チョコレート騒動

 
 
 寒さもまだ厳しいこの時期に、温かさと一緒に甘い匂いも混ぜた風が吹き通る。
 今宵はバレンタイン。乙女達の仄かな想いと多大な打算が飛び交う日である。
「おはようございます」
 ガラッと教室の扉を開けて、カイは今日も礼儀正しく朝のあいさつ。
「おっはよー……って朝から大量ね」
 カイの両手の紙袋を見て、ピンクが感嘆する。
「中見るよー」
 と、カイの返事も待たずにピンクは勝手に紙袋の中の小箱を机の上に出す。
「すごい量だな」
 爆が改めて感想を述べた。
「ええ、商店街の人達がくれるんですよ。いつも買っていますから」
「確かに貴様は人受けがいいしな」
 爆に感心されたのは少し嬉しい気もするが、内容が内容なだけに明け透けに喜べない。
「……でも、それだじゃこんなにはならないんじゃない?」
「ちょ……ピンク殿!!」
 よりによって爆殿の前で言いますか!と内心絶叫したい気分だった。
 自分の爆に対する気持ちにいち早く気づいたピンクはたまに(いや、しょっちゅう)こうしてからかってくれる。はっきり言って毎度毎度迷惑の範疇をとっくに越して、心臓が凍るかと思うのだ。
 しかしそんなカイの危惧は全くの無用なのだが。
 ピンクのこういう類の発言に、爆は「何を言ってるんだ貴様は」の一言の元に潰えてしまう。
 ……人の感情には結構ピンクに負けず劣らず、もしかしたらそれ以上に敏感な爆がどうして気づかないのか、藁にも縋りたかった時にふと自分の師匠に零した事がある。
 で、帰ってきた答えは。

「そりゃオメー、宝石の知識の何も無いヤツが原石見たら、ただの石っころに見えるだろ」

 早い話が爆にとって愛だの恋だのなんてのは、まだまだ遠い国のおとぎ話ぐらいでしかない訳で。

 
例えここで勇気を振り絞った所でその告白が空振りに終わるのは火を見るより明らかだった。なので、親友の地位だけは確固したいと思っているのがカイの現状だ。
(……いいんだ……これでも結構幸せだから……)
 最近は清々しくこうも思う。
「ねぇ、爆。アンタもそう思うわよねー♪……って爆?」
 ピンクのいぶかしんだ声に、自然とカイの視線も爆に向いて。
 その爆の視線は机の上の物に注がれてるような……
「爆殿?」
 カイの呼びかけで、爆がはっとなる。
「どうかされましたか?」
「い、いや別に……そうだ、今日日直だったんだ」
 日誌を取りにいかないと、とそそくさとその場を離れた。
 残されたカイ(とピンク)はしばし爆の素行の怪しさに首を傾げた……のはカイだけだった。
「爆殿……どうなされたんでしょうか……」
「やだ。アンタ気づかなかったの!?」
 何故か思いっきり蔑んだ目で見られた。
「爆はね、ヤキモチ妬いてんのよ」
 ………………
「だ、誰に!?」
「そりゃ勿論、このチョコを上げた娘達とそれをあっさり受け取ったカイに決まってるじゃない!
 爆には今までカイはずーっと自分の側にいるという無意識の安心があったのよ。だから関係も進まなかったのね。
 が、しかし!!」
 ピンクの熱弁も佳境である。
「そこにこの大量なチョコ!さすがの爆も焦るわよねー。何と言っても想いの代弁なんだもの」
「ででででででも、あの爆殿がこれくらいでそんな……!」
「じゃあさっきの爆の素行の不可解さを、アンタ説明出来るの?」
 う、と言葉に詰まるカイ。
 爆殿がヤキモチ……そう言えば心なしか瞳が潤んでたような……(段々妄想掛かってます)。
 いやでも(正気に返る)。
「そんな事は……」
「カイ……ちょっと」
 爆が少し遠くで手で招く。
 いかにも言いにくそうな態度で。
「…………!」
「さすが爆。決心が早い!」
 小声で賞賛するピンクを置いて、爆の元へ赴く。
「……何でしょうか……」
 暴走する期待を抑えつつカイは言った。
「実は…………」
 言い出した爆の言葉は、前の扉が開いて人が入った事で中断してしまう。
「……また、後で話す」
「は、はい……」
 ……人が入って来たら言えないような事って……それって……やっぱり……
 やっぱりなのか!?
 今日の最低気温は4度。
 でも自分には春が来るかもしれないのだ!

「悪いな……こんな寒い中……」
「いえ」
 ここは中庭。何年か前の卒業生が作った木のテーブルやベンチがある。弁当なんかを食べるのにはうってつけだ。
 逆を言うとそれにしか役に立たないので人気が無い。
「……でも、どうしても人前じゃ言いにくてな」
「……で、何でしょうか」
 人生最大の大音量の鼓動を聞きながら言う。
「……今日……貴様たくさんチョコ貰っただろう……」
「……はい……」
「……それで……こんな事言うのも自分でもどうかと思うんだが、もうどうにも堪えなくて……」
「爆……殿……」
 後ろめたさを漂わせる爆に、カイは優しく声を掛けた。
「あの、そんなに恐縮しなくてもいいですよ……爆殿……何を言われても私が爆殿を軽蔑する訳が無いじゃないですか」
「……そう……か……」
 カイの言葉に勇気付けられたらしい爆は、軽く深呼吸をして息を整えてからカイを見据えた。
 その双眸は、カイに言った事も無い裁判を思わせて。
「あのな、貴様の貰ったチョコの中で……」
「はい……」
「こう……黒いがっしりした紙の箱で、表紙に天使の羽がプリントしてあるのがあっただろ……」
「はい……」
「それ……」
「はい……」

「それ、オレにくれないか!?」

 …………
 ……………………
 ……………………………………
「はいぃ?」
 カイは本日二度目の間の抜けた声を出した。
「いや!オレもいくら友人相手だとしてもこんな事を言うのは厚かましいとは思ってるんだが!
 たまたま昨日ニュースの特集でチョコのをやってて、その時見た店のチョコが本当に美味そうで、でもその店は遠いし高いし、無理だろうな、とか思ってたんだがカイの貰ったのにそれがあって!
 そうしたら一度諦めたはずなのに、また食べたいという気持ちが頭を掲げてきてだな!でもそれだとカイにあげたヤツに失礼だし!と思いつつもまるで諦めきれなくて!
 一個だけでいいから!」
「あー……爆殿爆殿」
 期待の分だけ落胆が激しかったカイは、魂が半分ばかし抜けた状態だったりする。
「いいですよ……あげますよ……全部……」
「本当か!?」
「はい……」
 やった!とはしゃぐ爆を可愛く思う自分の方こそ可愛いと思った。
「何かお礼をしないとな」
「……いえ……別に……」
 ふふふ、と微笑みに生気が感じられない。
「お礼と言うか……実はこの前親父が映画の当日無料券を2枚貰って来てな、生憎炎もその日は学会に出席しないといけないらしく、券が1枚余るんだ。
 貴様さえよければ一緒に行かないか?」
「はい……映画……って、映画!?」
 頭上を漂っていた魂がひゅるるるすぽん!と身体に収まる。
「勿論行きます!絶対行きます!!むしろ行かせてください!!!」
「ああ、一緒に行こうな」
「はい!!」
 奈落の底から一気に天国まで上昇した気分だ。今日の太陽は自分のもの!!
 爆は惜しげもなく狂喜するそんなカイを見て。
(そんなに映画見たかったのか……いい事をしたな)
 と、カイの心境とはある意味正反対の事を思っていた。

ハイ!という訳でバレンタイン!喧しい時期尚早なのは分かってるんだい畜生!!でも思いついたんだし2月まで覚えてるかはっきり言って自信ないじゃん!?それならこうして頭にある内に形にした方が賢明だろ!なぁ、そうだろ!?

以上、心の叫び兼言い訳でした。見苦しさ満点で申し訳ありません。

この話の副題は「お鈍さんな爆に苦悶の日々を送るカーくん」。何気に学園ものになってしまいましたが。
だって10歳だぜ?恋してる場合か?世間一般では知りませんが、ワタシの10歳の時は確か丁度パプワくんがやってて友達と一緒に「あーおいうーみが呼んでる……」と歌ったピュアな思ひ出があります。9歳だったかな?まぁいいか。
そんな時期なのでワタシは恋愛の「れ」の字も知らずに毎日をのほのほ過ごしていました。が、一緒にパプワ歌を歌った友達は恋愛に関してかなりのもので。ラブレターは書くわマフラーは編むわ。
……この差は……?

で、この作品は冬休みの間にリクを貰いまくってしまった月瀬様に掲げます♪
いやホンマに取り過ぎでした(大汗)でも実は今もキリリク狙って訪問させて頂いてます(キラーン☆)

補足:このタイトル、チョコレート戦争と引っ掛けた題名なので心の隅で認識してあげてください。