてはいけない。
彼を穢してはいけない。
貴方に対して抱くものは、貴方と同じように、清らかでなければいけないから……
……何か適当な事を言って、この場は帰ってもらおう。次から会いに来てくれなくなるかもしれないけど……
「カイ!逃げるな!」
開こうとした口共々、金縛りにあったように固まる。
すかさず、爆殿が私を捕まえ、
自分の口唇に、私のを
重ねた
「――――………」
夢だろうか。つい、そんな事まで思う。
けれど、首に回る腕や触れる口唇の熱さは、確かに現実だと物語っていて……
身長差を補うように必死に背を伸ばし、私を貪る。
「爆、ど……ッ!」
何とか離れた側から、また口付けられる。
真剣には拒めない。
……望んでいたからだ。何より、自分が。
そうしている内に、爆殿からだけだった口付けに自分も答えるようになり。
いつの間にか、主導権はすっかり自分に移っていた。
……必死に私に縋り、意識を保とうとしている爆殿。
ようやく一旦ピリオドが打たれた。
力の抜け切った肢体を、大きな木の根元へ凭れさせた。……本当は、胸に抱いていたい。
「……爆殿……」
そう言った声は、嫌悪させるまでに掠れていた。
「今日は……もう、帰って……」
「カイ」
呼ばれ、弾かれるように伏せていた顔を上げれば、扇情的な双眸にまともに捕らえられた。
――もう、逃げられない。
否、最初から逃げれる筈もなかった。
「……いいんだ。それで」
ふ、と柔らかく爆殿の手が私を包む。
私は爆殿を抱き締める。
そして、そのまま中へ。
「爆殿……」
いざ剥いて見た爆殿は、今降る雪よりも白く儚い。そして。
「随分、冷えてますね……」
「……そうか?」
冷えた体躯から漏れる吐息は熱い。
「そうですよ。ですから……」
温めて、あげますね……
螺旋階段は下から見てもぐるぐる回って
誰か居るのか居ないのかすらもままならなくて
だから私は下まで辿り着くまで降りて来てくれていた事が、解らなかった
ん〜、アダルティ〜。何処がだ、という意見はあえてなかった事で。
いや、実はもなにも思いっきり”沈む夢”のビハインド・ストーリーです。だもんでまだちょっとカイがすれ違ったままで終わっております。最初から上ってもいなかったのにね。
確かあれがカイ爆2作目で……これがついに10作目。ちなみに雹と現郎は同じくらいッス。激は17作……いや、新婚シリースと学園ストーリーを入れるともっとか……
ていうかトップ2が両方ともサーだなんて。やっぱワタシ何かに祟られてるわ。